来るべき臨床のための抜書ノート
いつか良い臨床がしたい。と、常に思っている。
良い臨床とは何か。単に知識や技術力があるということではないんだと思う。
少なくともわたしにとっては。
16歳から同じ仕事を続けている。他に色々回り道もしたけど、結局この仕事を一生続けるんだろうなぁと思っている。人生の早い段階で天職に出会えた自分の運の良さに深く感謝している。
臨床とは到底呼べない拙さだけど、多くの人を相手に一対一で向き合ってきたつもりだし、これからもそうするつもり。
わたしより技術が高い人はこの世にウン十万人いるのに、リピートし続けてくれる人たちがいる。
その人たちに共通するのは、
施術中に、深い会話・ことばを介してエネルギーの交換をしたことがある、
ということだなと気づいたのはいつだったか。
臨床は人と人が顔をつき合わせることから全てがはじまる。
そこで必要なのはことばだ。
わたしは今、ことばを採集している。
それはまるで、ちっぽけなボートに乗りこんで広い海に飛び出す幼い航海士のようだ。
別に何をするというわけでもない。ただ、網はなるべく大きなものを用意する。
やっているのは、網を広げてただ待っているだけだ。潮の流れの赴くままに流されて、ふわふわとあてのない旅を続けている。
人間はことばによって飛翔する。
私たちはことばを学び、ことばを使い、知識を増やし、経験を積み、思考を深め、視野を広げ、自らをさまざまな限界から解放することができる。
これは単に臨床云々に限らず、人生において言えることだと思う。
ということばに出会って、わたしのことば採集の情熱が燃え上がった。
わたしの情熱を掻き立てたのもまた、ことばである。
そして、人間にいちばん効くクスリはことばなのではないかと思う。
たった一言のことばで、その人の痛みを取り除くことができる。
たった一言のことばに、その人の人生を変える力がある。
たった一言のことばで、絶望に陥れることもできる。
たった一言のことばを耳元で囁くことで、相手をエクスタシーに導くことだってできる。
ことばのドレスで着飾れば、自分を魅力的に魅せることもできる。
ことばで相手を自分に依存させることもできる。ホストは、ハンサムな顔でことばを売る商売なのだと思っている。相手が欲しいことばをその時その瞬間に的確に投げ入れることは、並の能力ではなかなかできない。
脳にとっての麻薬は、ことばの快楽なのかもしれない。
ネイリストという職業は近々AIに奪われてなくなってしまうという意見も耳にするが、私は決してそんなことはないと思う。
丁寧な甘皮処理をしてもらいながら、あーだこーだとことばを交わす。それは、ただ爪が美しく磨かれて色づけられ、石などで飾られるという、目に見える結果以上に大きな何かがそこにある。
これはどの業種にも言えることだと思う。そこにことばを介したエネルギーの交換がある限り、その仕事がAIに代替される日は遠い。
だからわたしはことばに拘って、取り憑かれて、ことばが上手な人が好きで、そして来るべき臨床のために抜書ノートを書き続けているような気がする。
〈ことばと臨床を巡るおすすめ書籍〉
・漫画「言葉の獣」 鯨庭
・新しい医療のかたち いのちはのちのいのちへ 稲葉俊朗
・ひとのこころとからだ いのちを呼びさますもの 稲葉俊朗
・坂を見上げて 堀江敏幸
・こころの旅 神谷美恵子
・中井久夫全集