猫がいるカフェ(1話-1)
一話 <其の一> 年下×年上
この日も土曜だというのに休日出勤を終えて、帰路につく。嗚呼、俺はこのさき約四十年もずっとこの道を通い続けるのか。なんて、途方も無い考えに、元々沈んだ思考に更に追い打ちをかける。
本日、十二月二十四日。クリスマスイブ。そして時刻は二十三時過ぎ。パワハラ上司、クレーム対応、同僚同士のいざこざ、雑務を押し付けられ、いつも俺が自宅に着く頃には時計の針はてっぺんを回っている。今日がクリスマスイブだからといっても俺が早く帰れる筈もなく、パワハラ上司は毎度のことのように俺に雑務を押し付けそそくさと帰って行ったし、陰口ばかり吐いている同僚たちも、年末でクソ忙しいのに中途半端に仕事を残して帰っていった。部署の中で独身の俺が必然的に後処理をすることとなる。みんなクリスマスを心の拠り所にしすぎだ、なんて皮肉を心の内で吐く。こんなに遅い時間だってのに駅前のイルミネーションは人で賑わっている。まぁ、そうか。明日は日曜だしな。みんなが浮き足立って幸せそうに見える。俺もみんなと同じように飾ってある煌びやかな大きいクリスマスツリーを見上げる。眩しいほどの輝きに目を細めた。
「チッ」
思わず舌打ちが出る。嗚呼、誰かが言っていたな。他人の幸せを喜べない奴は周りからも自分の幸せを喜んでもらえないし祝ってもらえないぞって。今はそんなこと意識する余裕は俺には持ち合わせていない。
気がつけばもうすぐ三十歳になる。大学卒業と同時に取り敢えず受かったこの会社に八年在籍している。やりがいというものを得られず、何のために仕事をして何のために生きているのかわからなくなっていた。学生時代の俺は、将来夢を叶えてそれをで食っていけるようになって、私生活では結婚して家庭を持って・・・なんて絵に描いたような幸せな生活を送るのだろうと想像して過ごしていた。幼少期から本が好きだったこともあり、当時は俺も小説家になって本を出版するぞ、なんて夢も持っていたのだ。でも年齢を重ねるにつれて、俺よりすごい人なんてごろごろいることを知ってしまう。諦めてしまった。自分にそんな未来は来ない、社会の歯車としてこのまま目立たず誰の記憶にも残らず死んでいくんだなんて思っている。
俺が死んだら葬式には誰がきてくれるだろうか。幼馴染のあいつは来てくれるだろうか。いや、でも喧嘩してそれっきりだしな。そういば、大学の時に仲良かったあいつは何してるんだろうか。あぁ、思い出した。この前結婚式を挙げていたな。イン○タで見たわ。あんなに仲良かったのに呼ばれなかったな。ははっ、自嘲めいた乾いた笑いが出る。歩くことと比例してどんどん、どんどん思考は落ちていく。自分を卑下し、自己肯定感なんて無いに等しい。二十九歳の俺はもう終活のことを考えてしまっている。昔は、こんなにネガティヴじゃあなかった筈だったんだけどな。いつしか、皮肉を言うようになって、斜に構えてしまうようになった自分に嫌気がさす。また一つ、ため息を吐きだすと、それは白くなって寒空に消えていった。
そんな時だった。ふわっとガーリックの効いたいい香りが鼻腔をくすぐる。駅前のお店からか?もしくは、誰かが持っているその袋からか。
グゥゥウゥ・・・
腹がなった。今日は時間が無くて栄養補助ゼリーしか口に入れてなかったことに気づく。そりゃあ意識をすると途端に腹が減るもんだ。俺はこの一週間頑張ったよな。じゃあ、今日は外でウマいメシでも食って久しぶりにアルコールも入れようか・・・いや、面倒臭いな。逡巡したが、疲労といつもより人手が多くカップルで賑わっている街中に活動的にはなれそうにないと判断し、とりあえず、コンビニで済まそうと決意した。
「はぁ・・・」
沈んでいた気持ちを吐き出すかのように白くなった息をまた吐き出す。毛羽立ちが目立つグリーンのタータンチェック柄の年季の入ったマフラーを口元まであげ、リュックを背負い直し、通勤路の途中にある緑の看板が目印の馴染み深いコンビニへ足早に向かう。
