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書かない方が楽なのに
子供の頃、祖父母の家に行くと、居間から奥の部屋へ繋がる中間の柱に傷をつけてくれた。身長の伸びを確認するための傷だ。
私と、従姉妹の2人分。祖父母にとって私が初めての孫だったこともあり、当然ながら私の身長を測った時につける傷がいつも一番上に残っていた。
「いいな、楓花おねえちゃんは一番上で」
私より4つほど年下の従姉妹は、唇を尖らせそう拗ねていたけれど、私はそのことが不思議でたまらなかった。なんなら、その傷を見て嬉しそうに微笑んでいる祖父母のことも。
身長なんて、大人になれば勝手に伸びるのに。わざわざ傷をつけるなんて変なの。
心のなかで、そんなことを思っていた気がする。けれど、祖父母を悲しませないために本音は言わなかった。祖父母の家に遊びに行くたびに、柱の前に黙って立ち、増えていく傷をただただ眺めていた。
*
もう、なにも書きたくない。
ここ最近、そんな感情に埋め尽くされていた。
私は、約2年前に副業でシナリオライターの仕事を始めた。
正直、副業は大変だ。本業で、どんなにへとへとになって帰ってきても、ゆっくり休むヒマなんてない。手帳には必ず納期を記入して、そこに間に合うよう逆算をして案件を進めていく。毎日がその繰り返しだった。この2年、ギリギリになったことはあっても、納品が遅れたことは一度もない。
それに、案件がない時も気は抜けなかった。だって、私の第一目標は「小説家になること」なんだから。少しでも時間ができたら「書くこと」の勉強をして、プロットを作って、ショートショートを書いてサイトのコンテストに応募をした。今年は初めて、公募へ作品を出すこともできた。
ただ、何をやってもどこまで書いても、ふと思ってしまう時がある。
「私がやってることって、意味あるのかな」、と。
このnoteだってそうだ。
文章力をあげたい、語彙力を増やしたいと思い、1年前から週に1回の頻度で書き出したこのnoteも、今回で78週目になる。果たして、私の文章力は上がったのか、語彙は増えたのか。自分では、今一つ分からない。
それに、継続して依頼をもらっているシナリオの案件も、最近は思い悩む日々が続いている。というのも、この案件はランク制だ。スキルがあがればあがるほど、上のランクにいくことができる。収入も上がる。
けれど、ある時を境に私のランクは止まったまま。自分なりに工夫をしても、クライアントからのフィードバック読み込んでも、思うように書けないことが多かった。
不甲斐ない。クライアントにも申し訳ない。もしかすると、私はこれ以上成長なんてできないのかもしれない。あぁ、こんなんじゃ、小説の出版なんて無理だ。夢のまた夢だ。いや、違う。本当はどこかでずっと思っていた。
小説の出版なんて、どうせ自分には無理なんじゃないかと。
結局、私は自分に、自分の書く文章に、自信なんてこれっぽっちもないのだ。
あー、もうなにも書きたくない。というか、別に書かなくたっていいじゃないか。生活は本業の収入だけで十分だし、小説だってプロの作家さんが書いた作品を読んで楽しむだけでいい。シナリオの仕事も、私の変わりなんていくらでもいる。
書かない方が、きっと楽だ。
一瞬、そんな負の感情に駆られた。
それなのに、どうしったって頭の中は、自らの意に反してアイディアが浮かび上がってくる。
誰かと話をするたびに、本を読むたびに、目に映るもの、耳に届く情報を得るたびに、「あれを書きたい」「これを書きたい」と、おもちゃを欲しがる子供のような欲求が湧き起こる。
だからだろう。このnoteだって、書く内容に困った週は一度もない。もしかするとこれだけは、天から授かった才能とでもいえるのだろうか。
そして、極めつけはやはり小説だ。
本屋さんに行くと、必ずといっていいほど思ってしまうことがある。
“自分の作品も、いつかここに並べたい”
そんな淡い欲求が、どうしても消えない。
書かないほうが楽なのに、どうしたって私は書くことを、夢を追うことをやめられないのだ。
*
書くことに関して、いま、私は自分の成長具合が分からない。
だって、身長のように柱に傷をつけることなんてできないから。可視化できないものは、安易に信じることも疑うこともできない。もしかすると、書くことに関する私の伸びしろは、もうないのかもしれない。
それでも、私は書きたい。書き続けていたい。書かないほうが楽なのに、それでも私は「書くこと」を選びたい。
気づけばもう、30代も中盤、いい歳だ。勝手に伸びると思っていた身長は、期待するほど伸びなかった。あと10センチ欲しかったな、という願いも恐らく一生叶わない。
ただ、「書くこと」に関する伸びしろだけは意地でも伸ばし続けたい。見えなくてもいい、確認できなくてもいいから、伸ばそうとする努力だけは怠りたくない。
書かない方が楽なのに、どうやら私は「私」を諦めたくないようだ。
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