植物の魔術師
先日、引っ越しました。
以前よりも大分広くて、築年数もそれほど経っていないアパート。ずっと広いお部屋に住んで、伸び伸び暮らしたいと思っていた小さな夢が叶ったのも、ライターの副業を始めてほんの少し、金銭的余裕ができたからです。ありがたや。
元々、インスタなどでお洒落な部屋やレイアウトを眺めることが好きだった私。引っ越したらずっとやりたかったことがあったんです。
それは、お部屋を観葉植物と間接照明でお洒落に飾ること。
緑とかすかな光がある綺麗なお部屋に、ずっと憧れを抱いていました。そしてついに、その憧れが現実となる時がきたのです。
引っ越しから一週間ほど経った日、ある程度部屋のなかも片付いたので、他に必要な物を揃えるために私は休日を利用して、買い物に出かけていました。そしてその帰り、ずっと気になっていた場所に寄ったんです。
そのお店は、大通り沿いにある元はチャペル(多分)。だけど今は観葉植物やブーケ、アイスクリームなどを売っている何屋なのか謎な場所でした。
その場を通るたびに、窓辺に置かれた大量の観葉植物を眺めて気にはなっていたものの、一度も足を運んだことがなかったこのお店。今日こそは入ってみようと企んでいたんです。
ちなみに何故、一度も足を運んだことがなかったかというと、何屋か分からない以前に、人が出入りしているところを見たことがなかったから。
もはや営業しているのかも謎なお店でした。
空の駐車場に車を停めていざ、一歩中へ足を踏み入れると、どうやら営業はしている様子。入ってすぐ右手に観葉植物、奥にはドライフラワー、そしてそのまた奥にはアイスクリームが売られていました。うーん、やはり謎。
しかし、人の気配がまったくありません。
やはり営業していないのかしら?と思った瞬間、「いらっしゃいませぇ~」と、どこからともなくか細い声が聞こえてきたんです。
はて?どこから?と周りを見渡すと、その女性は背の高い、大きな観葉植物の葉の間から、顔だけを覗かせ真っ直ぐにこちらを見ていました。
思わず「ひっ!」となる私。
いつからそこに?そしてなぜそんな登場の仕方??と、クエスチョンマークがたくさん脳裏を過ったものの、動揺を悟られないように、私はその女性に軽く頭を下げ、観葉植物に目を移しました。
しかし感じるんです。背後に気配を。
チラッと顔を上げる私。
―――いる。
窓ガラス越しに見えるんです。私の背後に立つ女性の姿が。
私が右にずれると、女性も右にずれる。
左にずれると、女性も左にずれる。
うーん、気になる。
基本、私はショップで店員さんにはあまり構われたくないタイプです。
こうなったら何か言われる前にこちらから一言申そうと思い、「見てていいですか?」と、植物たちを指さして振り返りました。
すると女性は、「もちろん!ごゆっくり!」と、突然威勢の良い声を発し、奥のカウンターへと戻っていったんです。
カウンター越しから視線は感じるものの、距離が遠くなったことで少し安心する私。気を取り直して植物たちに視線を戻しました。
とりあえず、窓辺に飾る用の鉢を1つと、デスクに飾る用の小さな鉢が1つ欲しい。
そう思い、選んだのがこちら。
スターライトとアイビー。うーん、可愛い。
ウキウキと鉢植えを手に持ち、カウンターへと向かいました。すると待ってましたと言わんばかりに、先ほどの女性がカウンターから飛び出してきたんです。
そして私から鉢を奪い、一言。
「あのね!これ扱ってるの、うちだけなの!!」
―――なにが?
鉢を奪われた体勢のまま、無表情で固まる私。
一瞬、この植物を売っているのがこのお店だけだと言いたいのかと思ったんです。
しかし、スターライトは分かりませんが、そこまで植物に詳しくない私でもアイビーは至るところに売ってあることくらい知っています。
そのため訳が分からず、口から発する言葉を探せずにいると、女性は突然ガッ!と鉢の中にある玉を掴んだんです。
「あのね、これ!土の変わりになるの!だけど土よりも植物にとって快適な環境を作ってくれるの!」
と、鉢の中に入っている玉をジャラジャラ掴みながら説明をしてくれました。
ちなみ(見づらくて申し訳ないですが)女性が言う‟これ”とは、この玉のことです。
確かに、一目見たときから「土じゃないなー、珍しいなー」と思っていました。
へぇ~と、頷きを見せる私。北海道で取り扱っているのはこのお店だけと言われても、正直あまり興味がわきませんでした。(ごめんなさい)
「それでね!これ!乾いたら色が変わるから、水をあげるタイミングが分かるの!ほら!」
そう言って、次に女性はズイッと、私の目の前に鉢を差し出してきました。
「ほら!これ!今は水分があるから、玉の色が濃いでしょ!?」
―――分からん。
せめて比較対象として、乾いた状態の玉を見せてくれ。
そう心で思いつつ、「そうですねぇ~」と気のない相槌を打つ私。
実はこの頃から尿意をもよおし始め、もう帰りたかったんです。
しかし彼女のトークは止まりません。遮るのも悪いなと思い、勢いづいたまま謎の玉の説明をする女性の話に、尿意を感じつつも耳を傾けていました。
そうしてなんとなく説明を聞いていた時、私のなかで1つの疑問がわき上がったんです。
せっかくだから聞いておこうと思い
「じゃあ、この玉の色が薄く(?)なったらお水をあげればいいんですか?」
と尋ねてみました。
すると女性は自身の腹に両手を当て、こう言ったんです。
「あのね!お腹が減ったら!」
―――お腹が減ったら?
思わず女性と同じように、自分の腹に手を当てる私。
何を言っているんだこの人は。ぶっちゃけそう思いました。
「あのね!お腹が減ったら水をあげて!」
「あ、いや、あのそれは玉の色が……」
「ほら、ここに根が張っているでしょ!?これがどんどん伸びてくるから!」
「(なんで急に根の話?)あ、いや、あの水をあげるタイミン……」
「これ、どうやって持っていく!?ダンボールでいい!?」
「……はい」
―――すべてが噛み合わない。
私が悪いのでしょうか。結局この植物たちに水をあげるタイミングは分かりませんでした。
あと、アイビーに関しては、写真よりももっと葉っぱが伸びていたんです。
「これこそオシャンやなぁ」と、伸びた葉を前にルンルンしていたんですが、「少し切ろうか?」と尋ねる女性の親切心に頷いてしまったばっかりに、せっかく伸びていた部分をガッツリ切られ、写真のような普通の葉っぱになってしまいました。無念。
最後、明らかにサイズの合わないダンボールにミチミチに詰められたアイビーとスターライトを手に持って帰宅した私は、そのままトイレに行き、こう思ったんです。
きっと彼女は植物の魔術師だったのだろう、と。
なんかよく分からないけれど、そんな雰囲気の店員さんでした。
とはいえ、まだまだお家に観葉植物を置きたいと思っている私。
またあのお店に行こうかどうしようかは、まだ迷い中です。
【9/100】