~♪
「「いらっしゃいませー・・・」」
自動ドアが開くと軽快なクリスマスのBGMと、馴染みの間延びした気だるげな挨拶。今日は一段と覇気がない気がするのは気のせいだろうか。
いつもは閑散としているコンビニも今日はいつもより客が多い。注文していたケーキを受け取るカップルが多い。騒々しい店内に、コンビニにくるの失敗だったかもしれない、なんて誰もわかるはずのない正解の選択に思考を乗っ取られる。店員もアルバイトの学生らしき若者が二名レジに常駐していて忙しそうに働いている。この子らは結構長く働いているよな。確か二年前から働いていた気がする。今日は一段と無愛想だな、俺と同じく予定はないのかな。いや、こういう時に働いてくれている人がいるおかげで世の中回ってるんだからな。感謝しなければいけない。
レジとは別にケーキの受け取りカウンターを設置されており、そこには店長らしき年配の男性が一人立っていて、その方も忙しそうに客を捌いていた。
取り留めもないことを考えながら、大人のコーナー前にいるイチャついたカップルに対し横目で見つつ心の中で舌打ちをしながら、即席ラーメンの売り場へ向かう。いつもの塩味と味噌味を一個ずつ両手に取る。サラダも食べた方がいいよな、なんて、両手に持っているラーメンを見て見ぬふりをして、近くにあったカゴをとってそこへラーメンを突っ込む。自分の身体を思いやるように偽善者ぶってサラダコーナーへ差し掛かった時だった。
トントンッ――
急に右肩に衝撃が走る。
『すみません、そこのお兄さん。』
すぐに少し高めの猫撫で声の男性の声が聞こえる。慌てて振り返ると、そこには俺より少し高い背丈で、吊り目が特徴的な青年が立っていた。黒いコートに身を包み、赤色だが俺と同じくタータンチェック柄のマフラーを巻いている。揃えられた前髪を揺らし、俺と目が合うと愛嬌のある笑顔でふわりと笑った。
「社員証、落としましたよ」
俺が言葉を発さないのを不思議に思ったのか、眉を顰めた。ハッとして、青年の左手に何か持っていることに気が付く。紛れもない俺の社員証だ。
「あっ、すみません。ありがとうございます…ははっ、
ぼーっとしてて気付かなかったみたいです。」
慌てて発した言葉は、こんな時もすぐに謝罪の言葉が先に出てくるみたいだ。思わず惹きつけられてしまう瞳だと思った。というか、人を惹きつけるような不思議な魅力がある人だと思った。咄嗟に言葉を発するということを忘れてしまうくらいには。
青年の持っている社員証を受け取ろうと、手を伸ばした時だった。
「お兄さん、〇〇商事で勤めてるんですね。」
「えっ?」
青年が左手に持っていた社員証を引っ込めて、俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。どこと無く、関わりづらいような、心のうちを見透かされているような印象を感じる。
「俺、佐々木 夏梅(ささき なつめ)っていいます。お
兄さん…いや、大崎さん。猫好きですか?」
距離の詰めかたが異常に早いタイプの子だ。明らかに俺よりは年下だろう青年――もとい佐々木夏梅は、社員証から抜き取った俺の名前を呼び、質問を投げかけてくる。それはそうと、早いところ社員証を返して欲しい。なんなら、すぐに受け取って早くこの場から去りたいんだが。答えないと返してもらえなさそうだと判断した。
「?、はい、猫好きですよ。動物全般好きです。…それがどうかしましたか。」
怪しい青年だ。俺のあからさまな不信感をもろともせず、佐々木はずっとニコニコして、俺の目を見つめている。受け身の体制をとるのもどうかと思い、俺からも質問を投げかけてみた。
「そうなんですね!丁度良かった。えーっと…あ、あった。はいっ、これどうぞ!」
