「君たちはどう生きるか」を見て
このノートと題材が少し違いますが、これからどう生きるかと言う問いを考える機会として、映画をみて考えたこと感じたことを書いてみました。
宮崎駿監督の新作 君たちはどう生きるかは、これまでのジブリ映画の設定や雰囲気を思わせる要素がたくさんある内容で盛りだくさんのファンタジーの世界で、内容、感想は他のweb上に近い感想でした。
宮崎駿監督の自伝的な映画ともあったみたいでジブリの世界を作った自分自身を表現しているかのようでもありました。自分はジブリの世界を作った人生だぞ、自分はこう生きたぞと言いたいような映画とも感じました。さらに題名の通り次の世代を担う人たちにどう生きるかを説いているようでもあります。鳥の被り物をした絵から覗く目は、どう生きるか見ているぞという目にも見えました。最後の終わり方は、ジブリの世界から現実の世界へ戻り、これで終わりというのが、少し印象的でもありました。
主人公の年代は、宮崎監督の15歳前後上の世代の人でもあり、終戦後の日本を作った世代の一つではと思います。主人公は、戦後の混乱の中に真っ直ぐ正面から向き合って今の社会を作り上げた世代でもあると考えると、ファンタジーの世界から抜け出し、現実の世界に生きてい姿を最後に見せて終わるのも、印象的でした。宮崎駿監督は戦後の日本でアニメという世界に身を投じて生きてきた、そして次の現代の次の世代に 君たちはどう生きるか 終戦後の世界を再生した主人公に世代のように 次世代の世界で 今の君たちはどう生きるかを答えを出さず説いているのかとも思いました。
映画の最初は戦時下の東京で、風立ちぬの時代を思わせ、途中で主人の父の工場から運ばれる戦闘機のコックピットカバーが出てくるなど、風立ちぬを連想する場面も出てくる。
主人公の青年の母親が火事で死んでしまう場面から始まる。現実世界の物語、風立ちぬのような話かと最初は思ったが、徐々にジブリの世界観のファンタジー要素が出てくる。ファンタジーの世界に入れば、これまでのジブリの世界観を思わせる設定のオンパレード。ただ内容自体少し把握しづらくどんどんと話が進行して、話がわかりづらく感じる。ハウルの城のような難解な設定でもある。ファンタジーの中身は、地獄、下の世界といった設定で、そこに生きる人たちは不気味で、生き物を食らうだけの生き物の描写があったり、鳥が支配する世界など様々な描写がありました。
正直文章では表現できない描写で、簡単には表現させない宮崎監督の狙いでもあるのかと思ったりもしました。ハウル、千と千尋、ポニョ、もののけ姫、トトロ、ラピュタ、ゲド戦記、マーニー、などの世界観、キャラクターも王蟲にた魚、こだま、トトロのような可愛らしいキャラクターなど盛りだくさんという描写でついていけないという人もいるのではと思ってしまいました。実際に、評価は二分しています。
世界でのドタバタの中、主人公は、異次元世界の主(?)からより良い安定した世界を作ることを託されるが、現実世界に戻ることを希望する。しかし安定した世界を作る石もろとも壊され、まよう込んだ世界そのものが壊されてしまう。
主人公らは現実の世界になんとか戻る。この夢のような世界は消え、そのうち忘れ現実の世界へと戻っていく、そして戦争が終わり主人公とその家族は東京にもどるというところであっけなく終わる。異次元の世界がなかったかのよう終わる。この終わり方は、宮崎監督の弟子、庵野さんのシンエバンゲリオンのような、徐々に舞台がアニメの世界から現代の世界に変わっていく終わり方を思い出しました。
宮崎監督の世界観を凝集したような今回の世界が、さらっと終わり、忘れられて次の時代が始まる予感を感じさせる終わり方でもあり、今後どう生きるかを説いているようでもありました。設定としては終戦後の世界で最後は主人公の異母兄弟が生まれているのも印象的でもあり、1941年生まれの宮崎監督と同じぐらいの歳の子が最後に登場している点は、宮崎監督がまさに生きた時代の到来を予感するものでもありました。
ファンタジーの世界で、大叔父が現実の世界は、カビも生えれば虫も湧くといった言葉を口にしていたのも印象的でした。ファンタジーの世界では、人間のいいところばかり描くことができる。実際の人間社会はどうか?今も戦争で実際に人が死んでいく。現実の世界では、矛盾もたくさんあり、どうにもできないことがたくさんある。
ちなみに主人公は、14歳前の青年で舞台が1942年ぐらいとしたら、1928年前後生まれである。この時代に生まれた漫画家は、手塚治虫氏である。また手塚治虫氏の御子息は、手塚眞氏で主人公の眞人に漢字使われている。手塚眞氏は映像作家でアニメとは異なる分野で活躍している。web上でも鼻の大きな青鷺の案内役は、手塚作品の火の鳥に出てくる猿田に似ていると言った意見もあります。主人公自体が宮崎監督と言った意見もありますが、実際のところどういった意図があるのか考えさせられるところでもあります。
最後に自分の想像したファンタジーの世界を壊すことで、もうジブリの世界は終わらせ、鳥の案内役が「あばよ」といっているのもなんとなく、視聴者に向けた最後の挨拶のようにも見えました。
弟子の庵野さんは、エバンゲリオンを作った後病んで、アニメから実写の映画を撮りたくなったというのを数年前のドキュメンタリーで見たことがあります。新エバンゲリオンを終わらせた後、今は実写映画を撮っている。
なんとなく、アニメ、ファンタジーから現実世界へ回帰している流れが見える作品でもあり、生き物が生きている現実世界を見よと言うのが宮崎監督のメッセージかなとなんとなく感じる映画でした。