〈20.ダイアナさんの生い立ち〉
「ほらここが有名なアポロシアターよ」
アポロシアターはジェームズブラウンなど著名な歌手を輩出したライブハウスだった。ダイアナさんはニューヨークの観光案内をしながら自分の生い立ちを語ってくれた。
ダイアナさんはニューヨークの貧しい地区の生まれ。
「ニューヨークの貧しい地区はゲットーっていうのよ」
「ゲットー?」
アンジュちゃんは聞き返す。
「インナーシティとも言うわ。日本の言い方だとスラム街ね。ニューヨークの真ん中に貧しい地区があるのよ」
「そうなんだ。知らなかった」
アンジュちゃんは驚いた。
「ニューヨークで生きていくのは大変よ」
「子供の頃はどうだった?」
アンジュちゃんの質問にダイアナさんはこう答えた。
「街中に音楽が溢れてたわ。どこへ行ってもどこもかしこも音楽だらけ」
僕は聞いた。
「こういう貧しい地区の人っていうのは親にちゃんと育てられてなくてヒップホップが親の代わりっていう人もいるって聞いたけど」
「私は普通に両親に愛されて育ったわ。でも音楽にも育てられたわ。特にヒップホップにね」
「じゃあダイアナさんの社会への抗議の気持ちはヒップホップから来てたんだね」
「私は黒人文化に敬意を払うわ。でも一部の白人文化にも敬意を払うの。白人社会にもリベラルで人種平等の価値観が生まれてるからね」
ダイアナさんはこう言った。
「やっぱり子供の頃にしっかり親に愛されるということは大切よ。そうでないと生き方がわからなくなるから非行に走る原因よ。
子供の頃にしっかり親に愛されて人を愛する気持ちを知って、友達を作って恋人を愛して自分のことも愛して、そして親になったら子供を愛するっていう循環が大切よ
凶悪犯罪する人というのは子供の頃に親にちゃんと愛されてない人が多いのよ。親に愛されないと心の傷が残ってそれがいつまでも癒されないから自暴自棄になって犯罪に走るのよ」
「ダイアナさんの将来の夢は何だった?」
まほろちゃんが質問した。
「私はモデルになりたかったわ。」
「へぇ、素敵」
「多分まほろちゃんが思ってる理由じゃないわ」
「どういう理由だったの?」
またまほろちゃんが聞いた。
「ゲットーの人は他の町の人に犯罪者予備軍みたいな扱いされるの。就職しようとしてもゲットー出身って分かったらもう雇ってもらえない。
それで思ったの。社会を変えるには普通に働くんじゃダメ。私がモデルになってお金持ちから少しでもお金を取り返しつつ、社会に対して発言権を持って社会の問題を訴えたいって。
私にとってモデルの仕事は戦いなの」
「志が高かったのね」
まほろちゃんは感心した。
「それで社会への抗議のために猛勉強した。貧しい高校から一気にハーバー大学に入学したの。普通は貧しい黒人がハーバー大学に入学する場合、黒人枠に入ることができるの。でも私はそれを利用しなかった。私は実力でハーバー大学に入ったの」
僕も感心した。
「すごいよ。親がエリートだった人がハーバー大学に入るよりずっと」
「そしてモデルや歌手としての練習もしてるわ。モデルになってお金持ちの仲間入りするんじゃなくて社会を変える影響力を手に入れるの。
貧困は良くないけど平凡も良くないわ。平凡な生活に退屈して戦いの世界に身を置く訳じゃない。私たちが変えたいのは権力じゃなく人の意識。与えられた平和に満足するんじゃなく平和は自分で勝ち取るもの。
ニューヨークの格差はますます広がるばかり。特にアーサーくんの意見が危険よ。アメリカの政治の世界にはアーサーくんみたいな考え方の人が実際にいるのよ。
例えば今インフレだけど、インフレもアーサーくんみたいな考えで起こされてるのよ。国ってお金を作ることができるの。でもお金を作れば物価が上がる。
国はお金を作ることによって物価を上げて国民を苦しめてるの」
ダイアナさんは雲を見上げた。ダイアナさんには札束を前にして高笑いする政治家たちの顔が見えたのかもしれない。
つづく