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「危ない場面」(リスク)を理解する
雨が降ったら傘をさすだろう。暴風雨なら雨合羽も併用するし、あまりにも激しいときは外出をやめる。当たり前の危険回避行動だ。「事故の予防」と言ってもいい。雪が積もってきたら、たとえスタッドレスタイヤを履いていても、スピードを落とすし、急ハンドルも急ブレーキも避ける。必要なら追加でチェーンもまく。
これに対して
「交通事故の大半は軽症だから(事実である)、そんなことをする必要などない」
と怒る人はいない。でも、不思議なことに、新型コロナウイルスが相手だと、この「重大事故の予防」(危険回避)という考え方がとたんに通じなくなる。
交通事故より扱いがひどい
クルマがなければ現代社会は成り立たない。トラック輸送が物流を変え、自家用車が暮らしを変えた。一方で、クルマには事故がつきものである。1970年には16,765人が事故死しており、「交通戦争」という言い方もされた。
これに対して、社会がとった選択は交通安全運動であり、道路交通法の改正(とくに飲酒運転の厳罰化)であり、クルマの安全装備の充実だった。その結果、2016年には4,000人を切り、2020年には3,000人を切っている。
1970年に比べると、現代のガソリン・軽油の消費量は約4倍に増加していることも見逃せない。低燃費化も加味して、交通機会が4倍以上となっている一方、交通事故死者を5分の1以下に減らした。単純計算だが、50年間で交通機会に対する事故死亡率を20分の1以下に抑えたことになる。だからクルマ社会は持続できているわけだ。
対して、新型コロナはどうか。2023年の人口動態統計(医師の死亡診断書を集計する最も確実な統計)をみると、新型コロナで38,086人が死亡している。交通事故死のワースト記録の2倍以上だ。間接死と関連死をいれると、この数の約3倍もの人たちが命を落としているし、後遺障害(Long COVID)が残っている人はさらに多い。
困ったことに、2024年の死者数も、これまでのところ同様である。7月までに21,421人が亡くなっており、そのうち約300人は20代‐50代の現役世代である。にもかかわらず、マスコミは「コロナが明けた」と連呼し、「もう気にする病気ではない」というムードをつくり、「ほとんどの人は軽症だよ。いつまで信号を守っているの?」と感染対策運動をバカにする人が続出している状況だ。
つまり、交通事故よりはるかに多くの死者と後遺症患者(ケガ人)を出している感染症に対して、誰もこの数を減らそうとしていない。信じがたい思考回路である。年間10万人の死者とその数倍の後遺症患者というのは、社会として持続可能な数字ではないだろう。
「感染対策」への誤解も目立つ
残念ながら、薬が効きすぎたという面もある。2020年に新型コロナパンデミックが始まったときは、本当に息をひそめるように毎日を過ごし、どこに行くにも、どんな場面でもマスクを必要とした。Stay homeの合い言葉に実害を受けた人たちも多数いる。
どうも、「感染対策」の4文字で、2020年を思いだして身体が拒否するらしい。
違うんだよ。私だって、一斉休校も緊急事態宣言もまん延等防止法もまっぴらごめんだ。そんなことをいまさら求めている人はいない。そもそも、2020‐2021年のアレは感染対策ではないんだ。緊急避難と時間稼ぎである。混同しないで欲しい。
当時、新型コロナウイルスは新規のウイルスで、多くの人が重症肺炎を起こして死亡することだけがわかっていた。有効な治療法を手さぐりで探しながら、人工呼吸器の前に人があふれ、装着できずに死ぬ人が出ることだけは阻止しないといけない(事実、イタリアでは起きていた)。だから緊急避難が呼びかけられたのである。端的に言えば、医療崩壊を防ぐことが目的だったと言ってもいい。Stay homeで時間稼ぎをしたのである。
クルマで言えば、「今回の台風は規模も強さも進路もわからない。ただ通り過ぎたところはひどい被害だ。洪水も竜巻も予想されるから、家でじっとしていろ」というのが緊急避難。一時停止ではいったん止まって左右を確認し、安全を確かめろというのが感染対策である。
究極、「危ない場面でのマスク」のみ
「もう交通事故死が3,000人を切っている。事故のほとんどは軽症だ。いつまで怖がっているの? そろそろ信号無視も速度超過も違反だというのはやめて、自由に走ろうよ」
と言われたら、正気か? と思うだろう。しかし、新型コロナについては、こんなおかしな話がまかり通っている。
「みんなでマスクをして抑え込んだから、日本は死者数が少ない。もう、全部やめちゃっていいよね」
というのが現在の状態だ。速度制限も赤信号も無視するのが当たり前になったら、交通事故死が増えるに決まっている(一部の人間は「治験をしてエビデンスを出せ」と言うだろうが、ナンセンス。後ろ向きコホート研究で速度超過や信号無視と事故の関係をみるだけで十分)。
交通安全のための努力を続け、事故死率を20分の1以下にまで下げたから、私たちはクルマ社会を許容できているのだ。致死率と、重症化率およびLong COVID発症率を下げること、すなわち「感染しても軽症で終わるための努力」を続けないかぎり、コロナが「明ける」ことはない。
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