2023年度特別展「創設者 世耕弘一 ドイツ留学100周年」を開催しました
不倒館では、令和5年(2023年)に、本学創設者である初代総長 世耕弘一が大正12年(1923年)にドイツに留学してから100周年を迎えたことを記念して、令和5年(2023年)10月11日(水)~17日(火)の期間、特別展「創設者 世耕弘一 ドイツ留学100周年」を開催しました。
世耕弘一は現在の新宮市(和歌山県)に生まれ、経済的な理由で一度は進学が叶いませんでしたが、苦学の末に日本大学進学を果たし、ドイツのベルリンに留学する機会を得ました。第一次世界大戦での敗戦の影響を残したドイツでハイパーインフレを新札の発行により克服していく様子を目の当たりにした体験を始めとする留学中に得た知見は、国民のために尽くし権力の不正と戦う反骨の政治家と、自らが苦学した経験から「学びたい者に学ばせたい」という信念のもと近畿大学の創設に情熱を傾けた教育者、両方の世耕弘一の原点となりました。
ドイツ留学から100年、本展では、世耕弘一が日本を出発してから帰国するまでの5年間に関する貴重な史資料約50点を、東大阪キャンパス不倒館及びアカデミックシアターの2会場で展示、最終日には記念講演を行いました。期間中、学生や教職員の他、卒業生や元教職員の方、学外の方など、2会場合わせて延べ729人の方にご来場いただきました。ゼミでの見学もあり、学部学科毎に異なる資料の着目点など、当室職員も大変勉強になりました。アンケートには、「若き日の弘一先生のことを知ることが出来た」、「当時の状況などが知れて勉強になった」、「昔の資料が貴重で興味深かった」などの感想が寄せられました。
特別展の展示や講演の様子をご紹介いたします。
第1会場のあるアカデミックシアターは、正面の入口を入ると、目の前に世界初完全養殖に成功したクロマグロのレプリカが出迎えてくれるスペースがあります。今回はクロマグロに場所を譲ってもらい、Pharus都市地図シリーズの1923年版「大ベルリン」(復刻版)を複写した大きなベルリンの地図など関連資料のほか、普段は不倒館に展示している世耕弘一の苦学の象徴である人力車、人力車を引いて学費や生活費を賄っていた学生時代の世耕弘一をモデルにした穂積驚の小説「學生俥夫」が掲載された雑誌『キング』第15巻第4号(昭和14年4月1日発行)なども展示しました。ベルリンの地図には、ベルリン到着時に下車したアンハルト(Anhalt)駅や下宿していた家があったヒンデンブルク通り82(Hindenburgstraße 82)など世耕弘一縁の場所にマークを付けて、世耕弘一の足跡をより感じていただけるようにしました。同じものを第2会場にも掲示しました。
第1会場である24時間利用できる女性専用自習室の向かいの部屋では、「ベルリンに至る旅路」と題し、世耕弘一が日本を出発してからドイツのベルリンに到着するまでに関連する資料を展示しました。当室は10年前の平成25年(2013年)に「世耕弘一先生ドイツ留学90周年記念史料展示会 ―東京からベルリンへ―」と題したベルリンに到着するまでに関する資料の展示を行っており、今回の展示には、その後の10年間で新たに発見した資料や研究結果を加えました。
世耕弘一自身のドイツ留学に関する回想録「ドイツ留学の憶い出」(桜門文化人クラブ編『日本大学七十年の人と歴史』第2巻〔洋洋社 1961年〕収録)、『海外旅券下付表』所収の「世耕弘一」欄(外務省外交史料館所蔵の複製)、留学生のために催された送別会での世耕弘一の言動が報じられている『日大新聞 第三十三號』(日本大学所蔵の複製)などとともに、世耕弘一がドイツ留学に派遣されることに繋がる資料として、当時の日本大学理事 山岡萬之助氏の日本大学の経営戦略についての考えが記された『人間山岡萬之助傳―わが道をゆく―』(細島喜美著 講談社 1964年)を展示しました。
旅路に関する資料として、乗船した伏見丸が描かれた絵葉書(荒木康彦近畿大学名誉教授所蔵)、その伏見丸が出航した神戸港の当時の写真(神戸市土木部港湾課編『神戸港大観』〔1923年11月1日刊行〕)、欧州航路や寄港地についての詳細な情報が記された「渡歐案内」(『日本郵船株式會社』〔1924年〕)、世耕弘一がベルリンに到着して降り立ったアンハルト駅の絵葉書などを展示しました。その中でも、伏見丸の縦断面図(『日本郵船株式會社創立三十年記念帳』〔1915年刊行〕収録)は、横長の紙面に船内設備が精密に描かれており、また、背景を赤く色づけされていることからひときわ目を引き、来場者にも強く印象に残ったようでした。
