見出し画像

自分の手で線を描きたい 【往復書簡 vol.1 にもふーより】

みなふーさま

おはようございます。

これを書いているわたしは今、静かですこし涼やかな、オフィスの中にいます。梅雨はどうしても苦手だけれど、夏に入る直前のしっとりとした空気は嫌いじゃないかもしれないです。上がりきらない気持ちに、やさしく寄り添ってくれてるかんじがします。わたしのイメージでは、この季節はちょっとみなふーに似ているような気もするのですが…どうですか?


・・・

今回からはじまった、Quu&Fuuの「往復書簡」。

Quu&FuuのInstagramを立ち上げて、もうすぐ2ヶ月ですね。メディアをやろうと思ったのは去年の12月だったので、準備期間を含めると、この活動を始めてもうすぐ半年。ふり返ってみると、なんて濃密な半年間だったんだろう!と思います。

はじめての編集長、はじめてのメディア立ち上げ。はじめてのメンバーと、はじめてのことをするというのは、とっても刺激的だけれど、とってもむずかしく感じました。ましてや、みなふーとはいっしょに仕事ができるなんて思ってもいなかったので……まさかこうして、日々やりとりするようになるだなんて。人生なにが起こるかわからないものです、ほんとうに!

改めて、いつもありがとうございます涙


・・・


Quu&Fuuでは、わたしたちの「朝」にまつわる実感を起点に、今すぐできるような生活の工夫について発信しています。

みなふーは、この活動を始めてから、生活の中でなにか変わったことはありますか?わたしは、特に何かがおおきく変わったわけではないけれど、自分が今までずっと信じてきたことに、前より自信がもてるようになったような気がしています。

この数ヶ月間で、たくさんの「工夫」が、手元にあつまりました。

編集部員のなかで日々見つけあった工夫。インスタを通してたくさんの方々に投稿してもらった工夫。みなふーのラジオを通してリスナーの方々から教えてもらった工夫。

その中には、それまでまったく知らなかったものもありましたが、それ以外のほとんどは、特に珍しかったりキラキラしていたりするものではありませんでした。「お気に入りのアイテムを身につける」「眠る前に翌朝の用意をしておく」「空に向かって伸びをしてみる」… 特別なアイテムに頼る必要もなければ、偉大な人の力を借りる必要もない。とってもシンプルで、些細なものばかりでした。「そんなことが?」と感じる人がいてもおかしくないかも。

でもわたしは、そんなシンプルで些細なものこそが、工夫の根源なんじゃないかと思っています。ほんとうに生活をたのしむことが上手な人って、なんてことない生活のシーンにおいても、いつでも自分がおもしろいと思えるシナリオを描ける人のことをいうんじゃないかと。そういう人たちは、言うなれば「日常のエンターテイナー」。わたしもそういう人になりたい!と、ずっとずっと思ってきました。

・・・


わたしは、よく周りから「にもちゃんはいつも楽しそうだねえ」と言われます。実際に、たのしい気持ちで日々を過ごしている時間がほとんどです(もちろん、空に天気があるように、曇りや雨のときだってあります!)。でも、元々はまったくそうではなかったんです。

小さい頃、学校という場所がほんとうに嫌いでした。いつもおんなじ道を歩いて登校しなきゃいけないし、先生の授業をじっと聞いていなきゃいけないし、持ち物や服装も決められている。そんな毎日をくりかえしていると、だんだん目の前の世界が「うごかせない当たり前」のように見えてきて、生活をたのしもうという気持ちが薄れていってしまいました。

その反動もあって、わたしの頭のなかにあった想像は、みるみる「絵」や「言葉」にカタチを変えて出ていきました。漫画をつくったり、イラストを描いたり、小説を書いたり……自分の手で動かした1本の線が、紙の上だとこんなにもスルスルと滑らかに、自由な世界をつくれるだなんて!学校から帰ってくるなりランドセルを放り投げ、昨日のつづきを机の上に広げてはワクワクしていたのを思い出します。そこには、たしかに自分がときめける世界がありました。

・・・


そして、まわりまわって今。また当時と同じように、ワクワクしている自分がいます。

去年から働いている今の会社で、わたしは企画の仕事をさせてもらえるようになりました。もちろん考える上で悩むことが多いし、関わる人が多いことで生まれるむずかしさもあるけれど、思い出すのは、小さい頃の自分がまっしろな紙の上でペンを握って線を走らせていたときと、同じような感覚。自分の手から、世界をどんどん創り出していく感覚です。

わたしにとって、生活を工夫するための原動力って、まさしくこの感覚なんですよね。10年後のことも考えられなければ、5年後も1年後も、ましてや1ヶ月先のことさえも考えることが苦手なわたしなのですが……「目の前を変えてやるぞ!」という気持ちの強さだけは、持ちあわせている自信があります。

だから、着ているものを気にしてみたり、明日のことを考えてみたり、空に向けて顔を上げてみたり、そのくらい身近で「自分の手で線を描けそうなくらいの距離感」が、きっとちょうどいいんですよね。


・・・

Quu&Fuuも、そんなたのしみを伝えていけるメディアにしたいんです。この文章を書いていて思ったのですが、小さい子にも届くメディアになったらたのしいかもなあ。そんなこと思ったことなかったけれど。小さい頃に描いていた線って、すごくのびのびとしていて、どこまでも限りなく続いていきそうなパワーをもっていた気がしていて、きっとそういう感覚ってどんどん忘れていってしまうんだと思うんです。

だからこそ、大人も子どもも、目の前の生活をたのしみ続ける想像力をわかち合える世界になったら、すごーくたのしくなる予感がしています。

Quu&Fuuがそれをやりたい!

・・・


…と、ここまでつらつらと書いてきましたが、思ったよりも書き過ぎてしまいました。。。というか、これってちゃんと「書簡」になっているでしょうか?ただのエッセイみたいに、なってないですか?笑

まだ書簡がどのようなものなのかも分からないまま、思うがままに書かせてもらってしまって、みなふーが受け止めづらくなっていたらごめんなさい笑

一方的に投げてしまって恐縮ですが、みなふーのお返事、とってもたのしみにしています!


にもふー


〈 Quu&Fuuの往復書簡 〉

『Quu&Fuu』編集長のにもふーと副編集長のみなふーが、日々の活動をとおして感じたことや考えていることについて、note上でゆるやかにやりとりを交わします。不定期更新。


いいなと思ったら応援しよう!