集団、文化、ヒトの共進化
集団内で技術や社会習慣などの文化を記憶・学習する能力を得たことがサルからヒトへの分岐点となる。文化を老人の知恵や道具として維持し継承する文化の記憶は、集団としての新しい生命進化の手段となっていく。
●ヒトと文化の共進化
ヒトの想像が創造するものは道具・技術だけではない、調理方法や言語、獲物や脅威に対する知識、狩猟や調理などのノウハウ、集団を円滑に運用するための社会習慣や社会規範、宗教、芸術があり、これらの集団で獲得し継承するものを総称して「文化」と呼ぶ。
ヒトと文化の遺伝子は、共進化の関係にある。例えば、調理とヒトについて考えてみよう。
この循環を繰り返すことにより、調理とヒトは共進化する。
ヒトの進化が新しい文化をうみ、新しい文化がヒトの進化を促進する。
●集団の規模と結びつきの強さ
ヒトが文化を形成・維持するためには、「集団の規模」と「結びつきの強さ=集団のコミュニケーション能力」が必要条件となる。
石器の発明について考えてみよう。旧石器時代の初期に、鋭利なナイフのような石器を創る大天才が1人いたとする。しかし、その技術を受け継ぐものがいなければ、生み出された新石器はただの宝物でしかなく、壊れてしまえば技術は失われてしまう。新しい技術は、技術を創造するもの>その技術を代々受け継ぐもの>その技術を代々使いこなすものが必要となる。
創造者・継承者・使用者が発生し、時空間上で出合う確率は「集団の規模が大きく、集団内での結びつきが強い」ほど高くなり、新しい道具をうみだし維持するために優位となる。
集団の規模が拡大するということは、その集団にヒトが集まり養える生存優位性があり、何より獲得・維持するエネルギー源が豊富に存在するということだ。
そして、集団の規模拡大の限界は、集団が保有する文化水準により得られる食料の量と集団の円滑な運営状況により決定される。
集団の規模は、集団内のコミュニケーション能力が高く構成メンバー間の結びつきが強くなければ維持できない。集団のコミュニケーション能力もまた、構成メンバーの規模と密度に応じて言語・楽器・通信・交通などの文化の成長にともない進化する。
「集団の規模」と「結びつきの強さ」が、ヒトと文化の共進化サイクルを回し、新しく生み出されて継承された文化が「集団の規模」と「結びつきの強さ」を強化する。
●文化習得マシンとしての集団脳
文化が進化するためには、文化の記憶や学習のための習慣や感情が必要となる。これらは、集団のなかでどのようにしてうまれるのだろうか。
日常生活に関するノウハウ、生き残るための最小限の知恵は、集団の最小単位である家族を単位として記憶し、個人に刻まれ、次世代に継承する。
狩猟採集や調理などのスキルや習慣を習得、蓄積、整理する能力を向上したものは、より生き残りやすくなる。霊長類から受け継いだ支配者に従う心理や習慣をベースとして、生存に有利な脳力が選択され、積み上げられていく。
これらを実行するための脳力を獲得したものが多い集団が生き残り、その繰り返しにより文化を記憶し学習するための能力や習慣を集団で獲得する。集団が保有する文化は集団毎に異なり、それを維持することが集団にとって有利となることから同族・民族意識がうまれる。
さらに、こうした営みの繰り返しがヒトのライフサイクルにも影響を与える。
集団における文化の記憶が新たな遺伝子となり、学習により世代を超えて文化を継承し伝搬していく。
●加速する共進化サイクル
ヒトと文化、集団規模とコミュニケーションの相互作用が編む共進化のサイクルが集団に優位な文化をうみ、集団の規模を拡大し、新しい文化の創造がコミュニケーション能力を高め、文化とヒトの共進化を加速する。
相互に「依存」し「促進」しあう、集団規模・コミュニケーション能力、文化、ヒトの共進化サイクルが驚異的なスピードで加速する。
●文化へのアウトソースによる高速進化
ヒトは能力や脳力を文化にアウトソースすることにより、集団のなかに時空間をこえて知識と知恵を記憶する。そして、外部環境に適応して集団を優位にした「文化の遺伝子(ミーム)」が、生存競争に勝利して後の世に伝えられることとなる。
ヒトは遺伝子によらない、後天的な進化の手段を獲得した
文化を遺伝子(ミーム)として継承するヒトは、文化への能力や脳力のアウトソースによって、10年、100年単位での急速な進化を可能とした
集団規模を拡大し、コミュニケーション能力を高めた集団が優位な文化を創造・維持して生き残るが、獲得できる獲物の量が壁となって立ちはだかる。
集団規模拡大の壁の内側で、道具と調理法を工夫し、言語の語彙を増やし、文法を整備・複雑化して表現力を増し、知識を整理し、社会規範を整備し、宗教を広め、組織構造を整備してコミュニケーション・ネットワークを張り巡らせて次の共進化爆発のときをまつ。
参考書籍:
[1] ジョセフ・ヘンリック(2019), "文化がヒトを進化させた :人類の繁栄と<文化-遺伝子革命>", 今西康子, 白揚社
[2] リチャード・ドーキンス(2006), "利己的な遺伝子", 日高敏隆, 岸由二, 羽田節子, 垂水雄二訳, 紀伊国屋書店
- Richard Dawkins(1976/1989), "THE SELFISH GENE(30th anniversaty edition", Oxford University Press
[3] M.マクルーハン(1986), "グーテンベルクの銀河系 :哲学人間の形成", 森常治訳, みすず書房
- Marshall McLuhan(1962), "The Gutenberg Galaxy: The Making of Typographic Man", University of Toronto Press
[4] ジャレド・ダイアモンド(2000), "銃・病原菌・鉄",倉骨彰訳 , 草思社
- Jared Diamond(1997), "GUNS, GERMS, AND STEEL: The Fates of Human Societies", W.W.Norton & Company.
[5] セザー・ヒダルゴ(2017), "情報と秩序 :原子から経済までの動かす根本原理を求めて", 千葉敏生訳, 早川書房
[6] アンドレ・ルロワ=グーラン(1973), "身ぶりと言葉", 荒木亨訳, 新潮社
Andre Leroi-Gourhan(1964), "Le Geste et La Parole", Albin Michel