授業で見学に訪れた文芸学部芸術学科の先生も、伏見丸の縦断面図を教材に、学生に解説されていました。
第2会場の不倒館では、「留学の地ベルリン、そして鉄路による帰国」と題し、ベルリン滞在中から日本へ帰国するまでに関連する史資料を展示しました。世耕弘一が山岡萬之助氏に宛てた書簡(学習院大学法経図書センター所蔵の複写)には、出航直前に起こった関東大震災で焼失した日本大学の再建を日本人クラブで読んだ新聞で知って大感激したこと、ドイツの政治経済の事情、山岡萬之助氏のことが掲載された新聞を見て嬉しく思ったことなどが綴られています。その1年後に山岡萬之助氏に宛てた書簡や政治家岡崎邦輔氏が山岡萬之助に宛てた書簡(学習院大学法経図書センター所蔵の複写)、『南葵育英會會報第壹號』からは、予定通り給付されなくなった留学費用がどのような経緯で得られたかを知ることが出来ます。そこからは、ドイツで研究を続けたい世耕弘一の熱意と周囲の人々がそれに応えようとする様子が伺えます。また、当時のドイツに関係する資料として、ハイパーインフレの推移の表、1923年2月1日発行の100,000マルク紙幣(荒木康彦近畿大学名誉教授所蔵)、1924年当時のドイツ在住日本人統計数字表などを展示しました。今回、当室特別研究員荒木康彦名誉教授の丹念な分析により、世耕弘一の下宿先であるヴィルデ(Wilde)宅の住所が解明し、さらには、Googleストリートビューで現在も建物が残っていることがわかりました。世耕弘一の留学生活に思いを馳せていただくため、Googleストリートビューから採録したこの建物の写真も展示しました。
館内では、BGMとして世耕弘一が留学中にお世話になった恩師とも言うべきエミール・プリル(Emil Prill 1867-1940 フルート奏者)自身が演奏している音楽を聴いていただきました。
今回の特別展では、来場された方に楽しんでいただくためのクイズを用意して、2つの会場毎3問ずつ計6問のクイズ回答者に、本展オリジナル携帯用カトラリーセットをプレゼントしました。
クイズは展示資料やキャプションを見れば答えがわかるもので、答えを探すために1点1点資料をじっくりと見ていただけました。
最終日の10月17日(火)には、世耕弘一のドイツ留学に関する史料収集や研究の中心となった、当室特別研究員で日独交渉史の研究家でもある荒木康彦名誉教授による記念講演「世耕弘一のドイツ留学とその歴史的意義」をアカデミックシアターラーニングコモンズで行いました。荒木名誉教授は、日本人で最初にドイツの大学に留学したのは馬島(後に改姓して小松)済治であるという新説を提示して国際的に承認された研究者で、当室特別研究員として世耕弘一の研究にも取り組んでいます。本展では、展示品の選別やキャプションの作成などの監修を務めました。世耕弘一がドイツ留学に至るまでの経緯や、留学の地ベルリンの社会情勢などについての講演に、79名と席が足りずに途中追加したほど多くの方にご参加いただきました。記念講演の内容は、不倒館公式YouTubeチャンネルに公開している動画と、講演の内容を全文公開した記事からご覧いただけます。
2023年度の特別展は、当室にとって10年ぶりの大規模な企画展で、2会場で行うのも初めてのことでした。学内各部署の協力あって無事に閉会を迎えることができたと実感しています。特に第1会場となったアカデミックシアターの職員の皆さんには、準備前から会期中まで、様々にお世話になりました。また、史資料の展示に関しては、国内外の所蔵館様に複写と展示の許可をいただくことで、見応えのある展示会となりました。改めて感謝を申しあげます。
※特に所蔵者の記載がない資料は近畿大学所蔵です。
※特別展展示資料の解説を掲載していますので、「2023年度特別展〔創設者
世耕弘一 ドイツ留学100周年〕展示目録」もぜひご覧ください。
※平成25年(2013年)開催の「世耕弘一先生ドイツ留学90周年記念史料展示
会 ―東京からベルリンへ―」については、広報誌17号に、展示会の報告
と記念講演の概要を掲載しています。
文:広報室建学史料室
写真:特別展ポスター(左)、アカデミックシアター内第1会場(右上)、
第2会場の不倒館入口(右下)
(2024年9月30日公開)