質問を受け取ってもらえなかったようだ。やりづらい。
佐々木は俺の返答を聞くと途端に、元々細い目を更に細め満面の笑みを浮かべた。肩から下がっていたショルダーバッグをゴソゴソと漁り、名刺サイズの紙切れを取り出した。俺の右手を掴まれると、その手に社員証と紙切れを握らされた。すぐに目をやる。
「?」
「俺、大崎さんの職場近くのカフェで働いてるんです。そこに保護猫三匹も一緒に働いてるんですよ。猫好きの大崎さん、来てくれたら嬉しいなって。」
紙切れはどうやら本当にカフェ――曰く、猫もいる――の紹介名刺だったようで、店名と可愛い猫のデザインがされていた。あ、ちょっと気になるかも。
「へぇ、職場の近くにあったの気づかなかったな。
…今度、都合が合えば行きますね。」
「はいっ!待ってます。」
花を綻ばせたかのような満面の笑みを直視してしまい、俺の思っていることが見透かされていそうで居た堪れなくなり視線を手元へと戻す。
「じゃあ、俺はこれで。社員証ありがとうございます、拾ってくれて。」
そう言って踵を返そうとした時、ガシッ、とまたしても右手を掴まれ、佐々木の方へと引き寄せられた。途端に近くなった距離に、何が起こっているのか一瞬理解ができない。
「あのっ!大崎さんっ。来てくれたらサービスするんで。
絶対来て欲しいです。」
「へぁっ、わっ、わかりました。」
間抜けな声が出た。熱の篭った言葉と瞳を見続けると、言葉を深読みしてしまいそうになり、咄嗟に目線を左へずらす。なんだこの状況。
「お時間とらせてすみません…。
じゃあ、またカフェでお待ちしてます。」
表情を見ていないが、声のトーンで少し落ち込んでいることがわかる。どことなく罪悪感を感じ、目線を戻した時だった。青年、もとい佐々木夏梅は、パッと手を離し、そそくさと店内を出て行ってしまった。その後ろ姿を見送ると、冬の冷気のせいなのか、はたまた別の理由なのかわからないが耳が赤く見えた。すらっとした背丈の黒いコート姿のシルエットが、クリスマスイブの煌びやかな街中へ消えていった。
今の一連の出来事はなんだったんだ。
あまりにも非日常なことが起こり、夢見心地のような足取りでレジへ向かう。その道中に、手に持っていた社員証を背負っていたリュックのサイドポケットに仕舞おうと思ったが、ここに入れていたから落ちたのかとそこで気がつく。そこへ仕舞うのはやめて、スーツパンツのポケットに突っ込んだ。
レジ待ちの列を待ち、俺の番がくるとカップラーメンを二つレジ台へ置く。告げられた合計金額をぼーっとしながら聞き取る。小さく震える右手で小銭を出し、気怠げなバイト生にカップラーメンをレジ袋に入れてもらい、短く礼を告げる。左手に購入品を持ち俺もコンビニから出る。途端に外の冷気に一つ身震いし、気づかぬうちに下がっていたマフラーをまた口元まであげた。寒いはずの身体だが、彼に握られた右手首だけはまだ熱を持っているようだった。
「あ…、サラダ買うの忘れた。」
月日は百代の過客にして、なんだっけ。あの出来事があっても仕事三昧の日々は変わらず、思い返す間もなく気がつけば流れるように時間が過ぎて本日は大晦日になっていた。社会人を機に上京し、今の社畜会社で働き続け、気がつけば二十九歳になった今までずっと実家へ帰っていなかった。定期的な連絡はとっているので、世間的には特段仲が悪いわけでは無いと思う。この会社、休日出勤させる代わりに年末年始――と言っても、三十一日から一月四日まで――はちゃんとお休みをくれる。実家へ帰る労力よりもせっかくの休みは眠りたい気持ちが勝ってしまい今年も同じく1人、1K8畳の部屋で寝正月を決め込むことにした。こんな社畜の会社でも年末年始は休みなところは助かる。一月四日まで俺は自由の身だ。本来ならば気分も晴れやかなんだが、正直のところ、あの件のせいでモヤモヤした日を過ごしている。あの日俺は考え過ぎて眠れない一夜を過ごしてしまった。というのも、熱の入ったお誘いと、どこかで覚えのあるような眼。あの瞬間、惹きつけられる瞳だとは思ったのだが、懐かしさを感じていることに気がついたのだった。うんうんと考えても結局思い出せなかったのだが。そうして寝不足のままクリスマスを迎えたのだった。クリスマスイブだったあの日、サンタさんは当たり前のように俺の元には来なかったのだが、手元にはやり残した仕事と、あの青年の名刺(お店紹介の名刺)が残っていた。
