猫がいるカフェ(1話-2)
一話<其の二>
「着きました!ここです。」
そういって、佐々木の視線の先を追うと、比較的新しい四階建てのアパートがあった。白ベースにミントグリーンのアクセントカラーが効いている。横にいた俺に佐々木はチラリと視線を寄越すと、伏し目で遠慮がちに、
「すいません、玄関先までお願いしてもいいですか。」
「全然良いよ、寧ろそのつもりだった。」
「ありがとうございます。もしかしたら、うちのスタッフと鉢合わせしちゃうかもしれないんですが・・・。」
それは気まずいな、なんて直球に思うが口にはせず、佐々木の後をついていく。オートロックのエントランスを抜け自宅へと続く階段を登る。佐々木が、俺んち三階です、と少し声のトーンを落とし言う。その言葉を最後に、自然とお互い無言になる。
トントンッ―――
お互いリズム良く、階段を登る足音だけがあたりに響いている。
友達になろう、って初めて言われた気がする。今まで、友人と呼べるような存在って、気がつけば一緒に遊ぶようになっていたから、あんな直球な言葉に慣れてない。俺は『・・・うん、こんな俺でよければ。』なんて言っていたが、あれで良かったよな?社会人になってからは、友と呼べる者は自然といなくなっていたし、学生のころ遊んでいた友人たちもいつしか連絡は途絶えていたもんな。
そのあと、佐々木は料理が得意で自炊しているとか、俺がコーヒーをよく飲むと伝えると、カフェで出しているコーヒー関連についての豆知識を教えてくれた。カフェにいる猫は店長が保護した子たちという話になった時は、佐々木が前のめり気味になって動画を見せてきた。そこには三匹の猫が一緒にお昼寝をしているだろう動画でお互い和やかな雰囲気になる。やはり猫は可愛い。実際に会ってみたいという想いに駆られる。俺の知らないことを教えてくれる佐々木夏梅という人柄に興味が湧き、今まで他人に対して閉鎖的だった自分から脱却してみようと思ったのだった。それであの返答である。
「大崎さん着きました。ここまでありがとうございます。」
あっという間に、佐々木宅のドアの前についた。鍵を開けようと両手に荷物を持ったまま、探し辛そうにアウターの右ポケットに手を突っ込み鍵を探す。その姿に、俺も何か手伝えないかと手持ち無沙汰にするも、佐々木はすぐにポケットから取り出して右開きの扉の鍵穴に挿し込む。ガチャリと慣れた様子で鍵を回し、引き抜いて右手で扉の取手を掴んだ瞬間だった。
「ぅわっ!」
「――えっ?」
想像以上に軽い扉によろける佐々木。突然のことで驚く。どうやら反対側から同じタイミングで扉を開けられたらしい。そして――
『なぁつめぇ!おっせぇぞー!』
「!?」
「やべ。」
開いた扉から聞こえるドスの効いた大きい声。驚いて固まる俺と反対に呆れる佐々木。そして中から出てきた人物は、チラリと俺を見て一言。
『・・・えっと?どちらさん?』
「ちょっと、アオイさん・・・。」
中から姿を現したのは、俺よりも背丈は低く、ふわふわな金色のマッシュヘアー、大きな目を不審げにこちらに向けており、全体的に可愛らしい男性が出てきた。先程のドスの効いた声を発した主とは真逆の容姿の男性が出てきて思わず固まってしまう。見兼ねた佐々木が、
「こちら大崎さんです。もう、アオイさんが大声出すから!びっくりしちゃったじゃないですか。」
『あ、え?大崎さんってこの前ナツメが言ってたかわi――ングッ』
“アオイ”と呼ばれる男が喋っている途中に、佐々木は何故か急にアオイの口を塞ぐ。俺もそこで名乗っていなかったことにハッと気づき慌てて自己紹介する。
「あっ、申し遅れました。大崎恭介と申します。」
カワイ?何を言おうとしてたんだろう。河井?川井?
