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不食2年目に降ってきた使命③不食という新しい生き方

こんにちは!
お気楽不食者CHIKOTOです♪
不食2年目に突然降ってきた閃き
「英語の本を出す」第3話です。
①②話はコチラ

突然、「不食生活を英語の本にする」というお役目を授かった私
(勝手に言ってるだけかも~(*^▽^*))

前回までのお話で
翻訳家さんや編集者さんたち役者も揃い
さああとは出版だ!となるはずでしたが
ここでもなかなかの素晴らしい未体験を経験をすることに。

私たちの生きる目的


それは「魂の成長」。
魂が成長するとは
これまでの経験や、すでに知っていることを繰り返しても何の成長もありません。
よくいうトラブルや災難、突発的な事故など最悪な状況こそが
初めての経験であり、魂が成長する絶好の大チャンスなのです。

不食の本を英語に翻訳する段階になってまたまたチャンス(危機)は訪れました。(^◇^;)

不食と言う言葉を誰も翻訳出来ない


「不食」という言葉は皆さんご存じ、山田鷹夫さんが創った造語であります。

不食とは食べないことではない。
「食べても食べなくてもどちらでも人は生きられる」という多様性と柔軟性、自由を秘めた全く新しい概念です。

不食という字は
不(FU)→打ち消し、否定、する意。
食(SHOKU)→食べる、食べ物。
直訳すると「食べない」、「食べ物を摂らない」となります。

でもこれでは山田さんが創った不食という概念と違います。

英語で近い表現を探すと
•断食→ファスティング
・プラーナを食べて生きる人→プラニックリビング
・空気だけを食べて生きる人→ブレサリアン
・水分だけを取る人→リキッダリアン

近いけどやはり限定的な表現であり意味が違うのです。

不食は断食とは似て非なるもの

このnoteでも何度も書きましたが
『不食と断食は似て非なるもの』全く意味が違います。

【断食】は「人は食べなくては生きられない」が前提
食べるのを我慢する行為、修行的、苦行的な行為。
いつか食べ始めるが前提。

【不食】は「人は食べなくても生きられる」が前提
食べるのを我慢しなくてもいいし、食べてもどちらでもいい、お気楽な趣味、ライフスタイル。

詳しくは↓↓

不食はどの概念にも当てはまらない新しい生き方

翻訳の段階になって不食とは
世界に今まで全く無かった概念だったと改めて気付かされました。

食べない人でもない
プラーナ(氣)だけで生きてる人でもない。
「人はどちらでも生きられると気付いた(目覚めた)人」という
全く新しい生き方、ライフスタイルなのです。

改めて山田鷹夫さん凄い人です!(((o(*゚▽゚*)o)))♡

不食とは
「食べても食べなくてもどちらでも人は生きられる」という多様性と柔軟性、自由を秘めた全く新しい価値観、概念です。

今まで私たちがずっと信じてきた『食の囚われ』からの解放です。
こうでなければならない!これはダメなどと
【偏った考え方をせず、こだわらず、ひとつの考えに執着しない生き方】
自由でそれぞれを尊重し認め合う優しい、幸せな生き方です。

不食という全く新しい価値観が
これから私たちの新しい生き方の選択肢のひとつに加われば
この世界から苦しみや争い、奪い合いは消え
優しく愛に満ちた世界になると思います。

不食をどう翻訳するか?

この全く新しい概念「不食」をどう訳すかで難航しました。
今まである既存の英単語では表現できないのです。

本を書く(翻訳)に当たり最大の難題、障壁が立ちはだかりました。

訳せないなら【不食FUSHOKU】を世界共通語にするしか無い。
そう思い、創造者である「山田鷹夫氏」に
不食という言葉を使用して良いかと尋ねました。

山田鷹夫さんからは
『お心のままにおやり下さい』とお返事を戴きました。

さすがです。
「オー神よ」と又叫んでしまいましたw

さすが愛の言葉をお創りになったお方です。
どこまでも深く清らかで慈悲深い心をお持ちだと感動しました。(*⁰▿⁰*)

不食🟰FUSHOKU

というわけで今の段階で、不食を言い表す英単語が見つかりません。
不食(FUSHOKU )は自由や解放などの意味を含み
もしかしたら世界でも全く新しい概念かもしれません。

英語で対応する単語がないとしたらこれは翻訳のしようがありません。
このまま 「FUSHOKU 」と表現するのが自然ではないでしょうか。

みなさん
何か良い案がございましたら教えて下さい。


【お気楽不食〈完全版〉】が本になりました!!
食からの解放
不食とは囚われない自由な生き方






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