〈  きつねの葉っぱのお金⑩〜化け狐にご用心〜  〉

 僕たちは市役所前のルイアームストロング像のベンチの所で一休みした。ふうあさんはトイレに行ってくるといって、ちょっと離れた。

「ああ、なんだかんだ言ってふうあちゃんの行きたがる所ばかりに行ってるね。」

 僕たちがそういって笑ってると、お巡りさんが現われた。

「君たち、ここでなにしてるんだ? 君たちはまだ学生じゃないか? こんな平日の昼間に学校は行かなくていいのか? それにあなたはこんな小さな女の子をどこに連れていってるんだ?」

 僕は焦った。アンジュちゃんは未来人で、まほろちゃんはゆるキャラだなんて言えない。僕がなんて言い訳しようかと考えていると、

「きつねを崇拝しています。」

 アンジュちゃんは言った。僕はいきなり何を言い出すんだろうと思った。するとまほろちゃんも、

「きつねを崇拝しています。」

 と言った。

「なっ、何言ってんの?2人とも。」

 僕はビックリして混乱して冷や汗かいた。だけどお巡りさんは、

「暗くならない内に帰りなさい。」

 と言って立ち去っていった。

 僕は何が起こったのか分からず唖然としているとまほろちゃんが、

「あっ、あのお巡りさんのお尻に尻尾が生えてる。」

 僕がよく見ると確かに尻尾が生えていた。

「ホントだ。っていうことは。」

「あのお巡りさん、きつねだよ。」

 アンジュちゃんは笑顔で答えた。

「じゃあアンジュちゃんたちはそれに気付いてたの?」

「私もアンジュちゃんが言うのを聴いてピンと来たの。」

「でも何できつねを崇拝するなんて言ったの? それに何でお巡りさんはそれで去っていったの?」


 そこへふうあさんが現われた。

「ごめん。ごめん。さっききつねに化かされそうになったみたいね。」

 ふうあさんは説明してくれた。ふうあさんによればもしきつねに化かされそうになったら、

「私はきつねを崇拝しています。」

 と唱えれば難を逃れられるらしい。

「もしかして僕が行きのバスで寝てた間にアンジュちゃんとまほろちゃんに教えてたんだ。」

 僕は寝てたから教えてもらえなかったみたいだった。

「隆弘くんにも教えるの忘れてた。」


 アンジュちゃんは質問した。

「なんできつねがお巡りさんのフリとかしてたの?」

 ふうあさんは答えた。

「残念な話だけどきつねの中にも人間に良くないことをするきつねがいるの。

 詐欺師になって人間からお金を騙(だま)そうとしたり、めぎつねは男性を誘惑してお金だけ取って逃げたり、結婚詐欺、オレオレ詐欺、寸借詐欺とかね。

 さっきのお巡りさんみたいに役人のフリしたり、銀行マンのフリしたり、すごくお金に困ってるフリして同情を買ってお金を騙し取ったり、困った人を助けるフリして寄付をもらって誰も助けず自分のお金にしたり、詐欺から身を守る方法を教えて大金を取るなんていう手口もある。」

「なんでそんな風に人を騙すきつねがいるの?」

 アンジュちゃんの質問にふうあさんは答えた。

「分からない。でもそういうきつねたちは私たちきつね村の仲間じゃないの。」

「きつねにもいろいろいるのね。」

 まほろちゃんも悲しげに呟(つぶや)いた。


「それだけじゃないわ。普通に働くきつねの中にもちょっと良くないきつねがいるの。

 例えば供給過剰な物を売る会社。」

「供給過剰ってどういうこと?」

「消費者が欲しがる以上に多く品物が売られてるってこと。」

「供給過剰な物を売り続けるとどうなるの?」

 アンジュちゃんは恐る恐る訊いた。

「安売り競争になって従業員に少ない給料しか払えなくなったり、ライバル会社からお客さんを奪ったり、お客さんに無駄遣いさせたり。そういう経営もきつねがさせてるの。」

「そういう会社もあるんだ。」

 アンジュちゃんはガッカリした顔で俯(うつむ)いた。

「供給過剰なものを売ってるとどうしてもそうせざるをえなくなるの。」

「供給過剰なものを売るのってあんまり世の中のためにならないのね。」

「そうなの。」

「供給過剰な時代に人間は何を売って稼げばいいの?」

 アンジュちゃんの質問にふうあさんは答えた。

「人間社会は供給過剰だからもうこれ以上何も作る必要はないの。今不況なのは需要が少ない、つまり物を買いたがる人が少ないからなの。品物不足が原因の不況とは全然違うのよ。」

「そうだよね。」

「なのに人間は働くのを辞められないでいる。

 沢山作った品物をちゃんと消費することが大事なの。でもそんな簡単なことが人間にはできない。お金のためにね。」

 アンジュちゃんは1つ気付いた。

「なんか、ふうあさんが働くことに否定的だった理由が少し分かった気がする。」

「そうなの。働く人の中にはきつねに騙されてる人もいるからなの。」


「それから、合法的だけどちょっとお客さんのためになるか分からないお金儲けする人もいる。ステマとか、マルチとか、パパ活女子とか、インチキ占いとか。」

 ステマというのは口コミのフリしてプロが宣伝すること。マルチは、物を売るけどそのビジネスをお客さんにもさせる仕組みのこと。パパ活女子は男性相手にデートなどをしてお金を取る女子のこと。

 説明を聴いたアンジュちゃんは質問した。

「それって良くない稼ぎ方?」

「良心的な人もいるかもしれないけど、お客さんには区別が付かないの。」

「そうなんだ。」

「アタシも占い師やったけど。」

「ええっ、ふうあさんもインチキ占いしたの!?」

 僕は驚いた。

「まさか。アタシはホントの占いができるからインチキなんてする必要ないわ。」

「そうだよね。」

 僕は安心した。ふうあさんと話してるとドッキリさせられることが多いなと思った。


 そこへたまたま通りがかったバスを指してふうあさんは言った。

「あっ、あのバス見て! なんて書いてある?」

 僕が読んでみると、

「このバスはミドリムシのバイオマス燃料で走っています。」

「ミドリムシの燃料ならCO2を出さないからエコにいい。そういうエコにいい発明をするのもきつねよ。」

「へぇ、そういうエコにいいこともするんだ。」

「エコにいいこともするきつねもいるし、エコに悪いこともするきつねもいるの。」


 アンジュちゃんはベンチからパッと立ち上がって手を広げた。

「この広い日本の中にきつねがホントに大勢いるのね。一体何匹いるの?」

「日本人の人口の1~2割はきつねでしょうね。」

「そんなに?」

「きつねは日本人の庶民文化を作ってるの。きつねがいなかったらお金持ちと貧乏人しかいなかったかもしれない。」

「ねぇ、そもそもなんできつねが人間のことばを喋ったりするようになったの? きつねって一体どこから来たの?」

「それも分からないわ。」

 ふうあさんはふと遠くを見た。

「アタシたちって何者なんだろうね?」

 ふうあさんはアンジュちゃんの質問に答えきれなかった。


 街頭の巨大モニターや美少女モデルの看板がすごく眩しく見えた。


 僕たちはバスに乗ってきつね村に帰っていった。


 つづく

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