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 人新世におけるヒトの大加速化、文化進化、自己家畜化に関する一考察 ~ 総合人間学の構築に向けて(4) ~古沢広祐


「人新世におけるヒトの大加速化、文化進化、自己家畜化に関する一考察
  ― 総合人間学の構築に向けて(4) ―」 古沢広祐

https://www.jstage.jst.go.jp/article/synanthro/17/0/17_61/_article/-char/ja  

<抄録>
 ⼈間とは何か、とらえ難い存在の全体像にアプローチするための一考察を試みてきた(試論)。大きくは宇宙的な視野で、時間・空間軸での私たち⼈間の存在を、簡略に把握するために3層構造として描いた(古沢 2018)。簡単に整理し直すと、①宇宙・生物的存在(いわゆる客観的世界)、②⼈間集団としての構成体(独自の秩序形成、社会・経済・政治・文化)としての存在、③私としての存在(独自の主観的世界に生きつつ共同主観的世界を共有しあう唯一無二な存在)、とまとめることができる。この三層構造によって俯瞰できる⼈間存在の在り様をわかりやすく図解し、⼈間とは何かを問うための手がかりにしたい。また三層についての相互関係とくに結節点を考えることが重要である。
 今回はとくに、⼈新世という時代の把握のしかたとともに現生⼈類(ホモ・サピエンス)の進化プロセスの促進要因について論じる。文化進化に先駆けてのドメスティケーション(家畜・栽培化)の意義とともに、そこに内在する相補的関係性のダイナミズムについて考察する。

        (以下、一部を抜粋)

(3)  進化の加速化と自己家畜化 

 ・・・幼形成熟・幼形進化との関わり 詳しいことは省くが、特別の機能を発現する遺伝子の働きやホルモン系・神経系の働きが 関わるとともに、複雑な発生過程でのメカニズムでとくに幼少期の特徴が発現することの重要性がクローズアップされてきた。それは幼形成熟(ネオテニー)とか幼形進化(ペドモル フォーシス)と呼ばれる現象である。すなわち、家畜化という継続的関与の選択作用によっ て、その影響下での変化の蓄積が多世代選択のなかで幼児的な特徴の発現を促すことなど で、一連の重要な変化(家畜化症候群)が現れるのである(フランシス 2019)。

『家畜化という進化ー人間はいかに動物を変えた』
( 2019)リチャード・C・フランシス、白揚社


 さらに、この家畜化症候群については、そもそも⼈間自身が進化をとげる際にも「自己家 畜化」というような現象として起きていたのではないかという、興味深い考え方が再考され るようになった。他の生物を家畜化する行為と類似のことが、ヒトの進化でも自分たち自身 に作用してきたという「自己家畜化」論は、すでに 1930 年代のドイツで⼈類進化への仮説 として提唱されていたものである。
日本でも自然⼈類学者の江原昭善氏が 1970 年代から注 目し、80〜90 年代に小原秀雄氏(動物学)尾本恵市氏(自然⼈類学)等によって現代文明 批判の意味合いを含んで盛んに論じられた(小原 1984,1995,1999、尾本 2002)。

『人間どう視るか〈2〉自己家畜化論』 (1984年)
『人類の自己家畜化と現代』 尾本 恵市【編著】 人文書院(2002)

 関連しての その後の展開として、⼈類と野生性との関係における多様なドメスティケーションの在り方 に関する最近の研究としては、『野生性と⼈類の論理 ポスト・ドメスティケーションをと らえる 4 つの思考』(卯田ほか 2021)などがあり興味深い。

 現在、上記のような家畜化症候群の研究が進み、メカニズムの解明とともに、あらためて 自己家畜化論から⼈類進化を見直す考え方が再浮上している。
 ⼈類の進化の過程では、共感 能力や協力行動がサバンナ環境で生き抜くために重要なことから、幼形成熟 (ネオテニー) の ような家畜化症候群が作用したのではないかという仮説が現実味をおびて語られだしたので ある。上記の三つの論点の②で、脳容量の拡大が止まり縮小傾向の指摘については、まさに家畜化症候群でみられる傾向とも一致している。

 ヒトの進化を自己家畜化との関連で論じた最近のものに、ブライアン・ヘア著『ヒトは家畜化で進化した』がある(ヘア 2022)。詳細は同書にゆずるが、他者と協調する友好性(協力的コミュニケーション能力)の獲得という家畜化の副次効果こそが、ヒトの優位性として技術革新をはじめとする文化的能力を集団的に発展させたとして興味深い論を展開している。
 同書は現代社会までをも含む幅広い内容だが、とくにイヌとキツネやチンパンジーとボノボの違いを家畜化症候群から詳細に検討してヒトの進化的特徴を論じている。

ブライアン・ヘア&ヴァネッサ・ウッズ (2022)『ヒトは家畜化で進化した
― 私たちはなぜ寛容で残酷 な生き物になったのか』藤原多伽夫訳、白揚社


 基本的にヘアと同様の自己家畜化論の視点からヒトの従順性(社会性)の反面に潜む攻撃性を論じたものにリチャード・ランガム著『善と悪のパラドックス ―ヒトの進化と自己家畜化の歴史』がある(ランガム 2020)。ヒトの友好性(共感能力)の進化の反面での攻撃性がはらむ矛盾について興味深い考察を行っている。攻撃性には「反応的攻撃性」(情動・衝動的な暴力)と「能動的攻撃性」(冷静・計画的暴力)があり、ヒトは進化的には反応的攻撃性を抑制させてきた一方で、能動的攻撃性は強化されたとしている。ヘアも「⼈間は地球上で最も寛容であると同時に、最も残酷な種でもある」(ヘア 2022,p25)としているが、ランガムの指摘はより踏み込んだ考察であり、ジェノサイドや戦争を考える上でも欠かせない指摘である(共感能力の裏返し)。

