〈①もうなんにもいらない〉

 ある日、僕(カイ)とアンジュちゃんとエリンちゃんは摩天楼の屋上に遊びに来てた。この町で一番高いビル・ビックフォレストの屋上は広くていろんな遊びができる。


 あるお兄さんがスケートで滑っていた。音楽もかかっていて、海水浴場で使うようなパラソルとチェアが置いてあった。

「元気?スバルさん。」

「エリンちゃん。」

 スバルさんはスケボーを蹴り上げて手に取り、さわやかな笑顔を見せた。

 普段からビルで遊んでるエリンちゃんはビルの屋上によく来る人となかよしで、スバルさんもそんな1人だった。


 アンジュちゃんはスバルさんとなかよくなっておしゃべりをした。

「スバルさんはいつも何してるの?」

「昼はスケートして、夜は星を眺めて過ごしてるよ。」

「私も星が好き。昔よく星を眺めてたの。でも最近見てないなぁ。」

「じゃあ、夜にまたここに来ない?一緒に見ようよ。」

 僕はふと疑問に思ったことを聞いた。

「仕事はしてないの?」

「してない。僕はお金持ちだからね。」

 親がお金持ちなのかなと思った。


 それからアンジュちゃんは毎晩、スバルさんに会いに行くようになった。

「ほら見てごらん。天の川だよ。」

「へぇ、天の川って星の集まりなんだ。私ずっと雲だと思ってた。」

 星って言われた途端に天の川は大きく見えた。

「星ってどうして生まれたの?」

「誰かの仕業で生まれたんだね。」

「星って何のためにあるの?」

「星はみんなのふるさとさ。みんな星から生まれたんだよ。人も地球の生き物も。だから誰にでも自分の星があるの。」

「私の星はどこだろう?」

「きっとまだ小さすぎるのかもね。」

 アンジュちゃんにとって星はキラキラ輝きながら語りかけてくるように見えた。

「私たちは星に見守られてるの?」

「もちろんだよ。」

「あっ、流れ星!」

 夜空に流れ星が流れるとスバルさんは手を空の方に伸ばして何かを掴むしぐさをした。そして手を開くとそこに宝石があった。

「わぁ、星を掴まえちゃった。」

「アンジュちゃんに星を1個あげる。お願い事は何にする?」

「いっぱいありすぎて全部言い切れないよ。」 


 アンジュちゃんは僕と一緒にいる時もスバルさんと話したことを喜々として僕に教えてくれた。


 ある日、僕たち3人はスバルさんの家にお邪魔した。摩天楼の天辺にある広い家の中には豪華な家具が置いてあり、天窓もあった。壁には絵画が飾られ、宝石箱もあった。

「空から掴まえた星をここに集めたのね。」

「よかったらあげるよ。」

「えっ!宝石箱ごと?」

 僕は驚いた。

「アンジュちゃんに持っててもらう方が宝石たちも幸せだよ。」

「ありがとう。」

 アンジュちゃんは素直に受け取った。


 スバルさんは僕たちに以前冒険の旅に出た話をした。世界中あちこちに別荘があるので、世界一周旅行に行って泊まった話、モンゴルの沙漠で日本とは比べ物にならない位沢山の星を見た話、オーロラを見た話。


 数週間後、アンジュちゃんがいつものようにスバルさんと夜空を見てた時、スバルさんはこう切り出した。

「アンジュちゃん、僕はもうお別れしないといけないんだ。」

「どこかに行っちゃうの?」

「星の国に帰らないといけないの。だからアンジュちゃんと星を眺めるのは今夜で最後。今まで楽しかったよ。」

「うん、さようなら。」

「宝石たちを僕だと思って大切にしてね。」


 アンジュちゃんは次の日、僕たちにそのことを伝えた。エリンちゃんは聞いた。

「スバルさんと会えなくて淋しい?」

「ちょっと淋しいけど、平気だよ。」

 だけどアンジュちゃんの目から涙が流れた。

「あれっ?涙が出ちゃった。平気なはずなのにね。」

 アンジュちゃんが僕に涙を見せたのはそれが初めてだった。


 つづく

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