七十二候【桃始笑】(ももはじめてわらう)
西日の横切る机で一人帰り支度をしておりますと、級友の千鶴子さんが桃の大輪を携えてお辞儀をするように扉を潜ってまいりました。と申しますのも、わたくしたちの学び舎には教壇の脇に古ぼけた花台が据えられておりまして、華道の心得のある生徒が持ち回りで花を生けておくという風習があるのです。
今日は千鶴子さんの番でしたようで、素焼きの花瓶に鮮やかな桃色の花がまるで風景の一部を切り取ったかのように咲いております。
「紅子さん、お待たせしてしまったわね。ごめんあそばせ」
「いいえ千鶴子さ