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10/19 日記「あっちゃん」
ここ最近は大学で、いよいよ心理学専攻らしい内容に突入してきている実感がある。
そこで関連して今日は、
『臨床日記』
という、7000円もする臨床心理学の専門書を読んでいた。
フェレンツィはフロイトの一番弟子だ。精神分析の症例が豊富に載っていて、非常に勉強になる。
その中に、
[暴力に耐えやすい状態をもたらすのは、自己放棄によってもたらされる完全なリラクゼーションである。失神している人は暴力に対して抵抗することができないので、覚醒している人に比べ、器官、組織が柔軟になり、骨はしなやかに折れにくくなる。酔っ払いは意外に大怪我をしにくいのだ。]
[子供が圧倒的な攻撃に見まわされた結果は「精神の放棄」である。そのとき子供はこの自己放棄(失神)を死だと完全に信じている]
と言った内容の記述があり、ここで私は「何か」を思い出した。
脳内で奥底にしまい込まれていた記憶の引き出しが開いた感覚があった。
そうだ、昔読んだ本にそんなような内容の物語があった。
出た、この本の点と点が繋がっていく感じ。私が本を読み続ける一番の理由であるとも言える、人生で一番好きな瞬間だ。
さて、嬉しくなって記憶の糸を手繰り寄せる。
・図書館で借りて何度も繰り返し読んでいた短編集に入っていて、その話が1番好きだった
・同時期に森絵都「カラフル」も読んだ気がする
・サイズは文庫本サイズだった。ブックカバーをかけて読んでいた
・女の子が血の繋がらないお父さんから暴力を受けてて途中から幽体離脱しちゃう、みたいな女の子目線の記憶
→私は感情移入してて泣いてた。
・墓地の横を歩いてるイメージの記憶
・女の子の名前は、「あ」から始まった気がする。確か、ああちゃん、みたいな…
・「ああちゃん(仮)がわるい子だからいけないんだよね、だからごめんなさい、おねがいだから…………」みたいなセリフがあった気がする
↑必死に思い出して絞り出したのがこの記憶である。非常に抽象度が高い。タイトルも表紙も作者も全く思い出せない。
でもまだ諦めるのは早い。ここからわかることはいくつかある。
①まず、図書館で繰り返し読んでいたということは私はこの本を所有していなかった。そして繰り返し借りられるということはそこまで大人気の本でもない。
②森絵都『カラフル』の黄色い表紙とこの『ああちゃん(仮)がしんじゃう話』を同時に借りた記憶は何故かはっきりしている。死にまつわる話だったので関連づけて読んでいた。
そして、それが『カラフル』であるということはとても良いヒントになる。
私の、小学校の2〜3年生の頃の話である。
当時からとんでもない本のカビだったので、学校にある低学年向けの物語を端から端まで全部読み切ってしまい、飽き飽きし出した頃に手を出したのが『カラフル』だった。
内容が輪廻転生、レイプ、援交、等々なかなかダーティーな内容だったものだから、母親が当時の担任に「この本はまだこの年の子には早すぎるのではないでしょうか…」と相談した、というエピソードが未だに語り継がれているのだ。
ちなみに担任の答えは
「小学校の図書館に置いてある本なら、司書さんが厳選して選んだものでしょうから、「読んではいけない」と制限しなければいけないほどではないのでは…」
だったので、結局母親は、このいささか早すぎるとも思えるような物語を私に読ませてくれた。
今思えば、私の死生学への興味はここから生まれているような気がするので、母親と担任の先生には深く感謝している。
よって、小学校高学年〜向きの話であったと推測できる。
③ブックカバーの記憶も、これを小3で読んでいたことの裏付けになる。私がブックカバーというものを使うようになったのは、9歳の誕生日にアリスの絵のついたカバーをプレゼントされてからのことだ。これも確実な記憶である。
とここまで思い出してふと我に帰る。
こんなに当時の状況をありありと思い出したとて、「尼崎が小3の時に読んでいた本」などとネットで叩いてもタイトルは出てこないのである。当たり前だ。
本の内容にフォーカスして思い出していかないといけない。
④私はその時、「ああちゃん(仮)があまりにもかわいそうだ」という感想を抱いていた。ああちゃんと当時の年はそんなに変わらなかった。ということは、ああちゃんは8歳くらい。
というわけでGoogle先生に聞いてみる。
「ああちゃん 虐待 子供向け 短編」
「ああちゃん 死んじゃう」
「ああちゃん おばけ」
「ああちゃん 幽体離脱」
「ああちゃんがわるいんだよね、」
「かわいそう ああちゃん」
「ああちゃん おとうさん なぐられる」
「ああちゃん 小学生」
「ああちゃん 8歳でしんじゃう 短編集」
思いつく限りのワードを片っ端から検索をかけてみる。
ところがそれらしきものは何もヒットしない。ビリギャルのママの「ああちゃん」と、現実に起きた痛ましい虐待事件が出てくるだけだ。胸が苦しくなってくる。
いや待てよ、本当にああちゃんだったか…?
音の響き的には「ああ」じゃなくて「あー」の可能性もあるんじゃない…?
というわけで全てのワードを「あーちゃん」に変えて再検索してみる。
…何も出てこない。Perfumeの「あーちゃん」の記事がひたすら出てくるだけだ。
煮詰まった私は立ち上がって、そこら辺を行ったり来たりしながら考えることにした。
ああちゃん、あーちゃん、ああちゃん、あーちゃん、ああちゃん、あーちゃん…
足取りが早くなる。
ああちゃん、あ〜ちゃん、ああちゃん、あーちゃん、あちゃん、あ、あ、ああああああああああ
「あ」のゲシュタルト崩壊を起こしそうになった時、
ふと私の脳内にこの曲が流れ始めた。
「さっちゃんはね、サチコっていうんだほんとはね、だけど…」
………さっちゃん?
………あっちゃん?
あっちゃん!!!!!!!!!
そうだ、主人公の名前はあっちゃんだ。
当時、クラスでは「さっちゃんの童謡の4番以降が怖い」という都市伝説が流行っていた。
きっと無意識に、お化けになってしまうあっちゃんとさっちゃんを結びつけて考えていたのだろう。
人間の脳味噌というものは改めて非常によく出来ている、この時思った。10年前に無意識下で脳内に流れていた曲が、10年後にまた流れるなんて。
さぁ、あとは話が早い。Google先生に聞いてみよう。
「あっちゃん かわいそう」
…前田敦子と勝地涼の離婚話しか出てこない。
「あっちゃん しんじゃう」
…乙女ゲームしか出てこない。
「あっちゃんが悪い」
…今度はオリラジの方の「あっちゃん」しか出てこない。
「かわいそうなあっちゃん 短編」
…………何も出ない。
諦めて一番下までスクロールした瞬間、目が止まった。
《未成熟な大人が子を持つ不条理と、あっちゃんの健気さに涙。親の愛に飢えた少女の物語「ぞんび団地」》
!!!!!!!!!!!!!!!!!!あった!!!!!!!!!!!!!!!
こちらでした。
この本に4番目に収録されている
「ぞんび団地」
という雀野日名子の短編でした。
「トンコ」という短編集にも収録されているようなので、早速Kindleで購入して読んでいますが、
懐かしさ、思い出せた嬉しさ、点と点がつながった爽快感、かわいそうすぎるあっちゃんへの感情移入
涙が止まりません( ; ; )( ; ; )( ; ; )
10年前になんとなく読んでいた本が、現在読んでいる学術書と繋がるなんて面白いこともあるもんですね。
長々とお付き合い頂き、誠にありがとうございました。ではまた。