忘れられないおもてなし

結婚してから、人をもてなすということを経験するようになった。実家は来客の少ない家だったから、おもてなしというのはほとんど未経験に近かった。夫に頼りながら料理を作ったり掃除をしたり見よう見まねで準備して、いつも緊張しながら玄関のベルが鳴るのを待った。
振り返ってみると失敗だらけで、作ったことのない料理を出そうとして、思ったよりも調理時間が長くて間に合わなかったりとか、焼きが足らなくて中が生だったとか、緊張してほとんど喋れなかったとか、お客さんが帰られるといつも一人で反省しきりだった。

そんな私にとって、忘れられない”おもてなし”がある。

あるご夫婦に招かれ、自宅に訪ねて行った時のこと。
招いてくださったご夫妻は、夫の仕事がきっかけで知り合った方々で、実際に会うのは初めてだった。
最寄り駅まで着くと旦那さまが車で迎えに来てくださっていた。当時は厚手のコートが必要な季節。わずかな距離でもその心遣いがありがたかった。

到着し、案内された家の玄関先にはウェルカムボードが立てかけられている。見ると、私たちを含め招かれた人々の名前が書かれていた。驚きと共にあれよあれよという間に中を案内される。
トイレはここ。コートはここにかけてね。どうぞここに座って。
出迎えてくれた奥さまのなんて明るい笑顔。
「ふさこちゃん、初めまして」と名前を呼ばれたことに驚いた。ただでさえ紛らわしい名前を、それも初めて来る人間の名前を覚えていてくれるなんて。二人の子ども達も挨拶してくれる。「これを使ってね」と手渡された紙コップには一人ひとりの名前が書かれていた。なんて細やかな心遣いだろう。
食卓には、奥さま手作りの3種のカレーが並べられた。一つひとつがスパイスから作られた本格派カレー。私たち夫婦のほかに、2組の夫婦と子供たちが来ていた。こんなに沢山の料理を昨晩遅くから作ってくださったそう。でも大変さなんて微塵も感じさせない明るさ。「あなたが来てくれて嬉しい」ということがご夫婦の言葉から、表情から、あらゆる準備から伝わってきた。居心地が良くて、あっという間に過ぎてしまった時間。

人をもてなすというと、「料理を出す」とか「スリッパを出す」とか「話をよく聞く」とか、まるでタスクのように考えてしまっていたふしがある私。でもこのおもてなしの経験から、人をもてなすとは何よりも「心」が大事なのだと、わかりきっているようなことを改めて身に染みて感じた。心があるから、相手に何をしようか考える。そしてその一つひとつのことに心がこもっている。それは、受けた者には必ず伝わるのだ。

そして後に、件のご夫婦と子どもたちが今度は我が家に遊びに来てくれた。この時改めて感動させられた。私たち夫婦が作った料理を、一つひとつに「美味しい!」、「これはどうやって作ったの?」と喜んで食べてくださったこと。二人の息子さんが、娘をずっと可愛がってくれたこと。娘の誕生を祝って、息子さんの一人が手紙を書いてきてくれたこと。
相手を想うことが当たり前になっているような、自然体の優しさと暖かさ。


私もこんな風に人をもてなし、また、もてなされる人になりたいと思った。
決して同じことができるわけではないけれど、来られる方のことを想う心を準備すること。それを忘れないようにしたい。














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