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猫がいるカフェ 1話 -④

 その後、お客が一組二組と続々来店し、俺が来て三十分くらい経った頃にはほぼ席が埋まっていた。佐々木くんも今は仕事に戻り忙しそうにしている。苦いコーヒーと甘い大福、そしてサービスで頂いた試作品のカップケーキを堪能しつつ佐々木くんの仕事ぶりを横目で見てみる。

――かしこまりました。カフェラテで豆乳に変更ですね。今日はこの時間に来てくださるの珍しいですね。お仕事お休みなんですか?
――〇〇さん、おはようございます!はい、この前おすすめしていただいたパン屋さん行きましたよ。あそこの・・・
――お客様、そちらのお荷物お預かりしますよ。えっ、〇〇から歩いてきたんですか?!こんな寒い日に、ありがとうございます。あったかいコーヒー飲んでいってください。

この短時間でもわかる佐々木くんの、接客スキル。忙しいはずなのに、初めましての方から常連の方まで仕事以外のことでもコミュニケーションをとっている。忙しいとどうしても早く終わらせなきゃという気持ちが勝ってしまい、周りのことを見渡せなくなって冷たい態度をとってしまいがちだから本来の接客とはこういうことだよなと思い直す。それに対して自分自身の仕事のやり方はどうだろうか。改めて俯瞰してみると、丁寧に仕事を行なっていたつもりだが、いい人ぶって断らない故に自分で追い詰めては間に合わず中途半端で休日に仕事を持ち帰る。そして余裕を持てずに他人に対し、社会に対し斜に構えていた。改め直す良いきっかけかもしれない。佐々木んの仕事ぶりは素直にすごいなと尊敬の念を抱いた。
 
 そうしている間にもお店にはどんどん客足が多くなっていく。三人組の客が来たが座る席がないのを見てがっかりした表情を見せテイクアウトする人たちもいた。あの仕事ぶりをみると繁盛するだろうなと感心するも俺も長居するのは迷惑だなと思い、残っていたコーヒーを一気に飲み干し店を出ることにする。足元の荷物ラックに置いていたリュックを取ろうとした時だった。今の今までずっと隣の席で寝ていたメイちゃんが徐に俺の膝の上に乗ってきたのだ。

「えっ?」

するとあろうことか、俺の腹にズンッと頭をぶつけてくる。そして上目遣いでこちらをみると一言。

『んなぁ?』

可愛いっ!なんて可愛らしんだろう。愛い。これは撫でろの催促だよな?実家で飼っていた猫も滅多にない甘えモードの時はこうしてアピールをしていた。顔から背中にかけて一撫でするとそのままメイちゃんは俺の膝の上に座る。ゴロゴロと小さく聞こえてきて、その振動が俺の足から伝わる。その温もりにまたしても心の奥がじんわりと温められる。
 
 嗚呼、なんかこういうのって良いな。
 
 俺は社会人になって心にポッカリと穴が空いていた。それが何かわかっている筈なのに無視して、仕事で埋めようとして誤魔化していた。心にゆとりを持って周りを見ること、人の優しさに触れて感謝する心を持つこと、地に足をつけて季節を感じる、それだけで充分に幸せだと今日の出来事を踏まえて思う。お金を目的にして沢山働いて得たお金は添加物の入ったものばかりに費やし暴飲暴食。結果的に自分にとっていい使い道をしていない。気がつけば、お金が目的になっていた。

 このままこの会社にいるのはもう御免だな。ふと、考えが頭に浮かぶ。しかもあの劣悪な部署が俺を待っているのかと思い出しただけで、先程までの凪いだ気持ちがどんよりと曇る。それのどこが幸せだろうか。

 昔、小説家になりたいという夢があった。だが、俺よりもすごい人なんて当たり前に沢山いることに学生時代の俺は簡単に挫折したのだった。両親に反対されたから就職を機に諦めた、なんて傷を浅くするために言い訳を重ねて思い込ませていた。
 今、変わらなければ俺は会社の捨て駒にされ、何もしないで一生を終える。だが今日、感じた幸せを理想だけで終わらせたくないと強く感じたのだ。俺が本当にやりたいことは昔から変わらない。この気持ちはあの時、消したはずだったのにどうやら燻っていたようだ。今からでも、もう一度、あの時の夢を追っかけても遅くはないよな。紛れもなく佐々木夏梅に出会ってから、閉鎖的だった俺は少しずつ変わっている。以前の俺には考えもしなかっただろう。

