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怪談10 人神

優秀な行いをした人物を祀るため、または、怨みより祟りをなす人物を鎮めるため、神として信仰するようになったもの。これを人神(ひとがみ)と言う。

昔々、まだ20代だったころ。一人の女性がおりました。溌剌とした、私より一回りほど年上の方でした。

もともと不思議なものが好きな方で、初めはいろいろな神社を巡りながら御朱印を集めるのが趣味というほどの穏やかなものでしたが、ある時期を境に言動がおかしくなっていきました。

共通の知人曰く、ある信仰宗教のなかで、集団で囲まれて霊能力があると褒めそやされたらしく、それ以来目に見えない世界に傾倒してしまったようだとのこと。

親しいわけではなかったものの、元の明るい人格が好きでしたので、直接的ではないにしろ、少し距離を置いて日常を楽しんでみてはと伝えていたのですが

日に日に態度が悪くなり、私は疎遠になりました。人伝で聞いた話では、ご家族も見かねるほどになり、入院されたそうです。

その方の様子がおかしくなり始める前。何をしていたのかと言いますと、ある人神様をお祭りしている神社で、あまり良くない振る舞いをしながら神様に話しかけ続けていたそうです。

その神社にいらっしゃるのは、古くからそこに生きておられた方で、土地の守りとして今もお祭りされている女性の人神様。

詳しくは避けますが、神様の土地に足を踏み入れ、自分を受け入れろというような言動は、どのような願いがあったとしても容認される場所ではありませんでした。そもそも、余所者が願いを呟いていい場所ではなかったはずです。

私自身も、歴史的な意味で興味はありましたが、なぜか足が向かず。ただただ、何だったのかなぁ・後味が悪いなと思いつつ日々を過ごしていました。

しかしある時、その神社の近くを通ることになり、ちょうど同乗していた共通の知人と、彼女のことが話題になりました。

なんとか出来なかったものかな、という話をしていた、その時です。

運転していた私の首から、深くかけていたはずのフックが外れて、膝の上に落ちました。

特殊な金具で、自分で細工をしていたものなので、運転の腕の動き程度で落ちることは考えられず。瞬間、『手を出すな』ということだと感じました。

誰かや何かを助けられたらという想いは、上から目線のエゴだったのかもしれません。そして、それが神として祀られる神様相手ならば尚のこと。振る舞いを間違え神様を怒らせたのだとしたら、ある意味では神様の(そして、それを守るものたちの)獲物とも言えます。

それに横槍を入れるなら、お前も許さないという、静かな何かからの警告だと感じました。

それを同乗者に伝えると『そうかもね。鳥肌が止まらないから、この話はもうやめよう。』と、以来、彼女の話をすることはなくなりました。

その後のことは、誰も分かりません。

神様は怖いものなのだということを、この時に学びました。

人神様は、敬うもので祀るもの。

特に土地と縁の深いものは、土地に生きる人を守りながら静かに眠っているのだから、邪魔をしてはいけないと。私の中では、そのような存在になりました。

霊が見えるだとか、神様を感じる体質だとかは、何も特別なものではありません。人より目がいい・人より足が速いのと似たようなもの。自然の中で生きていたり、繊細な感覚を使ってお仕事をされる方の中には普通に根付いているもので。

特に、季節の巡りと祖先を意識する日本の文化に触れている人であれば、誰にでも大なり小なり備わっているものだと個人的には思っています。

それを特別だと煽られ喜んでしまう・神様を敬愛していたら何をしても許されると思い、同じような人達に囲まれることで幸せを見出そうとしてしまうようなときは、注意が必要なように思います。

それがただの精神病であれ、目に見えないものの作用であれ。不要な刺激を避けることで、守れるものもある…かもしれない。

人間と神様は違います。ましてや、人神と自然神も違うもの。それぞれにルールがあり、一線があり、気安く触れてはならないからこそ神様なのではないでしょうか。

神様、妖怪、幽霊に呪い。人怖にUMAにUFO。

オカルトの世界は、縦にも横にも広がる楽しい世界。だからこそ、その分帰るところが必要な世界。

その中で踏み外すことがないように、注意しながら生きていけたら…というお話でした。


ちなみに、私は象徴としての幻獣や、山と人とのつながりとしての、妖怪たちの世界が好きなだけ。心霊現象より民族史が好きな、ただの絵描きです。

霊感はありませんし、霊視もしません。何もできることはありませんので、困りごとがあれば近しい神社に尋ねるか、生業とされている方を頼ってください。

その代わり、見えない世界を大切に、不思議な話を記しつつも、後味の良い縁起の良い絵を描けたらと思います。

見える世界と見えない世界、その曖昧さがある、古臭い日本が好き。人の都合が行き届かない時代を想いながら、その中に宿る救いのようなものを描けたら…。




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