〈37.ニューヨークの生き字引き〉

 そこに、さっきから車椅子に押されていた黒人のおじいさんが声をかけた。

「はっはっはっ、君たちの会話は面白いねぇ」

 そのおじいさんを見てアーサーくんは驚いた。

「あなたは……エマニュエルさん!」

「アーサーくんの知り合い?」

 僕が聞くとアーサーくんは答えた。

「違う。この方はこのエマニュエル美術館(ミュージアム)の創立者であり、ニューヨーク1のアートのコレクターだ」

 ダイアナさんも興奮したように語る。

「そう。黒人社会で尊敬されてて、ニューヨークの生き字引きと呼ばれる人よ」




 エマニュエルおじいさんはニューヨークの歴史を教えてくれた。

「わしが子どもの頃は大勢の子どもが働いていた。靴磨きする者、新聞配りする者もいた。当時の新聞配りは一軒一軒家に配るんじゃなくて街角に立って手売りするスタイルだった。

 毎年、年末年始のタイムズスクエアのカウントダウンパーティーの時期には紙吹雪を飛ばしていた。タイムズスクエアのカウントダウンはみんな大好きだったな」




「昔のニューヨーカーの子どもは働き者だったのね」

 アンジュちゃんは感心した。でもアーサーくんは疑問に思った。

「ですが子どもの頃はちゃんと学校に行かないと社会のことが学べません。働かずに学校に行くべきではないでしょうか?」

 するとエマニュエルさんはこう言った。

「児童労働といっても結構頭のいい子もいたよ。新聞配りするにはニュースを読む必要もあった。『今日の記事は重要だよ』と言って宣伝しながら売るから自然と社会の知識が見につくし、靴磨きの時にビジネスマンから情報を教えてもらうことも出来た。




 9.11テロ事件の時はニューヨーカーはみんな嘆き悲しんだ。キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒、先住民など宗教の枠を超えて、みんなで追悼の意を表する儀式を行ったよ」

「宗教に関係なく、死者を悼む気持ちは同じだったんですね」

 アーサーくんは共感した。

「オバマ大統領就任の時はアメリカ初の黒人大統領として黒人たちが大喜びした。そしてもう1つ黒人たちが喜んだことがあった。」

「それは何ですか?」

 まほろちゃんが聞いた。

「キリストが黒人だと分かった時だよ。」

「キリストって黒人なの?」

 アンジュちゃんは聞いた。

「そう。キリストが黒人だと立証されて、みんな喜んでパレードを開いたよ」


 僕は質問した。

「最近のニューヨークがますます治安が悪くなってることをどう見ていますか?」

 エマニュエルさんは答えた。

「ニューヨークでは格差が深刻で、お金持ちが多く住み、オシャレな職業を楽しむ人がいる一方、雑用や重労働、失業に苦しむ人も多くいる。

 10年位前にOWSというデモが起こされた。格差の広がりを問題視して、差別反対、環境問題、インフレ反対などを主張する抗議デモだ。だがそのデモは失敗に終わり、デモを起こすことが許されなくなり、抗議してた人は絶望したのだ。

 デモすら許されないならもう犯罪しかないといった考えを抱く人もいるのかもしれんなぁ」


つづく

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