きみと流れ星
おつきあいしていたわけでも告白されたわけでもない、デートと言えるのかも怪しい、ちょっと甘酸っぱい思い出をひとつ。
* * *
中学3年の夏の終わり。文化祭の準備がはじまった。文化祭のコンテンツのひとつ、全クラス対抗合唱コンクールの練習に加えクラスで出し物をするその準備に、授業の殆どが割かれた。
部活動も文化祭の準備が最優先になり、休み時間も話し合い。音楽と担任の授業は文化祭のために使われた。他の先生方も、どうせ授業に身が入らないだろうから文化祭の準備をしていいよ、と言う日もあった。文化祭までのこの時期はまともな授業は無かったかもしれない。進学校だったらあり得ない。
こういった、クラスでまとまって何かをする行事にありがちな、女子による男子への「男子真面目に歌って!歌わないなら出てって!」、担任による文化祭の準備に浮かれふざけ度が過ぎた生徒への「お前らいい加減にしろよ!文化祭までそうやって遊んでるつもりか!やる気がないなら文化祭なんかもう知らねえあした校長に辞退届出すわ」からの「クラス会議を終えた生徒みんなで担任への謝罪」も乗り越えた後だった。
準備が楽しくなってきて、下校時間を大幅に過ぎ空はもう夜の色になってしまった日があった。担任が当番で残っていたせいもあると思う。非日常の楽しさに興奮しているみんなに、校門を閉め自家用車に乗り込んだ担任が運転席の窓を開けて言った。
「流星群がピークになるからでっかい流れ星見えるかもしれない、あした理科あんだろ、よく見て帰れ!」
こんな時まで授業の話かよーと口々に不満を言うが、きっとみんな笑顔だった。だって未だにその時の事は楽しい記憶として残っているから。そうして学校を中心に、東西南北へと散り散りに帰宅の途についた。
私は家までが一番遠かった。学区の端っこで、4キロくらいはある。田んぼの中の一本道を抜けて民家の間を縫い国道沿いに漕いで帰る。一番怖いのは田んぼの一本道で、ここはあぜ道にアスファルトを敷いただけの民家も何もない真っ直ぐ南に伸びる道。本当に田んぼしか無いから、なんだか静かで真っ暗で余計に怖い。でも歌いながら猛スピードで駆け抜ければ怖くないと考え、当時好きだったアニメの歌でも〜と走り始めてまもなく、一人の男子が自転車で追いかけてきた。
男子バレー部のキャプテンだった。俳優のシルベスター・スタローン氏によく似ていた。妙に話があい、学年一賢い女子とこのキャプテンの3人で暇さえあればつるんで笑い転げる日が続いていて、実はほんの少し好意を持ちはじめていた。賢い女子のほうが好きで近づいてるのかもしれなかったが、人付き合いも上手くなく成績も良くない、人と上手く話せない私とも気さくに話してくれ、泣くほど笑わせてくれる。この人がいたから、それまでのいじめに似た日々と比べるとすごく学校が楽しかった。
そのキャプテンが後ろに居た。俺も今日はこっち、というのだ。彼の家は私と正反対の方角にある。こっちに来てしまったら遠回りこの上なく、そうなると帰りは遅くなる。でも今日の通学路はこっち、と言い張った。親戚の家でもあるのかな?と不思議に思いつつ、だけどすごく嬉しかった。
準備楽しかったなー文化祭楽しみだなという話や担任のことで笑いあっていたらキャプテンが自転車を停めて言った。
「あ、流れ星」
その声に私も停まって見上げた。真上にひろがる満天の星空に、わぁっと声が出た。月の無い日は星が一際多く見える。空気も澄み輝きが違う。すごいね、とキャプテンをみた時、ちょうどキャプテンの頭のむこうの北の空の、北斗七星の辺りにとても大きな星が流れた。「シャララン」とも「シュー!」ともつかぬ音とともに見えたのは大きな大きな流れ星だった。軌跡は長く太く、星本体は消えてもしばらくあった。
「見た?」
「スゲーな!!」
田んぼの中の一本道で歓声を上げた。自転車を押し歩きしながら、星空を見上げながら進んだ。今見たのは火球という流れ星であることや、天体望遠鏡で観た土星の輪っか、木星の縞模様の話をした。
いま男子バレーのエースキャプテンとふたりで!並んで歩いてる!!!女子バレーに入部したものの運動オンチ過ぎて即マネージャーを言い渡され、ネットを張ったり体育館内の掃除をしたり水を運ぶだけの仕事をしていた私は男バレのキャプテンとの接点など無く、男子部員がバボン!と打ったボールが掃除中のお尻にぶつかってゴメーン言われるだけだった私が、教室でいつも笑わせてくれるキャプテンとは違う顔のキャプテンと歩いてる!いま!
静かに興奮していた。辺りが暗くて助かった。きっとニヤけて変な顔になっていたに違いないから。そうして他愛ない話をして一本道を抜けたところでキャプテンは本来の帰宅路についた。わざわざ送ってくれたんだろうに、ありがとうの一言も言えなかった。
次の日の理科の授業はやはり文化祭の準備に変更となったが、冒頭で昨夜の火球の話を理科の先生がしてくださった。観た人は?の問いに数人が手を上げた際、キャプテンと目があった。とっても誇らしくて、嬉しかった。
文化祭は無事に開催された。合唱コンクールでは偶然キャプテンと隣同士で並んだ。3列あるうちの3列目で後ろはカーテン。誰にも見られない事をいいことに、触れた小指同士をこっそり絡めあった。
あの日のきみとの思い出は、流れ星の軌跡のよう。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?