ドイツで感じたテクニックに対する評価の違い 試合で使えるテクニックとは?
こんにちは、土屋慶太です。前回公開した「なぜドイツなのか? 日本の常識は世界の非常識」は、とても多くの方に読んでいただき、私や共同運営している瀬川泰祐さんの元には、多くのコメントをいただきました。どうもありがとうございます。
※まだ読んでいない方は、ぜひ読んでみてください。
そこで今回も予定を変更して、全文を無料公開させていただきますので、ぜひ最後までお付き合いください。もうしばらくサッカーのコンセプトや概念を書いていきたいと思います。
2回目となる今回は、「テクニック」という概念について考えてみたいと思います。
僕がドイツに行って感じたことの一つですが、日本とドイツでは「テクニックがある」「サッカーがうまい」という言葉の捉え方が全く違っていたということです。
例えば、日本では、試合で数字として結果を残しているような選手に対しても、ボールタッチが固かったりリフティングができなかったりするだけで「あいつは下手だ」とみられたりしませんか? 逆にドリブルのタッチが柔らかいとか、リフティングですごいトリックができるとか、ピタッとボールを止められるとか、試合中ではなく相手選手がいないところでそれができるだけで「うまい!」と評価されるように感じます。一方、ドイツでは「おー!……っで?」という反応でした。
大雑把に言ってしまえば次のような違いがあります。
1. 日本:誰もいないところでボールをどれだけ上手に扱えるか
2. ドイツ:試合の中で効果的なプレーができるか
戦術的な判断を伴ったテクニック
ドイツサッカー協会指導者講習会では、テクニックのことを次のように定義しています。
テクニックとはあらゆる試合の状況で”思い通りに”ボールを扱える能力
サッカーの攻撃のテクニックには、ドリブル、パス、シュート、ボールコントロール、ヘディングの5つがあり、これらを試合の中で“思い通りに”使えるようにしていく必要があります。守備のテクニックにはタックリング(ボールを奪うこと)があります。
サッカーにはテクニック以外にも戦術という言葉が出てきますが、戦術とは簡単に言えば、「得点する」もしくは「失点しない」ための方法や考え方、原則となります。上述の”思い通りに”という部分を”得点するために”、”ボールを奪われないために”などと置き換えると、「サッカーのテクニックは戦術的な判断を伴ってボールを扱える能力」と言い換えることができますね。
例えば、ゴール前のフォワードがボールを受ける時、ディフェンダーが左側にいるので右足側にコントロールしてシュートを狙うとします。そこには”左側のディフェンダーに阻止されずに右足でシュートを打つ”という戦術的な判断を伴ってボールコントロールが行われています。一方、ゴールもなくディフェンダーもいない状況でボールタッチの柔らかさやフォームだけを気にしているのであれば、何の戦術的な判断も伴わないただのボール扱いになります。
テクニックを評価するときはゲームの中で状況判断を伴って効果的なアクションを正確に行えているかどうかを見るべきでしょう。
これはテクニックだけでなくフィジカルについてもいえることですが、ボール扱いのうまさや走るスピード、体力はあくまで戦術を実行するための手段の一つです。アクションを実行するときのテクニックやフィジカルの質は結果を左右する要素ですが、リフティングがすごくうまっかたり足がすごく早かったりしても、それだけではゲームの中で十分な結果を出せていない人が身の回りにもいるのではないでしょうか?目的は試合の中で効果的なアクションを行うことですが、日本での「誰もいないところでボールをどれだけ上手に扱えるか」が評価されている現状は、”ボールを扱い”だけを切り離して改善しようとする傾向を助長しますし、何より「手段の目的化」になりかねません。
日本では反復形式の練習でテクニックを学ぶことが多く、小さな子供だけでなく、大人になってもディフェンダーのいないところで何度も繰り返し精度を磨いているように思えます。もちろん初心者などテクニックの習熟レベルによってはディフェンダーのいない状況での練習は必要ですが、大人になるまで誰もいないところでのボール扱いだけを磨いていても試合で効果的なプレーをするための戦術的判断はいつまでたっても身に付きません。
ポイント
1. 誰もいないところでボールをどれだけうまく扱えるか
→ 戦術的な判断を必要としない = 実戦的でないテクニック
2. 試合の中で効果的なプレーができるか
→ 戦術的な判断が必要 = 実戦的なテクニック
戦術的な判断を伴ったアクション
