
「実層(みそ)」
今夜決めたい!
付き合って三年になる彼女にプロポーズするため、とあるバーを利用することにした。
カラン、カラン……
カウベルの響きはいつもより少し湿り気を帯びている。
顔馴染みのマスターは(いよいよ、今日だよね)と目配せをしてきたので、僕は「宜しくお願いします」と小さく頭を下げた。
十分ほど経過し、小雨を払いながら彼女が店内へと入ってきた。
濡れた胡桃色のスカートがグラデーションになっている。
「味噌汁を溢したみたいだね」と思わず笑うと、
『失礼ね』と少し口を尖らせた。
カウンターに並んで座り、「注文は済ませてるから」とすかさず告げた。
彼女はいったいどんなお酒が出てくるのだろうと興味津々の様子だ。
くしゃっと笑う横顔が愛おしい。
マスターは僕たちの前に静かにグラスを置いた。
『なにこれ……。初めて見た!三層になってる』
「これは想い出のカクテルだよ。『実層(みそ)』っていうんだ。ゆっくり飲んでね」
乾杯し、そっとグラスをかたむける。
三層分のカクテルを飲み干す頃には三年分の想い出がお互いの胸のなかに溢れた。
「これから先も僕の隣で笑っていてくれますか?」
(了)
二年半くらい前にマルコメ味噌✖️田丸雅智先生主催のプチコンで入賞した、味噌に関するショートショートです❣️