迷子の迷子の、おばあちゃん
祝日の昼下がり。
ベットに寝っ転がりながら、本を読んでいるとチャイムの音が。
\ピンポーン/
このチャイムの押し方は友達に違いない。
宅配か宗教の勧誘であれば、もう少しゆっくり、
\ ピィンポォーン /
とベルを鳴らすはずだ。
チャイムの音の長さと心理的な距離は比例する、と昔小学校で習った気がする。
友達が一切連絡も無しに訪ねてくるということは、スマホが何らかの事情で使えなくなり、連絡手段が途絶えたか、よっぽど気が参っていて連絡する気もうせているかのどっちかだ。
どちらにせよ、相談に乗る時間が必要なので、気構えをした。
最低でも1,2時間くらいはかかるだろうな。
ドアの前にいる人物に時間をかける覚悟をして、ドアを開けると、
そこにはおばあちゃんがいた。
それも、実祖母ではなく、全く知らないおばあちゃん。
驚きもしたが、逆に納得もした。
なるほど、おばあちゃんなら心理的距離が近いのも納得だ。
話を聞いていると、ある物件を探しているらしい。
息子の友達がここらで最近アパートを買ったらしい。
息子の友達?
ほぼ、赤の他人じゃん。
ウミガメのスープ、水平思考クイズをしている気持ちになってきた。
その疑問をそのままおばあちゃんに告げて、その息子の友達にどんな要件があるのか聞いた。
息子に行ってほしいと頼まれたから来ている。
実際に行って具体的に何をすればいいのかは知らないらしい。
息子さんは出張で実家におらず、電話番号も最近変えて、おばあちゃんは把握していない。つまり、息子さんとの連絡手段はない。
いろいろ事情は聴いてみたが、結局、目的はわからないし、わかる術もないらしい。ただただ目的地に到着したいらしい。
おばあちゃんから聞き出したその目的の物件に関する情報は三つ。
①3階建て以上
⓶町内にある
⓷築30年~40年
④セブンイレブンの近く
この条件を満たす物件を探して手当たり次第にチャイムを鳴らして回れば目的地にたどり着く。
おばあちゃんから情報を聞き出して、その情報にマッチした物件を探しているのは、なんだか探偵気分でたのしかった。
一つ、それっぽい物件を見つけた。
築33年で三階建て。セブンイレブンまで徒歩3分。
グーグルマップを見せルートの説明をした。
そのアパートはすぐ近くにあるはずだが、おばあちゃんは土地勘がなく、場所がよくわからないみたい。
おばあちゃんが迷子になってはいけないので、その物件の目の前まで連れて行ってあげることにした。
その道中で息子さんのやお孫さんの話を聞いた。
「息子は娘と違って親に何にも教えてくれないからいやねぇ。」
今のおばあちゃんの境遇は一般的な「何にも教えてくれない」とはちょっと違うよな。と、思いながらも耳が痛いことを自覚した。
どうして見ず知らずのおばあちゃんには優しくできるのに、親には冷たくしてしまうのだろう。
そんなことを考えていると、お目当てのアパートにたどり着いた。
さすがにこれ以降はついてこなくて来なくていいと、若干拒否されて、僕の任務は終了した。
その後、家に帰って再びベットに寝ころび、今度はYouTubeで「Amoung Us」の実況を見ていた。
シークバーが半分くらいまで行ったところで、チャイム音が響いた。
\ピンポーン/
あのおばあちゃんのチャイムだ。
重い腰を揚げゆっくりと玄関に向かった。
\ あたし! あたしよ! /
ドアを開ける前から、おばあちゃんはしゃべりかけてきた。
もし僕が出かけて留守にしていたら、人の家のまえで独り言を言う変な人になるよなあと考えながら、ドアを開けた。
はいこれ!
おばあちゃんから渡されたのはお菓子とバナナとキャベツ。
え、なにこれ。
いいんですか?
ありがとうございます。
そういえば、お目当ての物件は見つかりましたか?
いいのよ、きっとなんとかなるから。
なんとかなる。ということはまだ、なんともなってないということだ。
それだけ言い残しておばあちゃんは颯爽と消えていった。
ありがとう。おばあちゃん。
バナナとキャベツをくれたのはきっと、一人暮らしで少しでも健康に気を付けるんだよってメッセージだよね。
僕はこのキャベツを糧に生きていきます。
ありがとう。おばあちゃん。
息子さんと仲良くしてね。