”才能”について考えてみる~”B級品”の使い道
”才能を探して三千里”、どーも、ふっしーです。
ウチの娘、ワタシの面白い写真を撮り貯めているのですが(変な趣味です、、)
ソファに寝っ転がってるワタシの写真を見て、何かに似てるな~???と思ったらコレでした↓↓
んで、、”才能を見つける”ってこういうことだと思ったんですよ。ワタシはセクシー大根として生きる!(何言ってんの?って思いますよね?わかります)
いわゆる才能って、人よりもずば抜けて優れているモノ、ってイメージあるじゃないですか。大谷翔平みたいな”規格外のすごさ”に憧れるし、そこまでの天才っぷりは無くても、
誰かと比べて”うまくできる”ものがあったらいいなって。
でも、食べる目的の大根ですら、用途いろいろあるじゃないですか。
辛味が強いものは薬味に、煮崩れしにくいものは煮物に、色鮮やかなものはサラダに。
大きいものも小さいものも、高級なものも、お手頃なものも需要があると思うんだよね。見切り品なんて家計助かるじゃん?(賞味期限は気にしないタイプです)
でも、自分てフツーだし、もしくはフツーですら無い、フツー以下。
B級品だって思ってしまうとこ、無い??(私はある)
セクシー大根はフツーはB級品だ。
高級料亭では使わないだろうし、安くても剥きづらいから私は買わない(皮むきがイヤ)。
セクシー大根は、「私は料亭で出されたかった!」って思うかもしれない。だとしたらそれは確かに悲しいけど、
今更料亭で出されるようなブランド大根にはなれないのだ(ブランドあるのか知らんけど)。
B級品だからしょうがないと、切り刻まれて加工されちゃったら、とてももったいない気がする。。
フツーに食べても美味しいけど、他と違うユニークさには価値がある、よね?(SNS上だけかもしれないし、それも一瞬のことかもしれないけど)
”才能”って、何か基準があるほうがわかりやすいけど、
「人より優れているものだけ」で考えると見つからない。
でも、”個性”とか”違い”として考えたら見つかるんじゃないか?って思ったのです。
”個性””違い”はあるから、もっと広い範囲で見つけられる。
だからB級品じゃなくて、唯一無二の、セクシー大根的才能がきっとあるんだよ。たぶん😉 おしまい。