冷えたての空、あり〼【11月】
夜が長く、日が短くなりましたね。
朝は6時半をすぎないとお日様がいらっしゃらないので、起きるのがつらくなってまいりました。
そして16時半にはお日様はいなくなってしまうので、お散歩の時間を早めることにしました。
みなさんどうもごきげんよう。毎月恒例、全裸を晒すお時間です。
今月は正直忙しかったです。年に1回の通学期間がありまして、5日間高校生をやってまいりまいした。これでも一応現役なので、やってくるという表現は可笑しいですね。
それから、大学の面接授業が二日間。
朝から晩まで、ずっと授業。
そして課される、怒涛のレポート提出。
こんなに大学の用事と高校の用事が連続することは今までなかったので、かなりハードでした。
『同時並行やってる感』
は実感できたのでまぁ良しとしましょう。
それから、講師を務める「死生学ワークショップ」もいよいよ本格化してまいりました。
想像以上のスピードで進んでいて、私自身も驚いています。今回は、
第一回「一人称の死」
第二回「二人称の死」
第三回「三人称の死」
というような構成で作っております。もしご興味がおありでしたら、ご参加くださいませ。ゼロ高公開授業として、無料でご参加可能です。
そんなこんなで、今月はあまり読書に本腰を入れていなくて、131冊という先月に比べると随分見劣りする数字になりました。何度でも言いますが、本の単位は冊ではないので、多く読めばいいと言うものでもありません。
ではでは早速、よき本のご紹介に入ってまいりましょう。
【現代思想からの動物論 戦争・主権・生政治】 ディネシュ・J・ワディウェル
ぜひとも以前ご紹介した『荷を引く獣たち 動物の解放と障害者の解放』
と併せて読むことをお勧めします。
「私たちの生活は多種生命の支配・統制・殺害を土台としており、その暴力は資本蓄積の前提条件であるばかりか、人間を人間たらしめる種の規定条件ですらある」
動物倫理、一生かけて考えていくべきテーマだと考えています。
これを読みながらふと、人間に食べられる運命にある「食用豚」目線で描かれる短編【トンコ】雀野日菜子 を思い出しました。
【本を弾く 来るべき音楽のための読書ノート】 小沼純一
これはもう、わたしが目指す最終形でございます。かつてこんなに感動した書評集があっただろうか?
著者は音楽家で、「弾く」という表現は本からの引用の「引く」と掛けているんですね。とにかく引用が巧みで。
22冊分の書評が詰まっているのですが、その22冊の読書をしたのと同等、もしくはそれ以上のものを得られます。
実は、私は比較的本を読むのが早い方なのですが、これは1冊で1日かかった…。そのくらい質が高いのです。
『文字を介さない思惟がある。どんなものかよくわからない。 すくなくとも、浮かんでは散らばってゆくのをことばそのものは描けない。目で文字を、文字のならびを確かめ、たどりながら、 はじめてつながりがわかってくる。声だけだとたどりにくく、聞き間違え、戻れず、確かめられないし、声音に気がいってしまったりして、つぎつぎ忘れてしまう。 まなざしと手、指は、混沌をことばに変換し整序し、文字とする。こぼれおちるものはたくさん あるが、かろうじて書きとどめて文字となるものがある。 わたしはこれを読む。読むのだが、そのときどきの読み方をしている。年齢や年代、環境、気分、体調、ふれたもの。 ふれなかったもの、人と交わしたことば、数えきれない要因が陰に陽にはたらく。二十世紀、十代、二十代、三十代で出会ったものがあり、ときに読みかえし、ときに何度も読みかえしたものがあり、二十一世紀も二十年近く経ってもまだ、まだ、読みかえすものがある。そのあいだにもわたしのさまざまは変化し、 読み方が変わっている。変わりつつある。変わりつつあるなかで、 それじたいは変わらないもの、変わらずにこちらに刺激を与え、 揺さぶり、勝手に別なところへと誘ってくれることばたちをあらためてそばに寄せ、いまのところから語ってみようと試みる。』
プレリュードがこれです。
悪いことは言いません。お手に取ってみてください。いつかこのような質の高い読書ノートを書いて見たいものです。
【インドで考えたこと】 堀田善衛
すっかり堀田善衛にハマってしまいました。これも高野悦子が実際に読んでいたもののひとつです。(高野悦子ってなんやねん、という方は先月の記事をご参照ください。)
インドで考えたことは旅行記です。1956年に堀田がアジア作家会議に出席するためにインドへ行き、暑すぎて「考えること以外やることがない」ため考えたことが綴られ、読んでいるだけで猛烈にインドに行きたくなります。大変楽しいエッセイです。万人におすすめ。
【赤い魚の夫婦】 グアダルーペ・ネッテル
メキシコ文学です。きっと賛否両論別れるんだろうなぁという感じの本です。私は大好き。