『んなぁ~』

俺への決意に応えるかのようにメイちゃんが言う。

「そうだよな。ふふっ、ありがとうメイちゃん。君と佐々木くんのおかげで夢を思い出せたよ。最後に一撫でしてもいいかな。」

メイちゃんはゆっくり目を閉じる。それを合図に頭を一撫でしてから、立ち上がる。俺の動作と共にメイちゃんは膝から降りてフラリと奥の席の方へと歩いて行った。奥の席に座っていた人たちから『メイちゃぁぁん今日も可愛いよぉ。』という熱烈な声。メイちゃんはツンとした態度で奥へ消えていった。去り際までクールだぜ、メイちゃん。

 リュックを背負い、佐々木くんに一言挨拶だけしようと思ったが常連らしき客と話に花を咲かせていたので、そのまま帰ることにする。また今度来た時に、お話をしよう。そう思い、席近くのダストボックスの上に併設されたトレー返却場所に戻して、静かに出る。出る時もドアベルがチリンと小気味よく鳴る。それを合図にスタッフが挨拶をする。

『ありがとうございました。』

 その挨拶に、チラッと振り返ると佐々木くんは俺を見て小さく手を振っており、俺も小さく手を振りかえしてカフェを出たのだった。

 
 カフェを出るとブワァッと冷たい風が吹いた。あったかい店内にいたのでその温度差に大きく身震いする。この温まった気持ちを冷やさないよう早く帰ろうかと来た道を戻ろうとした時、目の前から覚えのある顔が歩いてきた。金髪のマッシュヘアーをふわりと風に靡かせ、白いタートルネックにデニムジャケットを羽織り軽快な足取りでこちらへと向かってくる。相手も俺に気づくと、右手を上げた。

「おっ!大崎さんじゃないですか。あけおめです。」

ゲッ。例の一件で警戒人物リスト――という名の苦手な人リスト――に入っている白川さんだ。帰り道で無視することもできないので、少し挨拶交わして早々に切り上げようか。

「あははっ、いま露骨に面倒臭そうな顔してましたよ。カフェ来てくれたんですね。」
「まあ、揶揄われたのでそりゃあ苦手な人だとは思ってますけど。コーヒーと大福、そして佐々木くんのサービスでカップケーキもいただいたんですが、どれも美味しかったです。・・・あと、明けましておめでとうございます。」

俺の正直な返答に一瞬目を開き驚いた顔をすると、途端に破顔し声を出して笑った。

「ははっ、もうっ、お口にあって何よりです。大崎さんって面白い人だな。もっと揶揄いたくなるよ。髪も似合ってる。」

そう言うと、目の前まできた白川さんは少しだけ俺を見上げて手を伸ばし俺の髪に触れた。また縮まる距離に息を呑む。

「いいじゃん、こっちの方が似合ってる。俺の好みかも。」

そう言って視線が交わると、俺に向かって微笑む。

――パシッ
思わず手を払ってしまった。

「あっ…!すみません。でも、こっ、こういうところですよ。また俺のこと揶揄って。」

思ったよりも強く当たってしまい、咄嗟に謝る。近づいていた距離を離すように俺は一歩だけ後ろへ下がった。

「…あー痛いなー。これじゃあコーヒー淹れれないわー。どーしよっかなー。」

白川さんは急に払われた手を痛そうに庇い、棒読み口調になった。なんだ、なんの茶番が始まった?