今朝から変わらずベッドの上で毛布に包まった状態で名刺を見る。名刺には店名「猫がいるカフェ」とシンプルな書体で書かれており、お店にいるであろう猫がデフォルメになって名刺の中心部に描かれている。裏面にはお店の地図が簡略的に書かれており、あの青年が言うとおり俺の会社の近くにあるらしい。全体的にシンプルなクラフト紙の名刺だ。とりあえず、ベッドサイドに置いていてあった愛用している黒いレザー地のスケジュール帳に挟んでおいた。
「っ…やっぱ寒ぃな。」
特に何をするわけでもなく、ずっと毛布に包まって年末の特番を流し見していたが、少し毛布から出ただけで全身が身震いするほど寒い。暖房器具という文明機器は俺の部屋には無い。エアコンも節約のためにギリギリまで使用しないという縛りをしているから、あったかいインナーとパジャマにしているスウェット姿でずっと毛布に包まっている次第だ。嗚呼、こたつが恋しい。動いていないのに腹は減るし、人間生きてるだけでカネが掛かる。飯どうすっかな。時計の針はもうすぐ十八時を指すところだった。もうこんな時間か。そろそろ飯も食わないとな。意を決し毛布からできるだけ体を出さないように、羽織りながら冷蔵庫へと向かう。
元来、料理は得意不得意どちらでもなく、作ろうと思えば作れる程度であった。実家にいる時も、比較的に自分で作る方が多かったため、一人暮らしを機に俺は自炊する大人になるんだと意気込み、ちょっぴり冷凍庫が大きい冷蔵庫を購入した。実際には、自炊するよりも外食や惣菜に頼りっきりなのだが…。1Kの間取りなのですぐに冷蔵庫の前へと着く。取っ手を開ける。そして、開けて後悔する事になる。
「…食材何もねぇ。これとか、いつ買ったんだ?」
冷蔵庫には気持ちばかりの缶ビールと、いつ買ったのか忘れてしまった調味料。冷凍庫には案の定、何も入ってなかった。購入したときのような綺麗さだった。せっかくの年末だ。今年一年頑張った自分に美味しいものを食わせてやりたい。面倒だが、徒歩十分圏内にあるスーパーにて、年越しそば、ならぬ年越しうどんを買ってこようじゃあないか、と意気込む。その前に、ネットで”年越しうどん レシピ”と前調べして向かうことにした。計画通りに動いて早く帰る次第だ。
「ッッ!!やっぱ寒ぃな。」
またしても同じ言葉が出る。現在の東京、夕方の気温は八度。ひゅうっと吹いてきた風が更に体感温度を下げる。上下スウェット姿は変わらず、そこへ厚手のダウンを羽織ってきたものの、寒がりなことも相まって身震いする。両手をポケットに突っ込み、肩を縮こませ足早にスーパーへと向かう。そのおかげか、いつもより早く到着し、スーパーの自動ドアが開いた瞬間の暖かさが身に染みた。店内は、年末ということもあって、子連れの客や友達同士で宅飲みでもするのだろう学生らしき人たちなど、結構な賑わいだ。うるさい場は苦手だ。レシピの前調べの甲斐があって、特にあれこれ吟味せずパパッと選びカゴに突っ込んでいく。早く買って帰ろう、あとは年越しうどんの主人公うどんだけだ。冷凍コーナーへ向かう頭の中では、家に帰ってからのフローチャートを組み立てていく。すぐに冷凍コーナーへ辿り着き、目についた安いやつをサッとかごの中へ入れる。商品付近に置いてあるうどんに関するおすすめ調味料や材料に目を眩ます前に、自分自身へ『あとはレジに向かって終いだ』と言い聞かせた。
