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おにぎり

おにぎりは大好きだ。作るのも楽しい。冷めてもやわらかく、米粒が空気を含んでふんわりしていたら大成功だ。おかかを混ぜた醤油味、シンプルな塩味、焼きたらこを混ぜたもの、炒り卵を混ぜ込んだもの、焼きおにぎり・・・どれもいい。美味しそうに頬張る姿を見るのも幸せで、おにぎりを食べて元気になってもらえたらこの上なく嬉しい。

今夜はおにぎりまつり(ただ主食がおにぎりになるだけ笑)だと言うと夫は喜んでくれる。

でも8年前はそうじゃなかった。

夫の弁当用に作ったおにぎりを、出掛けに今日は要らないんだった、と言われ自分で食べたことがある。それなら自分のお昼にすることにした。おにぎりとは言え弁当を食べるのは久しぶりだからワクワクして過ごし、そしてお昼、おにぎりにかぶりついた。

美味しくなかった。ラップの内側にできた水滴がおにぎり全体を冷たく冷やしていて硬かった。ごはんを半殺しにしたつもりはないのに米粒の間には空気が入る隙間が無いくらい潰れ、とにかくカチカチだった。味付けもしたはずなのに何の味もしなかった。夫の希望で中に入れたのりたまのふりかけが水分でふやけしょっぱいような甘いような微妙な感じ。

え、夫は今までこんなものを食べていたんだろうか・・・こんなものを食べてもらっていたんだろうか・・・衝撃だった。ショックだった。だって私は料理が上手で、なんでも美味しく作れるはずだったのに。勘違いも甚だしく、申し訳無さと恥ずかしさでカチカチおにぎりをヤケ食いした。

この日から、美味しいおにぎりを作るために密かな研究(笑)がはじまった。参考になりそうな本も買ったし、料理番組の動画も見返して手の動きなども参考にした。そうして8年、ようやく満足するおにぎりが作れるようになった。

作り方の参考になったのは、NHKきょうの料理。年配の講師がおにぎりをテーマに解説していた回だ。塩おにぎりと醤油味の鰹節おにぎりを作った。塩の付け方、ごはんの握り方、握る時はどの指に力を入れてるのかなどを丁寧に解説してくださった。その通りに作ったものを夫に食べてもらったところ、ふんわりして美味しいと言ってくれた。カチカチおにぎりとは雲泥の差だった。

そしておにぎりに対する意識を変えるきっかけには、佐藤初女氏に密着した番組が良い刺激になった。悩み苦しみを抱える方を受け容れ、癒やしの空間を提供されていた方だ。

番組では、一人の少年が滞在した数日に密着していた。彼は母親の後ろに並んでやってきた。反抗して食事をろくに取らず不登校だったように記憶している。母親はたった一人で少年を育てており働いていて忙しい。ここから5日間、少年は母親から離れ施設で過ごすことになった。

初女氏は少年と一緒に掃除や農作業をして過ごした。食事はおにぎりを作って食べさせ、家に帰っても自分で作れるように、と、米の炊き方からおにぎりにするまでを教えていた。初日に持参した母親作のおにぎりは食べなかった少年だけど、初女氏のおにぎりを食べてうつむいてた顔をあげた。そして自分で作ったおにぎりを食べたら顔つきが明るくなった。

5日後、母親が迎えに来た。5日ぶりに再開した親子はほんの少し距離があったが、少年が作ったおにぎりを母親が食べたあたりから変わったように感じた。

美味しい、と泣きながら食べた。初女氏が、料理には心が現れる、というふうな話をしだしたところで、こんな風に丁寧におにぎりを作ったことはなかった、と子に謝った。働いていてまともにごはんを作っていなかった、と悔やむ母親に、そんな時はおにぎりでもいいのよ、心を込めて握ったものは元気になれる、と諭した。

帰るまでの短い時間で一緒におにぎりを作り、食べ、笑い、そうして横に並んで帰っていった親子。少年だけを更生させるのかと思いきや、母親の意識も変えたこの5日間はすごく有意義だったんだろうなと感動したのを覚えている。施設に来た初日と比べると少年の顔が明るくなったし、おにぎり一つでこんなに変わるものなのか、と驚いた。

どういう意識で作ったかは料理に現れるのだ。元気になってほしい、美味しく食べてほしい、ありがとう、お疲れ様、の気持ちを込めて作ったおにぎりは、きっとものすごく大きなエネルギー源になるんだなと気づいたら、おにぎりなんて簡単ジャンただ握るだけだよ失敗するほうが珍しいよ〜と根拠のない自信に満ち溢れていた当時の愚かな私にカチカチおにぎりをぶつけてやりたい。

たかがおにぎり、されどおにぎり。ノーおにぎりノーライフ、である。

※初女氏の密着番組の中身は覚えている範囲で書きました。実際の放送と記憶とは違う箇所もあるかもしれないことをご了承ください。

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