五円玉
好きな人のバイト先へ、共通の友人と食べに行きました。
直前まで行くかやめるか悩みましたが、友人と積もる話もあるし…と考えて、行くことに。
友人が店の外から覗いたとき「いなさそう…」と言っていましたが、入って席についた瞬間に奥から出てきました。
あまりのタイミングの良さに、思わず友人と顔を見合わせて失笑。
ちなみに好きな人は「あ、やりおったな〜www」と友人を軽く睨んでいました。
でもそこには確かに明るい笑いの感情があり、私の罪悪感を幾分か減らしてくれたのでした。
そういうところが、好きである理由の一つなんですけどね。彼は知る由もないでしょう。
好きな人のバイト先に来たからといって、私は好きな人の働く姿をガン見することはしませんでした。
そんなの絶対に働きにくいし、とてつもなく失礼な気がしたからです。
それに、友人と会話するのが楽しかったのです。たまに聞こえてくる好きな人の声をBGMとして、私たちの会話は弾んでいきました。
友人が、好きな人の手が空くタイミングを見計らってボタンを押しました。アイスを注文するためです。
好きな人が本当にこちらの席に注文を取りに来ました。なんだか信じられなくて、ふわふわした気分です。
「アイス一つ」
「かしこまりました」
「無料とかにはなりませんか」
「ならないですね〜」
私は直接話さずにその様子を見ているだけでしたが、二人のやりとりはとても微笑ましいものでした。私が入っていくものではないな、とも思いました。友人にとっても、(私の好きな人との)久々の再会なのです。
それでも、"ここにいてもいいよ"と言われている気がしました。二人を見守る第三者として、ここにいてもいいのだと。"そこ"ではなく"ここ"なのだと。彼らが見とめる第三者なのだと。
私は二人の優しさに救われました。
同時に、こんなに優しくしてくれる人たちをいつまで私の我儘に付き合わせるつもりだ、と自問自答しました。心臓が捻り潰されているみたいで悲鳴を上げそうでした。でもそのつらさを抱えて生きていかなければなりません。
私は彼が好きなのだから。
至福のひとときはあっという間に終盤。もう二人とも食べ終わり、水を飲み終えました。店内には私たちだけしか客がいない状態。お店のかたのためにも、友人のためにも、そろそろ出たほうがよさそうです。
お会計は好きな人が担当してくれました。友人とは別々に、自分が食べた分だけ払うことに。
そして友人は先に支払いを済ませ、スッとカウンターから離れ、出口のほうに行きました。きっと気を利かせてくれたのでしょう。
でも私は
まっ、待って……!!!置いて行かないで!
と焦りました。目で訴え、傍に戻ってくるように手招きしました。
そんな私を笑顔で見て「Good luck🤞」という雰囲気を醸し出す友人。まったく…。
レジを待たせるのは悪いので呼び戻すことを早々に諦め、私は好きな人と向かい合いました。
静かな時間。私も彼も、私情が入らないよう、事務的な態度をとりました。それすらも久々のことで、くすぐったいものでした。
おつりとレシートを受け取るときに手が触れたことも、その場では気にしないように努めました。
そしていつもの外食と同じように「ありがとうございます。ごちそうさまでした」と声を掛け、好きな人に背を向けました。
後ろから聞こえてくる彼の「ありがとうございました〜」が耳に入った瞬間、「…やっぱり少しは話したほうがよかったかしら」という思いがよぎりました。
しかしそれを振り切って店を出ました。
引き際が肝心なのです。それさえ上手にできれば、彼は私を嫌わない。私は彼に嫌われたくありません。
店を出て、いつのまにか先に出ていた友人を軽く睨み、「も〜」と怒ったふりをしました。すぐに二人そろって笑い出しましたけど。
楽しかった。楽しかった楽しかった楽しかった。楽しかった!!!来ることができて嬉しかった。友人が付き合ってくれてありがたかった。彼がそこまで嫌そうじゃなくてよかった。
やっぱり好きになってよかった。
私の好きな人はいい人で、その友人もいい人で。どうやら私には見る目があるようです。
友人を駅まで送り届け、電車を待つ間も話しました。「これで終わりでいいの?今がチャンスやで。インスタのDMを送ってみれば?」。そう言って私の背中をそっと押してくれました。
「俺が帰ったあとでは、もうやらんやろ?」と未来の私の行動を見抜いた友人。その通りですし、なんといってもこれは私自身が行動しなければならないことです。
友人のご飯代と電車賃を払う代わりに、私は彼へDMを送りました(私に付き合わせてしまうのだからと、友人のご飯代、せめて電車賃は払わせてほしいとお願いしたのですが「そんなの受け取れないよ〜」と言われてしまったため、払えずじまいでした)。
なんだか私ばかりよくしてもらっているようで、少し申し訳ないのですが。
「今日のレシート、宝物じゃん」と友人に言われ、初めてそのことに気がつきました。会えたことばかりに目を向けていたことにも気がつきました。
物として残るものがあると、想いが続きやすいのです。それはいいことでも、悪いことでもあります。私はいいこととして受けとめることにしました。
「うん、宝物だわ」。
やがて友人は電車に乗り、私は帰路につきました。
家に帰って、レシートとおつりの小銭を眺めていると、あることに気がつきました。
おつりの小銭の中に、五円玉があったのです。古びた五円玉。
まるで私と好きな人の関係を表してくれているようでした。そうであればいいなと思いました。
彼から五円玉を渡されたのです(おつりとして)。五円。御縁。…うん、素敵。
とてもいい気分です。
なにかいいことが起きそうで、しあわせ。
行けてよかったな、と感じました。
ひと夏の想い出として、私の心に深く刻まれることでしょう。どんな花火よりも眩しく美しいもの。どんなラムネよりも爽やかで切ないもの。
私が彼を好きだから、この感想を得られたのです。好きでいさせてくれてありがたいです。
告白をしないことによって彼に振られないようにしている自分がズルい気もしますし、かといって告白すれば彼に私を振るという手間と苦痛を与えることになります。
でもそのような葛藤も含めて、私は彼を好きなのでした。
これからも。
この五円玉は、いつか彼のもとへ導いてくれるのではないか。また巡り逢えるのではないか。
そんな気がしてなりません。