すると、「はい。」と白川は反対の手を差し出す。なんかこの光景前も見たな。

「頂戴。大崎さんの連絡先。」
「えぇ?」
「だって、もし今後痛みが取れなかったら俺働けなくなっちゃうよ。そん時に治療費貰うために連絡先もらっておこうかなって。」

こいつ。また懲りずに。

「あ、今”こいつ”って思ったっしょ。じゃあ慰謝料もだな。はいスマホ頂戴。」

なんで俺の考えていることが分かるんだ。声に出てたか?取り敢えずまた面倒なことになってしまった。ますますこの人に対する苦手意識が高まる。経験上こういった場合は渋るよりも早く終わらせたほうがいいので、ため息を吐きながらパーカーのポッケに入っていたスマホを差し出す。差し出されたスマホを見てニヤリと笑った白川さんはすぐに受け取り慣れた手つきで連絡先を交換し、一分も経たないうちに俺の元へスマホが戻ってきた。

「ありがとう。ラ○ン交換させてもらったよ。あとで連絡するわ。それと、スマホのロック掛けてないの不用心だね。」
「…はぁ。わかりました。別に見られて困るようなことないんで。連絡が取れる手段があればいいって感じで。」
「へぇ。今時その歳で珍しいね。だからホーム画面も初期設定のままだったんだ。」
「まあそんな感じです。・・・連絡先交換したいなら最初から言ってくれれば素直に交換しましたけどね。」
「あははっ、バレてたか。」
「だって痛めてる手で軽やかに操作して、その手で返して来たじゃないですか。もっと上手に嘘ついてください。・・・少しは心配してたんですよ。」
「ふふっ、ごめんね。やっぱり大崎くん可愛いからさ、揶揄いたくなるんだよね。」

気づけば、くん呼びになっている。佐々木くんもとい白川さんも距離の詰めかたが自然にできる人らしく、俺も気がつけばそのペースに呑まれている。今日で会って二回目だと言うのに気を張らずに喋れるというのはなかなか無いことだ。やはり、接客業をしているからなのか将又そういう人柄だからこそ接客業ができるのか。

「なんだか前会った時よりもすっきりした表情してんね。もしかして仕事で吹っ切れた?」
「えっ。佐々木くんにも言われました…。俺ってそんなにわかりやすいのか…。」
「・・・そっか、なつめも気づくよな。」

ボソリと呟く白川。うまく聞き取れなかった。

「ん?」
「いや、なんでもない。それで、いいことでもあったのか?」
「あぁ、それが――」

そこから、俺の仕事で起きた話を伝えた。俺の気持ちとカフェでの決意したことを簡略的に伝えると、白川さんは相槌をうちながら真面目に聞いてくれていた。それに面食らう俺。てっきり何か茶化してくるかと思っていたが、ちゃんと場を弁えているようだ。どうやらこの人が店長というのも嘘じゃないかもしれない。

「大崎くん、やりたいことを始めるのに遅いことは決してないんだけど、その会社にいながら夢を追いかけていくつもりかい?」
「えっ、あぁ、まあ時期を見てからいずれ辞めようかとは。まだそこまでは決めては無いですけど。」
「じゃあさ、俺んとこで働けば?」
「え?!」

予想外の言葉に驚く。何となく仕事を辞めようとは思っていたが、その考えは微塵もなかったからだ。

「俺んとこの奴らはみんな夢を追いかけてるんだよ。俺もそのうちの一人なんだけどさ。うちのカフェに飾ってあった絵、見なかったか?」
「あっ、はい見ましたけど。」
「あれ、全部ナツメが描いたんだ。ああ見えてあいつ画家志望なんだよね。」
「えっ。」
「色々あってあいつもここで働かせてるんだけど、今度本人から聞いてみな。俺は本人のやりたいことと、カフェを融合させて新たな形で夢を叶える近道を作れたらいいなって思ってるんだ。」

他にもバンド活動している人もいるらしく二ヶ月に一度、このカフェで披露したりしているらしい。でも俺は接客業もしたことないし、ましてや俺のやりたいことはここで活かせれるのだろうか。

「だからどうかな?大崎くん来てくれたらナツメも喜ぶだろうな。」

でも一歩踏み出さなければ何も変わらない。そのきっかけを白川さんは俺にくれている。今逃すと次があるかどうかもわからない。このままうだうだして、口だけになりたくない。じゃあ答えは決まっているだろう。ほんの僅かの時間で、俺は今までに無いほど早く決断をした。

