昔話なお宿 ~池~
前回はこちら。
古めかしい老舗旅館に、
泊まりに来た男性。
宿の独特なサービスに、
戸惑うことばかり。
果たして今回は…。
チェックインカウンター。
「もうお出迎えイベントはいいので、
お部屋案内してもらえませんか」
「承知しました。
さあ、こちらへどうぞ」
女将が指し示す右奥の扉からは、
西日が差し込んでる。
その扉を出ると、
手入れの行き届いた庭園になっていた。
「これはまた、綺麗なお庭ですね。
この渡り廊下も庭にマッチして、
とっても素敵です。
この先に…あれですか?
今日、泊まる部屋って」
「はい。
あれが本日、
ご利用頂くお部屋になります」
「いい雰囲気じゃないですか…あれ?
この渡り廊下、
途中で道がなくなってる…。
女将。
部屋へはどうやって行くんです?
この先、池しかないんですけど」
「どうぞそのままお気になさらず、
池の所々にある、
庭石を渡って行けば、
お部屋ですので、どうぞどうぞ」
「ちょ、ちょ、ちょっと!
何で私を、
先に行かせようとするんですか?
まさかこれ、
落ちるやつじゃないでしょうね?
しかもこの庭石の形…
変な突起がありますよ。
これは…サメの背ビレ?
因幡の白兎?!」
「さすがですお客様。
よくご存知で」
「拘りは結構なんですが、
あの背ビレ、すっごい邪魔です!
あの突起が、
着地面積を狭めてますし…」
パシャッ!
水面が激しく波立つ。
「え?!
ちょっと待って!
まさか!…
この池って…
本物…います?」
「さすがですお客様。
よくご存知で」
「ご存知で、じゃないでしょ!
落ちたらマジで、
ヤバい池じゃないですか!
何?
この池の水って海水なの?
いや!そこはどうでもいい!!
こんなの怖くて渡れないでしょ!!
これ洒落にならないって…
……!
あっ!そうか…わかりました。
ちょっとだけ、
昔話の雰囲気を味あわせて、
実は安全に客室へ行ける道が、
別にあるんですよね、女将?」
「ございません」
「嘘だろ!ないの!!
じゃあなに!
サメの池を仲居さんとか、
クリーナーの人も渡ってるの?」
「左様でございます。
ちなみにですが、
お食事は大宴会場で。
お風呂もお部屋にございませんので、
本館3階大浴場をお使い下さい」
「池越え3回、確定じゃないですか。
今から1回。
食事と風呂のために2回。
部屋に戻って3回…。
気軽にお風呂に行けないじゃないですか。
サメのせいで」
「あと、もうひとつ言い忘れました」
「まだあるの?!」
「お部屋にトイレもございません」
「死活問題!!
夜は?!
彼ら、夜の方が活発ですよね?
それは無理ですって!
それだけは何とかして下さい!」
「わかりました。
では業者に頼んで、
レンタルトイレを設置しましょう」
「これ今までの宿泊客、
どうしてたんですか?」
「皆様、喜んで帰られましたよ」
「物好きにもほどがある…」
スマホで連絡をする女将。
「はい、すいません。
わたくし、音霧荘の女将です。
いつもお世話になってます。
お願いがありまして…ええ…
当館の離れにですね…
レンタルトイレを、
設置して頂きたいのですが…
ええ…お客様の要望でした…
ええ……どうなさいました?…
思い出した?…今日はこれから……
徹夜で仕事が入ってた。
それは大変ですわね。
わかりました。
では、そういうことで。
……
だそうです」
「業者も、
サメの存在、知ってますね!」
つづく。