〈31.ニューヨークのいい所〉

 僕たちはステファニー先生と待ち合わせした。セントラルパークで会うことになる。


「自転車乗りが走ってる所も同じ。陸橋も同じ」

 アンジュちゃんはセントラルパークの様子を見て、魔法にかけられてと同じだと喜ぶ。ディズニー映画「魔法にかけられて」ではセントラルパークに行くシーンがある。アンジュちゃんはその映画が大好きだった。




 ステファニー先生は自転車で迎えに来てくれた。ステファニー先生は痩せた白人の中年女性で陽気で明るい人だった。

「どう? ニューヨークの生活楽しんでる?」

「うん。すごく楽しいよ」

 アンジュちゃんは答えた。


 アンジュちゃんは今までのことを報告した。楽しかったことを色々話す。ダンススクールに行ったこと、高校生と仲良くなったこと。

「それで僕たちはもうしばらくニューヨークで過ごしたいんです」

と僕は話した。

「いいわよ。滞在を延長しましょう」


「ニューヨークって楽しい話ばかりじゃないのね。色々大変なこともあるみたい」

 アンジュちゃんはちょっとだけうつ向く。ダイアナさんとのこと、黒人が貧しくて大変な思いをしていること、日本を否定する人もいることなどを話した。

 ステファニー先生はそんなアンジュちゃんにニューヨークのいい所をいろいろ教えてくれた。

「ニューヨークでは自転車通勤の人も増えてるわよ。せっかく自転車に乗るならいい自転車を買って自転車を極めようと言って、セントラルパークを走ったり、レースに出たりね。

 自転車修理屋さんになったり、日本で英語教師になったり、黒人音楽の歴史を学んだりするのがごく普通のニューヨーカーの行動よ。そういう職業ってニューヨーカーの憧れなの。

 教育もだんだん改善されてるわ。ファクトフルネスっていう本があってね」

「ファクトフルネス?」

 アンジュちゃんは聞き返した。

「この本は、世の中がだんだん良くなってるということを書いてる本なの。確かに現代でも貧困問題は大変だけど昔と比べれば改善してる。でも人間はどうしても嘆いてばかりで悪い面ばかり見る傾向があるの。

 そのダイアナさんって人は「このままじゃダメだ」ということを前提に考えてるみたいね。

 世の中を良くしたいという思いは必ずしも現状否定から始まるとは限らないわ。今でも素晴らしいけどもっともっと素晴らしくしたいということはあるでしょ?」

「そっか。そうだよね」

 アンジーちゃんは少し笑顔になった。


 ステファニー先生は続けた。

「アメリカのお金持ちはニューヨークに街を作ったの。」

「お金持ちが街を作った?」

 アンジュちゃんは聞き返す。

「そう。街って民間のお金持ちが作ることもあるのよ。

 ウォールストリートのあるロウアーマンハッタンもそうだし、高級住宅街のアッパーイーストサイドもそう。お金持ちが多く住むスカーズデールは日本人も多く住んでるわ。それにワシントンスクエア公園にはストリートパフォーマーが集まるわ」

「へぇ、街ってそういう風に作れるのね」

「ニューヨーカーはそんなお金持ちに憧れるだけでなく、そんな素晴らしい人がニューヨークにいることに誇りを持つの。

 お金持ちがいることで貧乏人がお金を奪われたと解釈せず、お金持ちを見習うっていう考え方もあるわ。お金持ちにはお金儲けを教えてくれる親切な人もいるわよ。世の中に貧乏な人が大勢いたとしてもお金持ちがそんな社会を作った訳じゃないわ。もし世の中の人が平和で豊かになるための適切な行動をとったら、お金持ちはそれでますますお金持ちになれると思うわ。」


 ある自転車乗りがステファニー先生に話しかけた。

「いい自転車乗ってるね。俺のと同じだね」

「あら、同じデザインね」

 ステファニー先生は笑顔で答えた。 

「君カワイイからこれあげる」

 アンジュちゃんはその人から花をプレゼントされた。

「わぁ、ありがとう」

 遊歩道には即興で歌うストリートミュージシャンや大道芸人もいた。上半身裸で太鼓を叩く訳分からない人もいた。みんなステファニー先生に手を振った。


「もしかしてステファニー先生ってセントラルパークじゃ有名なの?」

 僕は聞いた。

「全然有名じゃないわよ。でもニューヨークじゃこういう風に見知らぬのごく普通の人同士が話しかけたりお互いお褒め合うっていうことはよくあるのよ。自分がただの凡人じゃないっていうことを示して職業自慢をするの」


 ステファニー先生はたまたま通りすがった人と職業自慢を始めた。その人は歌手だった。

「実は私も歌手なのよ」

 ステファニー先生は言った。

「えっ!? ステファニー先生って歌手だったの!?」

 ステファニー先生は

「私の心は歌いたがってるのよ。体が勝手に踊り出すのよ」

 と言って歌って踊り出す。そして、

「あなたたちも一緒に踊りましょう」

 と僕たちも踊りに誘った。


 まほろちゃんは、

「本当にこれがごく普通のニューヨーカーの振る舞いなの?」

 と疑問に思いながら一緒に踊った。


つづく

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