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「ギブ」って聞くと辛くなる

 嘘をつくことが苦手だ。

というより、思ってもいないことを口にしたり、知らないフリをしたりすることが向いていないのだろう。昔、友人から恋愛相談を受けていた際、友人のいない飲み会の席でそのお相手から「〇〇(友人)から俺のことなにか聞いてない?」と問われたことがあった。咄嗟に上手い返しが思いつかなった私は「え?あー……」と言葉に詰まり、場の空気を凍らせたことがある。(今ならもう少し上手く返せる自信があります。はい)

嘘をつけなくなったきっかけは、多分幼稚園の時。
私が通っていた園では一時期、「嘘をつくと、夜眠っている間に布団からはみ出た足を幽霊に切り落とされる」というなんとも恐ろしい噂がひとり歩きしていた。
今考えると、それこそいろんな都市伝説を掛け合わせた嘘だったのだろう。けれど、当時「幽霊」を信じていた私はその噂に心底怯え、夏でも布団をスッポリと被って眠っていた。おかけで「暑い暑い」と夜中に泣いて目覚める、、、なんてこともしょっちゅうだった。

だからだろうか。大人になった今でも「上手な嘘」すらつけない自分がいる。そしてそれは少なからず、文章にもあらわれてしまう気がするのだ。
実は、シナリオライターを始めてこの2年、ずっとしんどいことがあった。

それは「クライアントへのギブ」という言葉だ。

ライターを始めてからというもの、さまざまな場で、さまざまな人からこの言葉を耳にしてきた。だから私も、最初は気合いを入れていた。「よーし!クライアントにギブするぞ!」、と。

だけどそう決意した瞬間、心の中にはもや~っと湧き出てくる別の感情があったのだ。

「クライアントへのギブって、なんだ?」

いや、正直、事の意味は理解している。そして、私自身もその意見には完全に同意しているのだ。
だって、フリーランスやライターは「個人」の世界だから。

もちろん、企業から仕事をもらったり、チームを組んで仕事をしている人だってたくさんいる。ただ、たとえそうであったとしても、会社員として企業で働く感覚とはまったく別物のはずだ。ライターやフリーランスは「個」のやり取りを大切にしなければ、仕事なんてあっという間に指の隙間から零れ落ちてしまう。黙っていても、仕事とお給料をもらえる会社員とは大きく立場が違うのだろう。

それなのに、そんなことくらい分かっているのに、「クライアントへ全力でギブします!」という言葉を、素直に吐けない自分がいるのだ。

だって、ライターの仕事は自分のために始めたことだから。

小説の出版を叶えたい、文章力をあげたい、そして単純に、シナリオを書くことが楽しい。この2年間、ただそれだけの理由で、私はシナリオライターの仕事を続けてきた。
もちろん、納期を守るとか返事はすぐに返すとか、そういった一般的なことはきちんと心掛けているつもりだ。けれど、それを「ギブ」と呼ぶのはあまりにもおこがましい。だってそんなの、当たり前のことだから。
そういうことではなく、他のライターさんたちを見ているともっとみんな積極的に動いて、発信して、「誰かのため」に書いているのだと、それが痛いほど伝わってくる。

「私は自分のことしか考えていない嫌な奴だ」
これまで、何度そう思ったことか。せめて口先だけでも「人のために」を言えたらよかったのに。

いや、違う。
結局、こんな考え方だからダメなんだ。私がいまやっている案件はランク制なのだが、実は先日、そのランクがひとつ下がってしまった。自分のスキル不足を恨むと同時に、この時「クライアントへのギブ」をもっと考えていたら、こんなことにはならなかったのではないか。そんな思いが、脳裏をよぎった。

あぁ、人のために何もできない、人を思えない人間でごめんなさい。
あーだこーだうじうじと考え、久々に地の底まで落ちる勢いで泣いた。悔しくて悲しくて、パソコン画面に向かっていても、ベッドでゴロゴロしていても、気がつけばボタボタと溢れ出る涙を止めることができない自分がいた。それくらい、今回のランク落ちは堪えた。

ただ、こんな私でもたったひとつだけ、心の底から言えることがある。
それは、自分が書いた文章を通じて、自分が携わった作品を通して、誰かが喜んでくれたり、感動したり、はたまた、物事を考えるひとつのきっかけとなったなら、それは本当に嬉しいということだ。
自分のためにやっている。そのことが回り回って、巡り巡って、誰かのためになればいい。読み手の心に刺さればいい。
いい作品を作りたい。いい文章を紡ぎたい。その結果が「クライアントへのギブ」になれば、それほど嬉しいことはない。

なんだかすごく遠回りな気がするし、上手な嘘すらつけない私は、どうしたって上手く立ち回ることができない。だけどせめて、いい作品を作ることだけに関しては、どれほどしんどくても正面から向き合い続けていたい。それが唯一、私にできる最大限のギブなのだろう。

 やっぱり私は、「誰かのため」より自分のために頑張りたい。自分のために書いていたい。
これからも、その思いに嘘はつかないでおこう。


【今日の独り言】
クライアントがこれを見ませんように!!!←

【81/100】

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