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『九年目の魔法』の絵の話し
絵って不思議だ。
奥行きもないただの平面なのに、それを描いた人の気持ちだとか、性格だとか、力が宿っているように見えるから。
『九年目の魔法』ではこの「絵」に魔法の力が込められている。
リンさんとポーリィが出会ったお葬式の日。
2人はリンさんが貰うことになっているハンズドン館の絵を、一緒に選ぶことになる。
右側の壁にはもらって良い絵
左側の壁にはそうではない絵
二つの種類の山があるけれど
ポーリィは右の山より左の山のほうが
ずっと面白いものばかりだと思う。
そこへ美しくて怖いローレルがやって来る。
意地悪なローレルにポーリィは何だか怒りを覚え
二人が話している隙に、そっと両側の絵を混ぜてしまう。
「美しい中国の馬」
「悲しげに海辺に立つ数人のピエロ」
「ヴァイオリンを弾く人たち」
「巡回遊園地」
「緑と陽光で一杯の森のピクニック」
そして、「火と毒草」
リンさんが選び出したのは
ポーリィが目をつけた、左の壁にあったものばかりだった。
ポーリィは十九歳になったときこう考える。
贈り物の力は、トムが貰うことを許されていた絵 -安っぽい二流の絵ー を通じて発揮される予定だった気がする
あのとき右の壁には「祭壇の前で祈る若い騎士」や「男を水の下へ運んでいく人魚」の絵が置かれていた。
ポーリィの予想通りだと、本当はこれらを通して魔法が働き、リンさんは9年に一度の犠牲になるはずだったのだ。
若い騎士の絵がどう働くことになったのかはよく分からない。けれど、人魚の絵は最後のプールでの対決のイメージをたたえている。
ポーリィが介入したために、ローレルの当初の計画は失敗したのだ。
それでもなお絵の作用は働き、その内容は物語の重要なシーンで具現化される。
リンさんが手に入れた馬
立ち上げられた四重奏団
魔法がかかったかのように演じたピエロ
リンさんが怪我を負うことになる巡回遊園地
そして9年後に訪れた魔法のかかったハンズドン館の風景は、火と毒草の写真のようだった。
これらの場面には必ず、リンさんと、ポーリィ、そしてリーロイさんはじめとするハンズドン館の人間、その三者が関わっている。
結局、間違った絵が持ち出されたことはローレルの知るところとなり、いくつかの絵は彼女の元へと返される。
馬を手に入れるために売ってしまったピクニックの絵も、どうやら買い戻されてしまったようだ。
それでもリンさんの手元に残された絵が二つ。
「中国の馬」と「ヴァイオリン」の絵だ。
この二つは、最後の対決でリンさんにとって「本当に自分のものと言えるもの」とされた、馬ぐるまと四重奏団を表している。
リンさんが限られた力を集めて手に入れた大切なものたち。
こればかりは、ローレルも手出しが出来なかったのだろう。
一見ちょっとした小道具に見えるものも「九年目の魔法」では重要な役回りを与えられる。
ハンズドン館から持ち出された「絵」は、魔法を媒介するためのアイテムだったのだ。
そしてこの物語を読むと、家に何気なく飾ってある写真や絵にも、ひょっとして魔法の力が宿っているのかも知れない、なんて考えてしまう。
現実と魔法の境目を曖昧にしてしまう物語。
それが『九年目の魔法』である。
【この文章は、早大児童文学研究会刊行「九年目の魔法評論集」、[絵画]の項目を加筆修正したものです】