「ア、アオイさん、大崎さんがここまで一緒に運んでくれたんです!」
焦ったように伝える佐々木。運んだという言葉に、“アオイ”はチラリと俺の両手の荷物をみて理解したのか、口を塞ぐ佐々木の手を払い除けて、あぁ、とだけ呟いた。すると、”アオイ”は一歩踏み出し俺に近づいた。何事かと構えるとジッと俺の目を見て、右手を差し出してくる。それに対してどういう意味か逡巡し、挨拶の握手か?と判断した俺は、同じく右手を差し出してみる。
『俺は、白川 碧(シラカワ アオイ)です。
荷物ありがとうございます。受け取りますね。』
――あ、そっちか。
予想と反し、男―もとい、白川―は自己紹介をし、俺の右手首に掛かっていた袋を引き抜き丁寧に受け取る。これ結構重いですね、と白川が呟く。握手だと思ったが勘違だったことに小恥ずかしくなる。今だにジッと見てくる白川に居た堪れなくなり目線を少し左へ逸らす。俺なんか変な顔してたか?というかなんでこうも美形ばかりなんだ。類は友を呼ぶってこういうことかと少し毒付く。しかも結構力に自信がある俺でも重いと思っていた荷物を白川は軽々と持っている。
「こいつが世話になりました。大崎さん、寒かったでしょう…よかったら一緒に食べて行きませんか?」
突然の提案にパッと視線を戻すと、白川さんは愛嬌ある表情でふわりと微笑んでいた。元の可愛らしい外見と相まって、男の俺でもその笑顔についときめいてしまう。そしてまたしても誘われた。初対面の人に飯を、しかも自宅に誘うなんて俺にはそう易々と受け入れ難い。先ほど鎖国した俺の心を開国する意を決したところだが、流石にそのレベルは早いのでここはお断りをする。
「いや、大丈夫です。ありがとうございます。お気持ちだけ頂戴します。」
「俺もさっき誘ったんですけど、断られちゃったんですよねぇ。」
「まぁ仕方ないさ。大崎さん、夏梅から聞いてると思うんですけど、俺たちカフェで働いてるんです。良かったら気軽に遊びに来てくださいね。」
「あっ、はい。以前、名刺頂きました。今度行かせていただきますね。」
「はい。是非。…ちなみに大崎さんコーヒーお好きですか?」
「?はい、好きで毎日飲んでますよ。でも詳しくはないんですけど…。」
「良かった。うちのカフェ、コーヒーメインでやってるんです。コーヒー豆や抽出方法にも拘っているんで美味しいって感じていただけると思います。あと少しだけお食事も出してるんですよ。こいつがそのフード担当なんですけどね。」
”こいつ”と言って、白川が隣に立っている佐々木を指差す。
「こいつ、こんな感じでふわふわしてるヤツだけど味は約束しますよ。」
そう言われた佐々木くんはムッと不服そうな顔をすると、その表情のまま口を開く。
「見ての通りアオイさん一言多い人なんですよ。しかもこう見えて一応うちの店長なんです。しかも三十五歳。」
「えっ!俺より年上?!」
「おい、一応ってなんだよ。どう見ても店長っぽいだろ。」
「全然。」
驚いた。童顔な外見だったのでてっきり俺より年下かと。外見で判断してはいけないとはこういうことだよな、とまた思う。
「まぁ、いいや。大崎さん猫も好きですか?」
「あっ、はい!猫好きで、実家でも飼ってたんです。」
「じゃあ尚更良かった。うちのカフェ猫もいるんですよね。カフェがお休みの日は俺の家にいるんですけど、今日は一緒にこいつのお家に来てるんです。今はこたつで寝ちゃってるんですけど。どうです?」
会いたい、けどこれは一緒に鍋を囲まないといけないことを意味している。
「…会いたいんですけど、今日はもう帰りますね。今度カフェに行った際に会いたいです。」
「そっかぁ残念。やっぱり大崎さんはガードが硬いですね。」
そういうとまた一歩近づいてくる白川。さっきよりも白川との距離が縮まっている。ん、なんだか近くないか?
