告白『残酷な神が支配する』

父が漫画に関わる仕事をしていることもあって、家にはたくさんの漫画があった。
手塚治虫や藤子不二雄などの古典から、恋愛漫画、SF、少年漫画、エッセイ。特に恋愛漫画は古いものから最新のものまで、少女向けから女性向けまで数多く揃えられていた。
私は小学生と中学生のあいだ、ほとんど漫画を読んで過ごしていた。

少し刺激の強いものもあった。高校生くらいになってから、父に「この本は性的な描写があるから、お母さんに止められて隠していたんだよ」と話されたこともあった。
たぶん、そのような本は他にもあったんだろう。私が萩尾望都の『残酷な神が支配する』に出会ったのは小学生の高学年の頃だったと思う。

萩尾望都は、父の蔵書の中でも特に好きな作家だった。
『11月のギムナジウム』『トーマの心臓』は特に好きだった。美少年への憧れもあったし、儚さ、切なさ、詩的な表現が乙女心をくすぐった。そしてきっと、人の死が描かれていることが好きだった。

その延長線上で読み始めた『残酷な神が支配する』。
初めて読んだ日の夜、お風呂に入るのが怖かったのを覚えている。夜寝るのが怖かったのを覚えている。ジェルミと同じで、グレッグがベッドのそばまで来ているように感じた。物音が怖かった。私のところにもグレッグが来るんじゃないだろうか?
本当に残酷な話だった。漫画本は途中で止まっていて、続きはなかった。父に聞くと「残酷すぎて、辛くて買うのをやめてしまった」と言っていた。たしかにな。と思った。

そうして、続きのない同じ話を何度読み返したかわからない。いつの間にか萩尾望都の作品で、最も読み返した作品の一つになっていた(本当の一番は、たぶん『アメリカン・パイ』だ)。

大学生になったあと、時代の助けもあってメルカリで続きを見つけて、やっと最終巻まで読むことができた。
私は、ジェルミがどうなるのか心配だった。ジェルミがみずから命を絶ってしまうような絶望的な終わり方もあり得ると思っていた。
結果的にそんな終わり方ではなかった。でも、完全なるハッピーエンドでもない。ジェルミの人生はこれからも続いていくし、季節が巡るたびに彼はきっと苦しむことになる。たった半年間の出来事が、彼を変えてしまった。一生苦しむことになった。なんて残酷なのだろう。

今日、久し振りに読み返した『残酷な神が支配する』は、これまでの、どの読感よりも、この話を重く受け止めた。
私はどうしてこの話がこんなにも好きなのだろう。いや、好き、という感情ではない。惹きつけられることは事実だけど、カワイイとか面白いとかは思わない。ただ可哀想、辛い、と思いながら読んでいる。

なんで私はこの本がこんなにも大切なんだろう。それを考えたくて、筆を執った。

高校生の頃、男の人が酷い目に遭う話が好きで小説を読んでいた。『黒い家』は、高校の図書室の司書さんに「男の人が可哀想な話が読みたい」とリクエストしたら薦められて、怖すぎて一人では読みたくなくて、通学時間に読んでいた。そういうことではない。と思って、官能小説に手を出した。団鬼六『美少年』。これは鮮烈だった。すごく可哀想で、良かった。三島由紀夫『仮面の告白』。なんて美しい話だろうと思った。
同時期にはビジュアル系バンドにハマっていて、綺羅びやかに着飾った美しさと、少し暗い歌詞に厨二心をくすぐられた。特に、LIPHLICHというバンドに進藤渉さんという方がいて、黒くて長い髪と躰に入ったタトゥーがとても美しく見えた。

高校2年生のときに、ツイッターで出会った知らないお兄さん(27)と渋谷の安いラブホテルに行った。クーポンを使っていて、ダサいな。と思ったことだけ覚えていて、それ以外のことは忘れてしまった。
なんてことなかった。箱入り娘の多い女子校だったので、同級生より少し大人になった気がしたくらいだ。クラスで一番かわいい女の子にだけ、この話を打ち明けた。

受験が終わって大学生になると、自傷行為みたいだった。適当に書き込めば誰かしら会ってくれる。バイトが辛くて、人間関係が辛くて、家に帰るのも嫌で、朝は起きれないし大学にも行けないしどうしようもなかった。はみ出し物のような気がした。
そこで大森靖子ちゃんの音楽に出会った。「あたしの有名は君の孤独のためにだけ光るよ」。鮮烈な出会いだった。
いちいち誰かに会うのがめんどくさくなったあとは、五反田にある緊縛バーでバイトしてた。緊縛講習のモデルをして、お金をもらったり、自分で頼んで、1時間とか2時間とか縛ってもらったこともあった。マスターに気に入られて、いきなりステーキを奢ってもらった。マスターは勃たないみたいだったから、ひたすら縛ってもらって、一度キスしたのはいい思い出かもしれない。

親にちゃんと愛されて育ったのに、なんでこうなっちゃったんだろう。いまでも時々考える。このときはもっと思っていた。

でも、時間が経てば普通になった。こんなことをしてたのは、高校生の初めてを除けば期間的には一年ちょっとくらい。やっぱ大学いかなきゃってなって、辛かったバイト辞めて、普通に彼氏ができて、まあちょっとメンヘラカップルだったけど。

でも、この一年ちょっとが多分私をすごく苦しめた。今でも思い出したら辛いことがたくさんある。自分の行動なのに、自分でも理解できないし、過去の自分かわいそうだな抱きしめてあげたいなと思う。

ただの自分語りになりすぎたが、高校生のころの私の趣味は完全に『残酷な神が支配する』に影響されていた。緊縛もその延長かもしれない。
私の父はグレッグのような悪人ではない。私は父が大好きで、映画や小説でも父親との絆!みたいなものを見せられると泣いてしまう。だからこそ、父と息子の性暴力を描いたこの作品に、逆に強く惹かれてしまったように思える。そして、私にとってのグレッグはそのへんの知らない男の人たち。
もちろんジェルミほど傷ついたわけではない。毎日を穏やかにあたりまえに過ごしている。でも、きっかけがあると思い出す。今日はそういう日。

ジェルミの辛さ、孤独、絶望にふれることで自分の中の泥を洗い流す。私は『残酷な神が支配する』にとても影響された。そしてこれからもきっと影響されていく。この話を読むことは一種の自傷行為。でも、これを乗り越えた先に少しはましな未来を絞り出せる、と信じてる。

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