リフティングなどで僕よりも難しい技ができる日本人がたくさんいることを前提として、自分で言うのもなんですが、僕がプレーしてきたドイツやチェコのチームの中では、僕はボール扱いがうまいほうだったので「自分はできる」と思っていました。でも、それは大きな勘違いでした。
僕は日本で実戦的ではないテクニックを磨く反復練習はたくさん経験していましたが、戦術的な判断を伴ったテクニックを磨く練習を意識してほとんど行っていなかったのです。戦術的なことを考えずにプレーしていて、サッカーをまったく知らなかったとも言えます。
逆にドイツやチェコのチームメイトはリフティングはできないけど、1タッチプレーはうまいしシュートの決定力は高いし、判断を伴ったプレーで試合で結果を出していました。とにかくボールタッチやフォームがどうのこうのよりも、効率的で効果的なプレーが試合で結果につながり、評価されていました。具体的なアクションの例を挙げると次のような感じです。
判断を伴っていない効果的でないアクション
1. とりあえずドリブルで突っ込む、不必要なフェイントを入れる
2. とりあえず近くの味方にパスを出すけど相手は怖くない
3. とりあえず受けたパスでターンするけど後ろが見えていない
4. とりあえずバックパスをする(ディフェンダーが近くにいないのに)
5. 相手のプレッシングに対して全員下がってパスを受けようとする
6. とにかく目の前の相手を抜いて態勢を整えてからシュート
判断を伴った効果的なアクション
1. ディフェンダーが来ていないからドリブルで運ぶ
2. ディフェンダーが来るから(ひきつけて)フリーの味方にパス
3. ディフェンダーが背後にいないのを確認してターンする
4. ディフェンダーが背後から来ているのを確認してバックパス
5. 相手が前からプレッシングに来ているので相手の背後を一発で狙う
6. ペナルティーエリア内なら相手が準備する前に1タッチでシュート
アーセナルで22年間もの長きに渡り指揮をとった名将、アーセン・ヴェンゲルの著書『勝者のエスプリ』にも、日本人の特性を見抜いたかのような記述があります。
日本人は動きを身につけるのが得意なようだ。どんな選手でも完璧な動きをこなすことができる。ただしそこには一つの条件がある。相手さえいなければ、という条件だ。
ドイツと日本の練習メニューの違い
ドイツではどんな練習メニューが多かったかというと、機械的に単純な動作を繰り返す反復形式ではなく、多かれ少なかれ判断の要素が含まれているものでした。日本でよく行われる2人1組でボールを手で投げて行う基礎練などはほとんどやった記憶がありません。エッケ(日本では“鳥かご”などと言われています)や3対1のエッケのように、少人数であっても必ずディフェンダーが入り、判断の要素が伴うメニューやゲーム形式、対人形式の実戦的なメニューが多かったのです。また、ドイツの子どもたちに、反復練習などの退屈なメニューをやらせたら、全く言うことを聞かないという経験もしました。
今思えば、「もっと小さなころから判断を伴ったトレーニングを積んでおけばよかった」と思います。なぜなら、小さなころから積み重ねれば、判断を伴ったプレーは小学生でもできるとわかったからです。逆に、高校生や大人でも判断を伴ったトレーニングを経験していないと、小学生でもできるようなことができないということも目の当たりにしました。これは、さまざまな年齢のカテゴリーを指導してみてわかったことです。
さらに指導していくことにより、自分の戦術理解や使えるテクニックのレベルも上がり、引退してからもサッカーが上達していることが実感できました。いろいろなことができるようになり、楽しさが増しました。現役時代にこうしたことに気づき、取り組めていたらよかったなと思います。今プレーしている選手たちは、体が動くうちにそういったことに気づくことができれば、さらに上に行けるチャンスが広がるかもしれません。
今後、このマガジンでは多くの練習メニューを紹介していくことになりますが、その多くは戦術的な判断を伴う設定にしています。ディフェンダーのいない状況での反復練習よりも時間がかかることですが、小学生から段階的に取り入れて行えることですので(むしろ小学生年代から取り入れていかないとあとで苦労する可能性もあります)、一度の練習でできないからと言ってやめてしまうのではなく、先を見据えて辛抱強く取り組んでみてください。
このマガジンでは、週1本のペースで、ドイツサッカーの持つトレーニングコンセプトや育成に対する考え方を学んで行きますので、よろしければ、定額マガジンへのご登録をお願いいたします。
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