「ん?ガードが硬いってどういう――ぅわあっ!」
――グイッ
白川は荷物を持っていない空いている左手で、俺の右腕を掴み引き寄せる。途端に近づく互いの顔。
――うわっ、近くで見るとこの人、まつ毛長い。脱色している筈なのに髪の傷みもなくてふわふわしてる。
近づく距離に、現実逃避をするかのように別のことを考えてしまう俺。その間も白川の顔がどんどん近づいてきてくる。このままではぶつかると思い、思わずぎゅっと目を瞑った。なんだ?何が起きている?真っ白になる思考で、顔の右側に白川の気配をふわりと感じた。
『大崎さん来てくれたら、サービスしますよ。』
「!」
可愛らしい見た目と反した低い声が脳に注がれる。以前佐々木にも言われた言葉だが、まさか今度は耳元で聞くなんて思いもしない。そして、白川の香水だろうか。ふわりとお香のような匂いが鼻腔をくすぐる。たくさんの情報が一気に押し寄せ、あまりの刺激に息が止まった――その時だった。今度は俺の腰を捕む感触があり、そのままの勢いで後ろへと引き寄せられる。白川の熱が離れる間際、唇がほんの少し耳を掠めていく。驚いて目を開ける。視界に広がった光景は、目の前に余裕綽々といった表情で腰に手を当てた白川と、俺を抱きすくめるような形で佐々木が背後に立っていた。そして次は、俺の左顔に佐々木の顔がある。どいつもこいつもなんでこんなに距離が近いんだ。
「やりすぎですよアオイさん。」
今度は、佐々木の柔らかい響きのある高めの声が脳に注がれる。白川の艶のあるふっくらした唇が弧を描き意地の悪そうな笑みを浮かべている。こいつ確信犯か。完全にこいつの手中にハマり俺は弄ばれたのだとわかり苛立ちが芽生える。どうやら俺がこの手のおふざけに慣れてない揶揄い甲斐のある奴だと思われたらしい。顔が熱い。それ以上に右耳が火傷しそうだ。思わず右耳を押さえた。このままやられっぱなしなのも癪なので何か反論しようと口を開いた時だった。
「大崎さん困ってるんで。その辺にしといてもらってもいいですか。」
「ははっ、すまんすまん。」
佐々木は、いつもよりも声のトーンを落として白川に釘をさす。一体どんな表情をしているのだろうか。だが、佐々木の叱責を微塵もモノとせず、のらりくらりと躱す白川。普段から人を揶揄っている軽い男なのだろうか。
「お前が、ああ言っていたからちょっと気になってな。」
「はぁ、だから、アオイさんには言いたくなかったんだ。」
「お前に隠し事は向いてねぇよ。わかりやす過ぎるもんな。」
「――っもう!」
「あの!…俺、帰ります!」
俺を挟んで口論が始まり、これは長引きそうだと判断し思い切って口を挟む。
「あ、すみません!俺思わず・・・。」
「いや、大丈夫ですよ。皆さんご飯いまからですよね。俺はもう帰りますね。」
「いや、こちらこそ引き留めてしまって・・・大崎さんもご飯今からですよね。すみません。ふふっ、可愛かったんでつい悪戯しちゃいました。」
またしても気持ち良い笑顔でそう告げる白川。俺に可愛いだって?どうやら本当に揶揄い甲斐のあるやつだと思われていたらしい。白川さんは、俺の中の警戒人物リストに追加しよう。
「じゃあまた。失礼します。」
「はい、暗いのでお気をつけて。」
今だにぶつぶつと何か独り言を言っている佐々木の腕からスッと抜け出し、階段の方へと歩みを進める。もう一度、振り返るとまだ二人は外に出ており小競り合いをしていた。俺が振り返っているのを気づくと手を振ってくれる。それに軽く会釈をして向き直り、階段を下る。
やっと解放された。スマホを開き時間を確認すると、時刻は二十時を過ぎたところだった。大晦日はゆっくり過ごしたかったんだがな。それにしても色々疲れた。なんなんだあの二人は。スキンシップが多くて疲れる。腐れ縁のあいつは割とスキンシップは多かった方だが、あいつとはまた違う、俺の周りには居ないタイプだ。当たり前だが、異性含め同性からもあんなことされたことはないぞ。しかもこれが美形ときたもんだから揶揄われたとはいえ動揺しないわけがない。またしても、さっきの情景が思い浮かび、右耳が熱を持った気がして思わず押さえる。というか、佐々木くんも白川さんって人も、サービスするって言うけど、そんなにきて欲しいのだろうか。あの白川さんって人に苦手意識が芽生えてしまったので腰が重いが、こんなに言われると行かないといけないよな。まぁ、でも猫には会いたい。