『――あれ?大崎さん?』
喧騒の中でもスッと聞こえてきた覚えのある高めの声。
慌てて声のする方へ振り返ると、
「あ、えーっと…佐々木さん?」
あの時の青年、佐々木夏梅がいた。コンビニで出会った時と打って変わって、今日はマスタードのダウンジャケットを羽織り、ビンテージっぽいデニムと有名なロゴがサイドにあしらわれた白いスニーカーを履いており、カジュアルでラフな出立ちだった。因みに、ビンテージっぽいと言うのは、俺があまりファッションに精通していないので敢えて濁させていただく。今日は、前回よりも年相応のように(年齢はわからないが)若く見えた。
「偶然ですね!今日は、みんなで鍋パするんです。じゃんけんで負けて俺が買い出し係になっちゃって。はぁ…。」
「へぇ、鍋いいですね。俺は年越しうどんを食べたいなって思って買いに来たんですけど…それより、大荷物ですけどカート持ってきましょうか?」
佐々木は、カゴ一つを両手で持っており、その中身は今にもこぼれ落ちそうなほど山盛りに積み上げられていた。
「いやっ、こんくらい大丈夫っす。ありがとうございます!うどんも良いですよね。俺らもうどんだったら、もっと楽だったのになぁ。」
そんで今から俺が作るんですよ、と佐々木はプンプンと怒っていた。満更でもなさそうな様子が見て取れて、一緒に鍋を囲む人たちとは仲が良いんだろうなと推測。
「なんだか楽しそうだなぁ。」
「えっ?」
しまった、と思った時にはもう声に出してしまっていた。
「あっ、いやっ、俺はもう友人とかと鍋したのずっと前だったんで、つい。友人と鍋するの楽しいよですね。」
佐々木の顔を見ると、目を開いてキラキラしているように見えた。あ、なんか自分にとって気まずいことを言われそうだと直感する。
「大崎さんっ、よかったら一緒に鍋パしませんか?!」
「いや大丈夫です。」
「えぇ?!」
反射的に断ってしまった。いや本音だからいいのだけれども。
「いやっ、ほら、俺が行ったらみんなに気を使わせちゃうので…。お誘い嬉しんですけど、皆さんで楽しんでください。」
我ながら安定したお断りを告げることに成功した。佐々木は眉を下げて凄く落ち込んだ表情をしている。ウッ、その顔、罪悪感を煽る…。
「…そうですよね。みんなフレンドリーなんで大崎さんもすぐに打ち解けれると思ったんですけど、残念。また今度ですね。」
「――カフェに今度お邪魔するので、その時にでも。」
悲しげな表情で紡げられる言葉に咄嗟に、カフェに行くことを約束してしまった。さっきから自分自身で自分自身をコントロールできない。この男と絡むと気づけばあっちのペースに飲み込まれている気がする。
「ほんとですかっ?!やった、嬉しいっす。俺楽しみに待ってますね!」
「!」
花を咲かせたような満面の笑み。佐々木は吊り目で、ポーカーフェイス気味で少々取っ付きにくい印象を与えるが、笑顔を見せると一瞬にして柔らかい雰囲気にかわる。心臓の高鳴りに思わず言葉に詰まり、ようやく出せた言葉は、『あぁ。』と言う二文字だけであった。
「大崎さんが来店されるの楽しみに仕事頑張りますね。」
「・・・そんな大袈裟ですよ。仕事頑張るのも大切ですけど、ほどほどに休息もとってくださいね。」
「!はいっ、ありがとうございます。」
「じゃあ、俺はこれで。佐々木さん帰りも気をつけてくださいね。こんなに大荷物なんですから…。」
「はいっ!お、大崎さんもお気をつけて!」
軽く会釈をし別れを告げる。振り返ってレジへと向かおうと右足を出した瞬間だった。
――ドサッ
物が落ちる音に慌てて振り返ると、案の定、佐々木のカゴから商品が落ちた音で、佐々木がしゃがみ込んで慌てて商品を集めている場面であった。
「佐々木さん。」
「あっ・・・。」
「いやぁ~ホントさっきはすみません。しかも運んでいただけるなんて。ありがとうございます、助かりました。大崎さん、ご飯今からなのに…。」