本書は、微細な心の揺れや、理性や意識の鎧の下にある密やかな部分を、人間と共にいる生き物を介してあぶりだす、新感覚の五つの短編小説集。「赤い魚の夫婦」ではパリの夫婦が観賞魚に、「ゴミ箱の中の戦争」では少年がゴキブリに、「牝猫」では女子学生が牝猫に、「菌類」では二人のバイオリニストが菌類に、「北京の蛇」では劇作家が蛇に、出会って「意味」を見出だす。生き物はただ生きているだけなのだが、出会った人間が自己投影をするため、そこに濃密な意味が発生してゆく。そして、「象は死期を知って姿を消す」ような、人の為の物語が生まれるのだ。
私はこれを読んで、小2の運動会の日、帰宅すると水温が40℃まで上がり、30匹以上いた熱帯魚が2匹残して全員死んでしまったことを思い出しました。その2匹は生命力がとても強くて、11年も生き、水越しに私の成長を見守ってくれていたことも。
【『死者』とその周辺』】ジョルジョ・バタイユ 訳吉田裕
全然万人におすすめできません。死を前にしたときの人間の性。エロと死の関連性、所謂「小さな死」について。
『裸体、尿が迸る割れ目、排泄物の周辺、それらは、昇る太陽が一日を告げるものであることと同じ関係を、死に対して持っている。
「小さな死」の持つ淫蕩さは、その時々の瞬間に私のうちで「大きな死」の恐怖を告げる。神は私を、地中の腐敗から救うに劣らず、糞尿まみれの裸体から救ってくれる。』
バタイユの中でもなかなかレベチなものを大変わかりやすく訳してくださっているので読みやすくはあります。
ただ万人にお勧めできる内容ではないので悪しからず。
【『罪と罰』を読まない】 岸本佐和子 吉田篤弘 三浦しおん 吉田浩美
「罪と罰」は非常に有名ですが、読んだことがあって、自信を持って読んだと言える方は少ないかもしれません。
とにかく登場人物が多くて、難解。なかなか手を出す気になれない。いつか読まねばいつか読まねばと思うものの、読めていない。私もそんな一人でした。
しかしこれは、罪と罰を「まだ読んでいない」有名作家4人が、未読座談会と評して、罪と罰のストーリーを好き勝手に推理し話し合うのです。これが非常に面白くて!!!登場人物に因業ババアとあだ名をつけたり、主人公をはちゃめちゃにディスったり。抜粋してみんなで読むページを自分の誕生日やゴロで決めたり、終始楽しそうで本当にウキウキします。
どなたか一緒に「未読座談会」やりませんか?
【胎児の世界】 三木成夫
【本を弾く】で大変面白く紹介されていて読みました。
STANDARD BOOKS 【いのちの波】とセットで読むとより良いかなーと思いました。
赤ん坊が、突然、何かに怯えて泣き出したり、何かを思い出したようににっこり笑ったりする。母の胎内で見残した夢の名残りを見ているのだという。私たちは、かつて胎児であった十月十日のあいだ羊水にどっぷり漬かり、子宮壁に響く母の血潮のざわめき、心臓の鼓動のなかで、劇的な変身をとげたが、この変身劇は、太古の海に誕生した生命の進化の悠久の流れを再演する。それは劫初いらいの生命記憶の再現といえるものであろう。
最近読んだ生物系の中で最も面白い!お勧めです。
【慈悲深き神の食卓】八木久美子
何を食べるか、どう食べるか…習慣として取り入れられた宗教の形を知るのに、「食」という観点から見る試みは非常に学びが多く、面白く感じます。特にラマダーンや豚食を禁じるイスラム圏においては特筆すべき事柄も多いです。
『食べることは、神と向き合うこと。』
まさにその通りかと。
きっと諸外国から見ても日本食は特筆すべき点が多いことでしょう。私的には今度、日本の精進料理について研究してみたい所存です。
「ラマダーン月に食費が増える」何故なのか知りたい方は是非。異文化を知ることは、自分の世界を広げる上で最も重要であると私は考えます。
【贈与と交換の教育学】 矢野智司
教育学というタイトルがついていますが、かなり死生学要素が強く、今月一番面白かったです。
『殉死というのは、自己を照らしだしている贈与者としての聖なる他者の死に、自己を殉ずること。殉死するものの自己のうちには聖なる光がない。光を持たない。』
というのはもうまさにです。かつて扱った教養講座「武士イン・ザ・スカイ」では、伊達政宗が死んだ時に20名、細川忠利が死んだ時には19名が殉死したことに触れ、殉死するものの特徴として
・主君と男色の関係にある者
・寵愛されて出世した者
・主君に声をかけられただけで感激した「かぶき者」的性格を持った者
が挙げられる、とご紹介しました。かなり一致しますよね。
さらに、タイトルにもある通り贈与と関連してくるのですが、贈与関連で言うとこの辺りも読むと良いですよね。
①【贈与論】
②【贈与と聖物 マルセルモース「贈与論」とマダガスカルの社会的実践】
③【贈与の系譜学】
