ドゥドゥ6

21才ですでにピヴォ歴11年。ブラジルの多くの若手選手と同じく、海外挑戦を狙っていた、シュライカー大阪・ドゥドゥ

シュライカー大阪の選手インタビュー。8人目は、今季、"助っ人"としてブラジルから、シュライカー大阪入りした、ドゥドゥ選手。背番号は98番。

手足を活かした巧みなキープと、"反転"を得意とするピヴォ。練習内の紅白戦では、トリッキーなヒールキックでのゴールも"連発"している、サンパウロ出身の、イマジネーション溢れるプレーヤーだ。

これまでのシュライカー大阪の選手インタビュー記事はこちらにまとめました。

13才で一度はサッカー挑戦するも、"フットサル一筋"

フットサルを始めたのは7才。いとこのおじさんがコーチを務めていたのがキッカケだと言う。

コリンチャンスに所属していた13才の時、コーチの勧めもあり、サッカーにも挑戦した。

しかし、「フットサルの方が自分には向いている」と感じたドゥドゥは、その後、フットサルのキャリアを選択する。

フットサルでは「プロになれそうだった」が、サッカーでは「ゼロからのスタートになる」ことも、大きな要因だった。

「今でこそ、ブラジルでもサッカーを小さいころから始める子がたくさん居る」と言うが、子どもの頃から、フットサルには慣れ親しんでいたが、"13才で"、"ゼロから"サッカーをスタートすることが、ドゥドゥにとっては「思ったより難しかった」と振り返る。

サッカー、バレー、バスケ・・・、色んなスポーツで遊んだ子ども時代

子どもの頃は、家の外、道路などでも、サッカーをしたり、バスケ、バレーなど、「運動が好きなので、色んなスポーツを趣味としてやっていた」と言う。

「元気な子どもで、落ち着きが無かったので、体を動かしていないと、体力が有り余っていた」

道路などで遊んでいたので、「お母さんとはよく怒られたり、ケンカになった」だが、それに対し、「お父さんは守ってくれた」と言う。

そのお父さんは今年に他界。いまは、母。20才離れた兄、22才離れた姉と、離れ、日本で暮らしている。

多くの若いブラジル人選手と同じく「海外でチャンスを得たい気持ちが強かった」

ブラジルでは多くのチームでベテラン選手が活躍しており「若い選手にとって、上でやるのは難しい」状態だと言う。経験のあるベテラン選手が優先されていることで、若い選手にはなかなかチャンスが巡ってこないようだ。

そうした若い選手の多くは"海外移籍"のチャンスを伺っているようで、ドゥドゥも代理人を通じて、シュライカー大阪のオファーを受けた。

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