「・・・白川さん。」
「ん?」
「俺、接客業したことないし、昔から本ばっか読んで人とまともに話してこなかったから緊張して上手く会話が続かないんです。」
「うん。」

白川さんは至極真っ当な面持ちで俺の話を聞いてくれている。

「俺は、本を出したい。一度諦めたけど、このまま諦めるのはもう嫌だと思いました。もう一度挑戦したいんです。こんな俺でもいいんでしょうか。」

白川は、俺の告白を聞くと今までの真剣な面持ちから一変し一言。
「もちろんだ。」
力強く、そして笑顔で応えてくれた。その応えにホッとして強張っていた肩の力を抜く。

「ナツメも最初は全然接客できなかったんだけどさ――」
白川さんが話し始めた時だった。
――チリン
とドアベルがなったかと思うと、見たことのない焦った表情の佐々木くんが飛び出してきた。俺もその形相に驚く。

「アオイさんっ!遅刻ですよ、遅刻っ。」
「えっ!うわ、ホントだやべっ!じゃあね大崎くん!来月からでも働いてくれると助かるから。また連絡するわ。じゃあ気をつけて。」
「ほらっ、はやく入ってください。」

早口で捲し立てると白川さんは佐々木くんに促されるまま走って店内へと消えていった。佐々木くんも何か言いたそうにしていたが、店内の様子をチラリと見ると俺に一礼する。

「大崎さんまた今度、ゆっくり話しましょう。すみません俺、仕事戻りますね。」
「あぁ、ごめんね俺が話し込んじゃったからだ…。」
「大丈夫ですよ、気にしないでください。大崎さん今日は来てくれてありがとうございました。」
「コーヒーも大福も、サービスでつけてくれたカップケーキも全部美味しかった。また来るね。その時またお話ししよう。お仕事頑張って。」
「はいっ、ありがとうございます!またお待ちしてますね。じゃあすみません、先戻ります。」
「うん。」
「大崎さん、寒いのでお気をつけて。」

そういうと佐々木くんも足早に店内へ戻って行った。その姿を見送り、ショーウィンドウから中の様子を見ると、すぐに仕事モードの佐々木くんが注文されたであろうコーヒーを作っていた。その姿に、俺もこうしちゃいられないと意気込む。

「よし、俺も帰ろう。これから忙しくなるな。」

踵を返し、帰路へと歩き出す。行きのどんよりとした気持ちが嘘のように、足取りが軽くなっていた。単純だが今ならなんでもできる気がする。来る途中にあった雑貨屋さんに入ってみようかな、なんて前向きに歩いていた時だった。

――ピコンっ♪


そんな俺の気持ちを代弁するかのようにスマホから軽快な通知音が鳴った。この音はメッセージアプリの通知音だ。早速、白川さんからメッセージが来たかもしれない。あの人、やっぱり早いな。ん?でも遅刻じゃないのか。まぁ、俺が話し込んでしまった原因もあるしな。そのお詫びも兼ねて俺もメッセージを送ろう。ホーム画面右下にあるメッセージアプリを開く。一番上に新着メッセージを知らせる相手を見た途端、俺は人の往来が多い真ん中で思わず立ち止まってしまった。



「お前…今更なんなんだよ。」




それは、『会いたい』と短く綴られた幼馴染のアイツからだった。

続き↓



お待たせいたしました!1話はこれにて終了です。
ここまで読んでくださりありがとうございます。

これからも奮闘して書いていきますので、読んでもらえると幸いです。

以下余談になります。
この猫がいるカフェの誕生のきっかけです。
二次創作ばかり描いていた私がもしオリジナルのBLを描くなら・・・と妄想し、まずはキャラを描きました。いつか漫画かけたらいいなくらいの軽い気持ちで温めていたというか隅っこに追いやっていたのですが、人生何があるのかわかりませんね。蒔いた種がまさか小説として芽を出すなんて思いもしませんでした。花になれると嬉しいですが私の努力次第ですね。色々挑戦した今年ですが、今創作しているこの時が楽しいです。

2話はもう少しお待ちください。

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