追加でウィッシュの話

設定にノイズが多すぎる

ロサスの設定

12~13世紀ぐらいを想定して作られてるらしいけど

多様な人種・宗教の人間が集まっていて平和で
貧困が無く犯罪も無い
障害者にも雇用がありメガネもクラッチ杖もあり
父を失った家庭には王様直々に支援があり
100歳まで元気に生きられる老人がいる国で
移住する際には審査の類も無く来るもの拒まずの姿勢
毎日がお祭り騒ぎの観光立国

この時点でマグニフィコ王は2024年現在までに存在したどの為政者よりも人道的で優秀な政治家だと言えてしまう


邪悪さが足りない王

とにかく邪悪さが足りない。

国自体は自分で作って”願い”の保護と善良な”願い”の実現をウリに集めた移民による新興国である。

小説版見開き1ページ目 既に丁寧なルール説明と謎の思い込みをする主人公が不穏な空気を醸す

冒頭に主人公が歌って説明するように、”願い”のルール(王に渡す義務・王に渡したら忘却する・月イチペースで叶えられる)は国内外にも知られていることであり、移民たちは納得して移住して来るのだ。

もしマグニフィコを邪悪な王にしたいんだったら、元々ある素朴な国を乗っ取って今の形式に変えてしまったとかしたらいいのにね。


舞台のロサスが新興国であることは他のことにもノイズになる。

マグニフィコ王はナイスミドルなので50前後として国ができたのは高々30年前くらいだろう。

主人公は100歳になる祖父の願いが未だにかなえられないことに疑問を覚えるが、その”願い”は祖父が建国時からの移民と仮定しても70歳の頃に徴収した”願い”である。

作中で王は直近の儀式で主人公への意地悪として(主人公の祖父の願いでなく)他人の願いを叶えたが、
老人の「ギターを弾いて若者の心を動かしたい」より働き盛りの女の「王国一のドレスを仕立てたい」が優先されることに疑問は無い。


”願い”の扱いへの言及不足

マグニフィコが賢王扱いされているのは上記の内容が大きい。

しかしながら彼が悪役として扱われているのは、やはり”願い”はどこにあるべきか?というのがディズニーの正義にマッチしないからだろう。

”願い”は他人の元に置いておくのではなく自分の胸に入れておくべきというのがディズニーのスタンスらしい。


作中で願いがどこにあるべきか?という話が圧倒的に足りていないのだ。

例えば祖父との会話で
「こんなことなら”願い”は自分で持っておくべきだったのかもしれん…お前は王様に頼んで願いの徴収はやめてもらえ」
「でもおじいちゃん、”願い”王様に叶えてもらえなくても忘れてるなら悲しくないでしょう?」

とか、いくらでもやりようはあったはずなのだが、実際の作中の流れは邪悪に染まった王様をぶちのめすタイミングで「やっぱりこっちのほうがよかった!」で終わりである。


最もつまらない解決策:スター

この映画をつまらなくしている原因のひとつ、それがクリスマスプレゼント用にデザインされたマリオギャラクシーのパチモン スター

こいつは魔法で不思議なことをおこせる。なんでもできる。動物を喋らせたり魔法の杖を与えたり様々な手段でクーデターを助ける。

こいつ自身が言葉を喋らないこと以外デメリットらしいデメリットが無く、無限に使える便利な存在である。


主人公が「ケチな王様、ジイちゃんの願い叶えてくれへんね~ん」と歌っていたら空から落ちてきてクーデターを手伝ってくれる。
マグニフィコ王の故郷が盗賊に襲われて焼かれたときには来なかった癖にな


こいつが便利すぎて
王様より便利で都合のいい魔法使いが現れたから鞍替えしただけに見えるし、願いは自分で叶えるというテーマがブレブレなのだ。

これでは別の魔法使いが叶えただけである。

なんかもっとこう… 魔法は使うけどドジで失敗ばかりみたいなキャラにできなかったのか…


禁じられた本の存在

そんな万能便利ご都合キャラと対峙するマグニフィコ王なのだが、実はマグニフィコ王もそのまま戦うわけではない。

”禁じられた魔法の本”を読むことで邪悪な力に操られた状態で戦うのだ。



このキャラを邪悪な存在として扱いたいなら、どうして責任能力を下げるようなアイテムを配置したんですか?

そして暴走した王をぶちのめした後、王妃は暴走状態にあった人に対して無慈悲な扱いをできたんですか?


意味のないパロディ・オマージュ

だから何なんだよ!!!!!!!!!!!!!!!

7人の小人だったり、ズートピアだったり、シンデレラだったりピーターパンだったり色々なディズニー作品と繋がりを感じさせる要素が散りばめられているが特に意味は無い。

まずこの7人の小人モチーフのポリコレ軍団も、ストーリー上必要なのはアジアンブサイクカタワデブメガネ成人済み健常白人男性とキレるチビぐらいであって、他の4人はほぼ役割の無いキャラクターである。

影が薄いヤツ扱いのバズィーマよりも黒人女のほうが影が薄い時点で破綻している。


魅力の無さ過ぎる主人公

SNSでウィッシュの話題を探すと99%はマグニフィコ王の話である。

また、映画への賛否が分かれるのもほぼ「マグニフィコはそこまで邪悪だったか?」という部分であり、「主人公アーシャは正しかったか?」などとは決して語られない。

理由は単純で、コイツに魅力が無さ過ぎるからだ。

泣きました。私はユダヤで黒人で女性で活動家です。

冒頭でアジアンブサイクカタワデブメガネに「あなたの欠点は優しすぎること」と言われるシーンがあるがその後優しさのカケラも見せない主人公

なんか歌ってたら魔法の星型マスコットが落ちてきてクーデター成功しました以上に語ることがない。


トレードオフのないラスト

ラスト、王様は魔法の杖に封印されて地下牢に収納されることになり、邪悪な王を消したロサスは平和になりましたとさ。

おじいちゃんはギターを弾き人々を楽しませ、国民たちはこれから自分で願いを叶えるのです。アーシャは魔法の杖を貰い人々を助けることになりました。


まず王の作る理想の安心安全な国を否定するんなら王を封印した段階でキレイなお城や町中はボロッボロの焼け野原になっているべきでは?と思う。
実際には王様が築いた生活基盤はそのまま、邪悪な王だけ消えてくれた形になっている。

次に願いは自分で叶えるべきならアーシャがスターから魔法の杖を貰うのではなく「魔法は無くなったけどこれからは自分たちで叶えよう」じゃあないのか?

最後に「例え叶わなくとも願いは自分で持つべき」なら「叶わない苦しみ」も描かなきゃダメでは?少なくとも王様は「願いが叶わない苦しみ」を知っているからこそロサスとそのシステムを作ったわけだし。
ラストで本当に見せるべきは「おじいちゃんのギター最高だね!」ではなく「ジジイ下手すぎ引っ込め!」であるべきじゃあないのか?それが自分で夢を追うってことじゃなかったのか?


先ほども言ったが話に「魔法の星型マスコットが来てくれたおかげでウハウハ」以上のものが無さ過ぎる。痛み抱えろ。

もしかしてこの映画は「白人男性の作った優秀なシステムを馬鹿な小娘活動家とそれを真に受ける愚民が思い付きでグッチャグッチャにしておいて、それでもまだ今まで通りのメリットは受けられると信じてるバカ」への皮肉なのかな?




またなんか思いついたら追記します。

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