「いや、こんな沢山の荷物を一人で抱えてる佐々木さんをそのまま見送ることの方が心苦しい、全然気にしないでください。」
あのあと、佐々木の持っていたカゴの商品を二人で半分こして持ち、お会計を済ませた。佐々木の自宅はどこか尋ねると、偶然にも俺の自宅から近いことが判り、尚更一緒に持っていくと念を押し現在に至る。冬の寒い夜、年末で人出が多いいつもの帰り道を、知り合ったばかりの男と一緒に歩く。去年の俺からしたら、考えもしないだろうな。
「大崎さんって優しいっすよね。」
「そうですか?俺の勝手にやってるだけなんで、周りからはありがた迷惑かもしれないんですけど…。会社では実際に、迷惑がられることもあるし。」
「いや!俺はこうやって助けられてるんです。ありがた迷惑だなんて思ってないですよ。寧ろ、大崎さんの心配りを見習いたいですよ。」
「ははっ、ありがとうございます。佐々木さんの率直な
お言葉嬉しいです。佐々木さん見てるとなんだか弟ができたみたいだなぁ。」
「おとうと・・・いいですねっ!俺も佐々木さんのような兄貴が欲しかったっす。」
佐々木の、最初よりも砕けだ雰囲気と言葉。そして率直な言葉に不思議と緊張もほぐれ、必死に褒めてくれる表情を見てるとなんだか、後輩のような弟のような感じがしてくる。思わず声に出してしまったが、喜んで見えるので大丈夫そうだ。第一印象は取っ付きにくく、怪しい人だと思っていたが、人は見かけで判断してはいけないな。
お互い、両手一杯に荷物を持ちながら、喋り歩く。
「佐々木さん、ご兄弟はいらっしゃるんですか?」
「一応、兄貴が一人います。…あまり仲良くないんで、ずっと連絡してないんですけど。」
「あぁ、そうなんですね。俺は兄弟いないから喧嘩とか羨ましく思っちゃうなぁ。」
「喧嘩みたいな可愛いもんだったらよかったんですけどね…。」
声のトーンからして、あまり聞いてはいけない領域だったかと、内心焦る。これって謝った方がいいのか?いや、
有耶無耶にして次の話題にうつった方が良さそうだな。うーん…とりあえず天気の話をしておけば――
「ちなみに大崎さんっておいくつなんすか?」
悶々としていた時に、相手から話題を振られる。内心、ホッと胸を撫で下ろす。
「俺は一月に三十歳になりますよ。」
「一月ってもうすぐじゃないですか!えっ、一月のいつですか?てか、俺は二十五歳なんで大崎さんタメで話してください!」
「えっ?あ、あぁ、じゃあタメで話そうかな。えっと、日にちは四日、一月四日だよ。世間的には仕事始めだから、
あまり嬉しくないんだけどね。」
「すぐじゃないですか!俺はこの前二十五になったばかりなんです。」
「あ、そうなんだね。」
じゃあ、俺とは五歳差か。なんて頭の中で計算する。てっきり大学生と思っていた。すると、徐に佐々木くんが口を開いた。
「あの…、誕生日とか誰かと祝う予定ってあるんですか?」
「ん?いやぁ、もうずっと独り身だから無いよ。もう誕生日なんて特別だと思わなくなっちゃったんだよな。予定もないし毎年仕事三昧だよ。昔からの腐れ縁みたいな奴から祝いのメッセージが来てやっと誕生日だってこと気づくくらいで、ははっ。」
冗談めかしで笑ってみたが、思ったよりも乾いた笑いが出て、自分で驚く。あぁなんか自分で言ってて悲しくなってきたな。自分で悲観する自分に痛さを感じる。年上のこんな話聞かされても困るだけだろう。案の定、佐々木は返答に困っているようで少しの間、沈黙が訪れ途端に申し訳ない気持ちが襲ってくる。
「腐れ縁…。それって男ですか?」
「ん?うん、そうそう。近所に住んでる奴でこいつと高校までずっと一緒だったんだよな。大学前に喧嘩してそれっきりだったんだけど、誕生日だけは律儀にメッセージくれる変なヤツでさ。」
「へぇ…そうなんですか。」