夏目漱石の【こころ】に登場する「先生」がいますね。
「先生」は明治天皇に殉死した乃木希典に強い影響を受けています。これは教養講座「古今東西死に方マニュアル」で扱いました。
この本では、「先生」は未来に向けての贈与のために死んだ、と述べています。
「先生」に残された「私」は、何故「先生」が死を選んだのかを人生をかけて問わざるを得ない。「先生」も、死の意味を「私」が生きた教訓として真面目に理解してくれることを期待している。
「私の鼓動が停まった時、あなたの胸に新らしい命が宿ることができるなら満足です。」
贈与としての教育は、死によって駆動されている。こんなに興味深いテーマがあったことでしょうか。
【遠慮深いうたた寝】 小川洋子
まるで陶器のような美しい本。小さい頃、「たからばこ」にするために綺麗な缶や陶器の入れ物を捨てずに取っておいていたことを思い出します。いつしか私も大人になって、大半のものは捨ててしまいました。
小川洋子さんの、子供や生物に対する優しい眼差しは本当に素敵で、
幸福な子どもがすぐそばにいるだけで、幸福を分けてもらえる。自分以外の誰かのために祈りたい気持ちになれる(「幸福のおすそわけ」)
というフレーズがグッと来ました。私もいつか、ミュージカルが趣味の素敵な大人になりたいなぁなど。
【いのちとリスクの哲学 病災害の世界をしなやかに生き抜くために】 一ノ瀬正樹
私の大好きな一ノ瀬正樹先生でございます。
東日本大震災から10年。私たちは、新型コロナウイルス感染症という新たな問題に直面しています。恐怖や不安をあおることばが影響力をもち、自粛警察による私的な取り締まりや、医療従事者への差別など、震災時と似た過ちがふたたび繰り返されています。今こそ震災の悲劇から学ばなければなりません。
重要なのは、過度に恐れるのではなく、「正しく」恐れること。そのためには当然、起きている事態を正しく知る必要があります。震災直後から原発問題に真摯に向き合い続けてきた著者が提起するのは、正しい知識をもってリスクと向き合い、ときにはそのリスクを受け入れるという生き方。「いのちを大切にする」、「ほんの少しでも危ないと思われることはしない」、こういった一見当たり前のスローガンに潜む欺瞞と錯誤を、いのちとリスクの観点から哲学的に明らかにし、混迷の世を「しなやかに生き抜く」すべを探ります。
「知識を得ようと努めてみること、それこそが、[...]どんなときでもしなやかに生き抜いていく力を得るひとつの道程なのではなかろうか。」(「まえがき」より)
もう、まさにまさにまさに、これです。私が常々思っていることです。講座やワークショップでたびたび申し上げていますが、正しい知識を持った上でないと何も始まらないのですよね。無知からの偏見差別ほど愚かなことはない気がします。
思考が停止してしまっている多くの現代人に、是非手に取っていただきたい。
一ノ瀬先生は、難しい内容を、品質や情報量を下げないギリギリのラインまで噛み砕いて優しい日本語で語ってくださるんですよね。いつかこのようなレベルの文章を書けるようになってみたいものです。夢のまた夢ですが…
【サトコとナダ】 ユペチカ
最後に漫画も紹介しましょう。【慈悲深き神の食卓】と関連してこちらも。
(今月イスラーム関連書籍が多いのは、大学の提出課題で3000字のイスラームに関するレポートを書かなければならなかったからです。無事に単位認定されますように🙏)
それはさておき、日本人留学生のサトコと、サウジアラビアからの留学生のナダがアメリカでルームシェアをする物語なのですが、食事をするときにハラールを気にしたり、お互いがお互いの文化を尊重しあってだんだん絆が深まっていくストーリーがとても良いのです。
『このマンガがすごい!2018』ではオンナ編第3位にランクインしていますね。
イスラム圏の女性が着るヒジャーブ(全身を覆うベールのようなもの)にも色々な種類があり、女の子たちはそれぞれおしゃれを楽しんでいます。そして、朝寝坊して時間がない時は目だけ出るヒジャーブをかぶり、アイメイクのみで学校に行ったりも!エキゾチックな目以外はまさかスッピンだなんて誰も思いませんね笑
彼女たちは「着させられている」のではなく「自分で着ている」のですが、側から見ると抑圧の象徴であると思われがちです。ナダの奔放なキャラクターから、異文化に対する無知からの偏見を払拭できるかもしれません。
個別にご紹介するものは以上です。あとは全裸をどうぞ。
さて、今月のご紹介はいかがでしたでしょうか。
来月は試験がございますので、今月と同じくらい読めたらいい方かな。1月からはまた読書に本腰を入れて集中できるようにしていきたいです。
※Twitterやってます!→@cefiro_fyou
※サポート大募集中です!そろそろ本代枯渇しそう💦
ではでは、ごきげんよう~