階段を下り切って、エントランスを抜けたところで、ふぅ、と一つ息を吐き出す。緊張が解けた気がした。ふと空を見上げてみると、当たり前だが都会の空は真っ暗な世界が広がっていて、途端に孤独を感じる。ひんやりと冷えた空気に身震いし、今日あったことは人生経験のうちだな、早く帰ろうかと帰路への道を進む。佐々木のアパートから一歩ずつ遠ざかっていく。それに比例するように後ろから何か近づいてくる音が聞こえてくる気がする。気にしないふりをしていたのだが、次第に音が近づいてきた。なんだ?少し端に寄って先に行かすか。と、端に寄った時だった。
「大崎さんっ!」
後ろから大きい声で呼び止められた。振り返るとそこには、肩で息をしている佐々木くんがいて、その右手には何か袋を下げている。見るからに先ほどのスーパーの袋ではないようだ。
「これ!っはぁ、…渡したくてっ。」
「えっ。」
全力で追いかけてきたのだろう。息を切らしながら紡がれる言葉。差し出された袋を見る。佐々木は、一度深呼吸をして呼吸を整えると意を決したように口をひらく。
「俺が作り置きしてたおかず達です。はぁっ…、うどんとおっしゃってたんでっ、それに合うだろうなっていうおかず持ってきましたっ。今日のお礼とお詫びです。食べていただけると嬉しいですっ!」
息も絶え絶えにそう言われる。袋を受け取ると、中には小ぶりのタッパーが三個入っていた。佐々木くんが自炊している話は聞いていた。まさか、頂けるとは微塵も思っていなかったので嬉しくて思わず顔が綻ぶ。
「えっ、いいのか?しかもこんなに沢山。うどんの材料しか買ってなかったから嬉しいよ!ありがとう。」
「あっ、タッパーは今度カフェにきた時にでも大丈夫なんで。大崎さんの口に合うと嬉しいんですけど。」
不安そうに頬を掻く佐々木。
「うん、わかった。佐々木くんの作ったおかずでしょう。美味しいに決まってるよ。・・・ははっ、食べたことないけど、何でだろ、そう思っちゃうんだよな。」
佐々木の顔が、暗い中でもぱあぁっと明るくなったように見える。
「うぅ…嬉しいお言葉です。」
――ピリリリリィッ♪
その時、佐々木のスマホが着信を知らせる。佐々木が慌ててポケットからスマホを取り出して確認すると苦い顔をする。
「げっ、アオイさんだ・・・。すみません俺もう戻らないといけないです。」
そう言うと、今だに鳴り続ける電話を切った。
「いいよいいよ。それより切っちゃって大丈夫なのか?」
「アオイさんからの電話はロクなことないんで良いんですっ。」
頬を膨らませていかにも怒っている表情を作る佐々木がいかにも可愛い後輩のソレで、これだけで白川にどれだけ心を許しているかが見てとれた。
「じゃあ大崎さん、良いお年を。気をつけて帰って下さいね。」
「うん!今度カフェにお邪魔した時に返すね。ありがとう。佐々木くんも良いお年を。」
佐々木は満面の笑みで手を振りながら、自宅へと戻っていく。俺もつられて手を振り返す。その後ろ姿を見届けていると、エントランスに入る直前でもう一度振り返った佐々木は、まだ俺が見ていることに気づき、驚いた表情をするもすぐに笑顔になって、両手を大きく振ってそのまま中へ入って行った。一連の行動がやはり可愛い後輩のようだと思った。うん、佐々木くんは友達よりも弟・・・うーん、後輩の方がしっくりくるな。
続き↓
→白川 碧(シラカワ アオイ)35歳
佐々木の働くカフェの店長。
可愛らしい見た目で童顔なので、年下だと思われがち。
お待たせいたしましたパート②でございます。
個人的に店長さんが私の中で好きなビジュなのです✍️
あと、もう少しみんなのキャラを安定させたい。
ここで告知です。
12月行われる文学フリマにて一話をまとめて本にする予定です。
本という形にするのは初めてだから不安もあるけど、それ以上にワクワクが勝っちゃうなぁ。創作に力を注いでからは毎日楽しいです。今後も気楽に楽しんで続けていきたい。
あ、因みにですが出品する際にはこの小説に挿絵ついてます。現在必死にかいてます(大汗)
来月あたりにまたお知らせいたしますね。
最後に、
誤字脱字あれば教えていただけると助かります。
拙い文章ですが、楽しんでいただけると幸いです。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
<追記>
2024年11月10日 加筆修正いたしました!