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本を読むこと。 ~ 悪について ~
悪−正義。
私たちは子供の頃よりこの二項対立には慣れ親しんでいます。
正義のヒーローが悪者を退治する構図は様々なメディア・コンテンツに溢れかえっており、ごく自然に私たちは悪と正義を理解するようになります。
しかしながら、ひとえに「悪」といっても産まれた場所や立場、年代が違えばそれぞれの悪や正義の定義も変わってきます。
戦争をしていた頃、戦国時代、同じ民族であっても、同じ人間であってもコロコロと悪と正義は入れ替わります。
そんなごく当たり前のことも、気づけずに自らの正義を振りかざし、悪(と思っていること)に対して攻撃的になる人もいます。
では実際「悪」とは何なのか?
社会心理学者エーリッヒ・フロムの著書「悪について」をご紹介しながら悪について考えていこうと思います。
悪について
フロムは悪は人間に独特な現象であり、人間が人間以前の状態に退行し、特に人間的なものである理性、愛、自由を抹消することだといいます。
そして、悪は人間的というだけではなく悲劇的なものでもあるともいいます。
なぜなら人は特に原初的な形の経験へと退行しても、人間であることをやめることはできず、解決策としての悪に満足することができないからです。
つまり悪とはヒューマニズムの重荷から逃れようとする悲劇的な試みの中で自分を見失うことなのです。
哲学者スピノザはその著書エチカで「善は私たちの存在を、自分たちの本質へと限りなく近づけるものであり、悪は存在と本質をどんどん引き離していくものである」と述べています。
このように「悪」に定義について考えてみると悪とはおのれの「欲望」のままに行動を起こすことであり、そこに論理や理性、愛が介在しない状態であることがわかります。
そう思えば、私がこれまで経験し、培ってきた「悪」は完全な「悪」とはいえないのかもしれません。
悪役と思われる登場人物の中にも、それなりの論理や理性はあったように思います。
自分で「悪」と決めつける前に、相手の立場や気持ちになって考えてみることが必要なのです。
悪の程度
悪の程度は同時に退行の程度であるとフロムは言います。
最大の悪は、生と反対に向かおうとすることです。
つまり、それは死の愛好であり、子宮や土壌、無機物に戻ろうとする近親相姦的共生の衝動、人間を生の敵とみなすナルシシステックな自己犠牲であり、それはまさに自らのエゴの牢獄を離れられないためであり、このように生きることは"地獄”で生きることなのです。
もっと程度の低い悪も存在し、それは退行の程度もそれに合わせて低くなります。
愛情の欠如、理性の欠如、興味の欠如、勇気の欠如などがこれに当たります。
これは多くの人が少ならからず"悪”を持ち合わせているということを示しており、人間は退行し、かつ前進もする動物であり、そして善でもあり悪でもあるということになります。
この善と悪のバランスを取りながら生きることは、人は選択の自由を持つことができますが、これには自覚と努力が必要になるとフロムは言います。
その人の心の傾きのバランスが崩れるほどに傾けば、人は選択の自由を失います。
つまり、自由に生きることとは自分の中にある悪と善とのバランスを取りながら、理性的に前進と退行を選択できる状態であるといえると思います。
結語
人間は自分の行動を選ぶ自由がある限りにおいて、それに対する責任があります。
しかし、責任とは倫理的な前提にほかならず、権威あるものの欲望を正当化するために持ち出されることも多いのが現状です。
悪は人間的であり、退行と人間性の喪失を起こす可能性があるからこそ、私たちの内部にも存在します。
私たちは本当に善を選ぶために自覚をしなくてはなりません。
他人の嘆きに、他人のあたたかい視線に、鳥の歌に、芝の青さに心を動かされる力を失えば、どんな自覚があっても人はたちまち"悪"に偏ってしまうのです。
そして、生に興味を持てなくなれば、その人が善を選ぶ希望もありません。
そして心は頑なになって自由と生を失うことになります。
善と悪、正義と悪、そうした二項対立を超えて、愛を持って理性的に自由に選択して生きることが、自らの生と幸福のために必要なのだと思います。
願わくは、この帰結として、人類の生がすべて消失することがないよう、未だ終わらぬ争いを見てフロムは何を思うだろうか。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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