末っ子は末っ子を知る
五月晴れの町は強風であった。町内のさゝやかな祭りに、自分は労務として行った。見渡す限りの新緑と老人。いわゆる限界集落らしい。祭りの出し物は中々に悲惨だった。地元の「アーティスト」が洗濯機の中みたいな音響に耐えながら、歌をうたっていた。踊りや太鼓、楽器の演奏…いずれも華やかなはずだが、聴衆は枯れ果てた老人だから、ノリとかグルーヴ感とかもうそういう次元を通過してしまって、ロックすら侘び寂びの状態だった。たださえ疎な席に風が吹き荒ぶので、ステージは世紀末のちんどん屋と化していた。
自分はぼんやりと仕事場に立って、道ゆく人にポケットティッシュを配ったり、子供を相手にクイズを出題したりして退屈しのぎをしていた。仕事をはじめて1時間くらいして、もういい加減飽きてきたので天然水を飲んで休んでいたら、向うから不敵な笑みを浮かべた怪しげなガキが近づいてきた。ふたりの姉に連れられたガキは自分の仕事場を見学した後、去って行った。
大概、子供は二種類である。他者に対して妙に馴れ馴れしいガキか、他者に心を閉ざして押し黙るガキしかいない。さっき来たガキは前者だった。大して高くもない花壇の塀に、手を使わずに登ってみせるのを凄いと思い込んで、「見ろ見ろ」と俺に言って来る。仕方ないので見てやってると、登り切った後「すごいでしょ?」と賛同を求めてくるので「何もすごくねぇよ」と教えてあげた。すると顔をタコ焼きみたいに膨らまして「ヴ〜」と言いながら突進して来る。これも仕方がないから、適当にお相撲のぶつかり稽古の要領で相手しておいた。ガキは数度の突進攻撃に満足したのか、立ち去った。
自分はまもなく立ちん坊に戻って、せっせとティッシュを撒いていた。すると、人混みの陰から駆けてくる子供がある。新規の太客かと思ったらまたさっきのガキである。全くがっかりさせやがる野郎だ。また水饅頭みたいな顔にグニグニの笑みを含んで近づいてきた。
「何やってんだ」
「うるさい」
「ヒマなんだろお前」
「ヒマじゃない!」
「お姉ちゃんに相手してもらえ」
「ヴ〜」
コイツは会話の仕方を知らない。何かバツの悪い事を指摘されたら、タイミングよく「ヴ〜」と言いながら突進すれば助かると思っている。他の大人はどうか知らんが、俺はそんな手は許さん。クソガキにだって説明責任を全うしてもらう。ガキは諦め悪く執拗にタックルしていた。きっと将来は花園でも目指すつもりなんだろう。
暫く練習相手になっていたら、それを見かねたひとりの姉がクソガキたる弟を回収しに来た。この姉は冷静だった。さすが普段からこのジャジャ馬を乗りこなしている騎手だけある。話を聞くに、父も母も今日は出店の番をしていて忙しいらしい。面倒をみるのはふたりの姉の任務だったが、弟の腕白ぶりに愛想を尽かし、ほったらかしにしたようだ。けれども、母の命令でやむを得ず回収に来たのだという。自分はこの姉が腕白小僧をどう手懐けるのか見ていた。なんのことはない、姉は小麦色の腕を軽くしならせたかと思うと、小僧の頭をシバきあげ「行くぞ、オラ!」と引き摺って行ってしまった。殆ど浦安鉄筋家族の世界である。
引かれていくガキがチラッとこっちを見る顔に、私は「末っ子」を深く感じとった。「あゝ末っ子の顔ができているな」と思った。仕事で親は相手をしてくれない、姉には匙を投げられる。かといって手伝いをするほどの集中力も忍耐もない。誰からも相手にしてもらえなくなって、ただ祭りの終わりを待つ閉塞感しかない孤独の顔だ。それは確かに、むかしの俺の顔でもある。あのガキは構ってほしいから「見ろ見ろ」と言うし、俺を見て「変なの!」と悪態もつく。俺が「お前の方がよっぽど変だよ」と言い返すと「バカバカ!」と喜びに滾っていた。
結局、ガキは姉から逃げ出して、また自分のところへ走ってきた。そして躑躅の花を毟ってみせ、「ブヘヘ」と汚く笑っている。「花むしんなって」と言うと益々嬉しそうに花を毟っていた。「花むしって何がいいの」と聞くと「気持ちいい」とだけ抜かしていた。
花をちぎるのに飽きると、今度は俺の靴に石を乗せる遊びを始めた。当然、こういう遊びは本気でやらねば駄目だ。俺はバックステップ、サイドステップ、ボックスステップ、サーカシアンステップと技巧を凝らしてガキの石攻撃を躱した。そして「子供は帰って寝ろ」とか「その攻めは通らない」とおちょくっていたら、業を煮やした小僧は「ヴ〜」をしてきた。私はプロレスを愛好する人間として、相手のこの攻撃をしっかり受け、吹き飛んでやった。
子供にとって大人はヒールなんだから、負けなければならない。負けるにしても盛大に負けねばならない。だからこそ子供を煽り、挑発する。怒りが沸点に到達した最高潮の攻撃を真正面から受け、相手を勝たす事に意義がある(何の?)。
夕方になって、自分は帰る時間になった。ガキは後片付けをする俺の横にずっとついていた。「俺はもう帰っちゃうよ」と言っても聞かなかった。去り際、ガキは「自分、名前なに?」と俺に問うた。俺は「さぁ」と言った後「お前名前なんだ」と聞いたら「ふふふ」とだけ笑って答えなかった。だからお互い名前を知らない。俺が車に乗り込んで「See you later〜」とふざけていったら、「何?バカ」と言いながら手を振っていた。自分があと20歳くらい若ければ、悪友になっていたかもしれない。
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