思わぬ方向からの質問に疑問に思う。何故か、佐々木くんの会話のテンポが遅れるようになってしまった。まだまだ、目的地までは着かないのでこの空気を変えるように、思わぬ方へ逸れてしまった会話の軌道を戻そうと俺は口を開いた。
「色々やりたいことを諦めてきたら、毎日仕事に追われる日々だよ。誕生日も忘れるくらいにさ…。ごめんね、こんな話して。もっと面白い話ができたらよかったんだけどな。佐々木くん、こんなくたびれた俺みたいになっちゃ駄目だよ。今はやりたいことはやらないと俺みたいな年だけ食った人になってしまうからさ。」
なんて、綺麗事。やばいか、もしかして今のはクサいよな?俺も新人の時は、年上の先輩たちからたくさん言い聞かされてきたけれど、蓋を開けてみると仕事ばかりで自分を大切になんかできていなかった。どの口が言ってんだよ、なんて心でツッコむ。
「大崎さん、”あまり自分を卑下しないで下さい。”」
「えっ?」
お互い前を向いて歩いていたが、予想外の返答に佐々木くんの方へ顔を向ける。佐々木くんも俺の視線に気付くとお互いの視線が交わる。自然とゆっくりになる足取り。
「これ、うちの店長に言われた言葉なんです。俺も、夢を諦めかけて堕ちてた時に、店長に言われたんです。『出来なかったことに目を向けずに、出来たことに目を向けろって』…俺、ずっと周りと比べちゃってたんすけど、間違いだなってそこで気がついて。あっ、すんません俺の話ばっかり。」
「…。」
佐々木くんは、そういうと前を向き、その視線は昔のことを思い出すかのように遠い目をしていた。俺も何か見えるかと思い、同じように前を向く。
「ッだから!大崎さんも、自分では卑下していても、周りからすると大崎さんにしか出来ないこと、助かってることってあると思うんです。だから、もっとこう、えーっと…うぅ、俺自分でなんて言っているか分かんなくなってきました…。伝わってほしいです…。」
どうやら、俺が思っていた以上に、佐々木くんは痛みを知り、苦しみを乗り越えた人だからこそ分かる思考を持っていたらしい。途端に俺の甘い考えが恥ずかしくなる。同時に自分よりも年下の佐々木は自分よりも大人の考えを持っていることに対して尊敬の念を覚えた。この子は、周りを暖かい気持ちにさせてくれる子だな。
「――あっ!すみません!
気分悪くさせましたよ、ね…。」
何も発しない俺の様子を見て、明らかに、トホホ…と文字が見えるようにしょんぼりしている佐々木くん。ごめん、俺感動して言葉出すの忘れていた。
「ううん、ありがとう。佐々木くんの伝えたいことちゃんと伝わった。俺より若いのに俯瞰して物事考えることができるって凄いな…。やっぱり佐々木くんは弟じゃなくて友達にいて欲しかったなぁなんて、たらればばっか言っちゃうけど。」
隣にいる佐々木くんの方へ顔を向けると、相手も気づいたようで目が合う。バチっと合わさったお互いの視線。自然と、遅くなる足取り。その瞬間だけ、この世界に俺と佐々木くんの二人しかいないように感じた。すると佐々木は意を決したように口を開く。
「なりましょう、俺と友達に。」
続き↓
【登場人物まとめ】
→大崎恭介(オオサキ キョウスケ)二十九歳(もうすぐ三十歳になる)
社畜気味で現在は心に余裕がない。昔は夢を持っていたが、身も心も削られていくうちに、何を目指していたのかわからなくなった。
猫好き。
→佐々木夏梅(ササキ ナツメ) 二十五歳
猫がいるカフェで働いている。
とっつきにくい外見と反して、内面は努力家で熱い情熱を持っている。
見た目も猫に似ている。
猫好き。
小説をここまで書いたのは初めてですっ・・・
そして思った以上に長編になりそうな予感がしております(汗)
誤字脱字あれば教えていただけると助かります。
拙い文章ですが、楽しんでいただけると幸いです。
現在、登場人物達の絵も進行して描いているので仕上がったら載せますね。
<追記>
2024年11月10日 加筆修正いたしました!