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犬の失敗を笑ってはいけない!

リビングの窓から差し込む日差しが、愛犬のココアの茶色い毛並みをキラキラと輝かせていた。
いつもなら、私を見つけてしっぽをブンブン振って駆け寄ってくるココアだが、今日は様子が違った。
ソファの後ろに全身を隠したまま、じっと固まっている。
「どうしたの、ココア?」
心配そうに声をかけると、ココアはゆっくりと顔だけをソファから出した。

いつもキラキラと輝いているつぶらな瞳は、どこかうつろで、少し潤んでいるようにも見える。
「何かあったのかな?」

私はココアのそばに駆け寄り、そっと抱き寄せた。
ココアは小さくクーンと鳴き、私の腕の中で体を震わせた。

その日、ココアは生まれて初めてのドッグランデビューを果たしたばかりだった。
他の犬たちと元気に走り回るココアの姿を想像していた私は、
ドッグランに着いて早々に、リードを外すことを決めた。
勢いよく走り出したココアは、他の犬たちに挨拶しようと、得意のダッシュで駆け寄っていった。

しかし、その瞬間だった。
ドッグランの隅に設置された、小さな丘のような遊具。
ココアはその丘を駆け上がろうとしたのだが、勢い余ってしまい、
頂上付近でバランスを崩してしまったのだ。

まるでスローモーションのように、ココアは空中で一回転し、
見事なまでに背中から着地した。
周りの犬たちも、一瞬何が起きたのか分からず、その場に立ち尽くしてる。

私は慌ててココアの元に駆け寄った。
幸い、ケガはなさそうだった。しかし、ココアの心には、深い傷が刻まれてしまったようだった。
かっこ悪すぎてプライドが傷付いたようだ。

「大丈夫、大丈夫。ココア、頑張ったね」
私はココアを抱きしめ、何度も優しく声をかけた。しかし、ココアは私の顔を見ることもなく、ただ俯いたままだった。
ドッグランから家に戻ってからも、ココアのショックは大きかったようだ。いつもは元気いっぱいのココアが、ソファの後ろに隠れて出てこようとしない。
「ココア、出ておいでよ」
私はココアの大好きなおやつを手に、優しく声をかけた。
しかし、ココアは微動だにしない。
「ココア…」
私はため息をつきながら、ココアのそばに座り込んだ。
そして、ココアがドッグランで転んでしまった時のことを思い出し、
思わず吹き出してしまった。
「あはは…ごめんね、ココア。でも、転んだココアの姿、ちょっと面白くて…」
私が笑うと、ココアは驚いたように顔を上げた。そして、私の顔を見た瞬間、ココアの表情がみるみるうちに曇っていく。
「クゥーン…」
ココアは悲しそうな声で鳴き、再びソファの後ろに顔を隠してしまった。

「え、ココア?怒ってる…?」
私は慌てて謝った。
「ごめん、ココア!笑うつもりじゃなかったの。でも、ココアは何も悪くないよ。誰だって、失敗することだっていっぱいあるんだから…」

しかし、ココアの態度は変わらない。私は途方に暮れてしまった。
「どうしよう…ココア、許して…」
私はココアのそばに寄り添い、何度も謝り続けた。しかし、ココアは頑なに私を許そうとしない。まるで、「もうママとは絶交だ!」と言っているかのようだった。

その夜、私はなかなか寝付けなかった。ココアがまだ私を許してくれていないことが、本当に悲しかった。
翌朝、私は恐る恐るココアに近づいてみた。
しかし、ココアは相変わらずソファの後ろに隠れたままだった。
「ココア…」
私は諦めずに、ココアに謝り続けた。
そして、ついにココアは重い腰を上げてくれたのだ。

ゆっくりとソファから出てきたココアは、私の前に座ると、
じっと私の顔を見つめた。
その瞳には、まだ少しだけ、怒りが残っているようにも見えた。
「ココア…」
私はもう一度、ココアに謝った。
そして、ココアを抱きしめながら、こう言った。
「ココア、大好きだよ。たとえココアがどんな失敗をしても、私は絶対にココアのことが大好きだから…」

私の言葉を聞いた瞬間、ココアの表情が和らいだ。
そして、私の顔にそっと顔を寄せてきた。
「クゥン…」
ココアは小さく鳴き、私の腕の中で体を震わせた。
私はココアをぎゅっと抱きしめ返した。

その日以来、ココアはドッグランに行くのを怖がるようになってしまった。しかし、私はココアを責めることはしなかった。
いつかまた、ココアが自分のペースでドッグランを楽しめるようになることを信じて、ゆっくりと時間をかけていこうと決めたのだ。

そして、あの日以来、私はココアの失敗を笑うことはなくなった。
ぜなら、ココアにとって失敗は笑われることではなく、優しく励まされるべきものなのだと、身をもって知ったからだ。


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