『善と悪のパラドックス ヒトの進化と〈自己家畜化〉の歴史』
リチャード・ランガム(2020)NTT出版


 関連しては、著名な認知心理学者のスティーブン・ピンカーの『暴力の⼈類史』(ピンカー2015)や前述のヘアやヘンリックも独自の視点で論じているが、ヒトがもつ多面性や可塑性という点では究明すべき課題は多い。興味深い議論がこれらの諸説にて展開されており、今後とも研究動向に注目したいが、私見としては本稿の前半で見てきたスケール感の差異への配慮では課題を感じる。進化論がらみの論考によくみられることだが、友好・攻撃、善・悪、倫理・制度といった文化的事象の扱いで、時空間スケール上で飛躍した論述が展開される傾向が散見されるからである。

(4)  文化的進化、加速化を考えていくために

 本稿では、ヒトの生物的・遺伝的な進化(ジーン)と文化的進化(ミーム)の接点におい て家畜化がはたした役割に注目し、最近見直されてきた「自己家畜化」論の最新の知見をま じえての考察を試みた。
 それは、上記の論点③に関わるヒト特有の文化進化的な発展への橋 渡し的な役割として、家畜化プロセスが内包する複合的効果への一考察である。

 生物的進化 様式から文化的進化様式への結節点として、興味深いプロセスにドメスティケーション(家 畜・栽培化)が深く関与しており、その重要性について中心的に論じた。 本稿では、⼈類進化上での 3 つの論点の①、②を中心に③との関わりを意識しての論考に とどまった。
 論点③の独自の文化的進化様式が、文明化以降に飛躍的に加速化していく大加 速化(グレート・アクセラレーション)の問題への考察に関しては、別途にゆずることにし たい(古沢 2023)。 <つづく>


 

★ 前回の最後の追加記載:論考の特出しです。

・・・<宇宙と人間を俯瞰することの意義について>・・・

   一部を抜粋しました。:
 ・・・(前略)・・・そもそも宇宙という文字は、紀元前2 世紀頃の書物『淮南子』(えなんじ:百科事典)によれば、宇は空間を、宙は時間を意味しており、時間と空間の世界を表現したものとされている。私たち⼈間の認識世界として宇宙が把握されるわけであるが、その全貌をわかりやすく一望できるように、時空間を大きな尺度で圧縮してイメージしてみたい。・・・・・
 ・・・・・・通常の認識の次元としては、大きな階層性の差異や巨大な落差があるために、なかなか認識しがたい世界であった。

 今日、⼈間は近現代に至る過程で、その階層性の落差を超えて想像するための手段(道具)として、数学や物理・化学、生物学などの自然科学、そして歴史学や哲学などの⼈文・社会科学を発展させてきた。従来は認識できなかった世界を、客観的に諸事実を解明する手続きを集積し蓄積して(学問体系)、世界そして宇宙までも把握する能力を構築しつつある。しかし、残念ながら諸学問の発展は個別分野での専門分化と細分化に傾斜しすぎて、なかなか総合的な把握にまでは至らない傾向にある。

 世界を総体として把握するような試みは、かつては宗教的な世界における自己超越のような一種のメタ認知(個別の認識を超越した認知)によって行われてきた。そして、その後の近代では哲学や思想(世界観形成)として試みられてきた。それらは、どちらかと言えば諸社会での文化的蓄積(集団意識)から、ある種の観念世界の上に組み立てられたもので、なかなか普遍性や一般化しきれない性格をもっていた。

 しかし近代世界における科学的な世界観の躍進のもとで、あらためてより普遍的な世界認識として諸学問の再統合的な試みが近年行われ始めている。それは、「ビッグ・ヒストリー」や「グローバル・ヒストリー」など⼈類史を抜本的に再構成する動きや、世界的なベストセラーになった『サピエンス全史』(Y.ハラリ2016)などに象徴される取り組みで、最近では放送大学での「大統合自然史」(2022年、全6 回)などの試みがある⁽²⁾。
 本稿も、そうした試みの一つとして、メタ認知的な試みの一例を示したものである。新しく再認識され始めたこのような世界認識は、極微の素粒子から極大の宇宙までを含めた⼈間存在を包み込む全体像に迫ろうとしている。生命そして⼈間存在を生み出すこの世界の在り方を、改めて認識し直そうとするこの試みは、何を意味するのだろうか。自分たちの存在について、このように奥深い世界認識を獲得しつつあるということは、いったい私たちにどういう意味をもち、その先にどんな展望をもたらすのだろうか。

 現在、環境危機のみならず各種利害対立や民族・宗教・国家間の緊張までもが,世界で再び高まっている。今の世界がどのように成り立っているか、その全貌を把握しなおすことで、ともに生きる世界を再構築する手がかりとして、世界を刷新する可能性が拓けないだろうか。対立・敵対から共存・共生への関係を再構成する道すじ、繁栄と巨大リスクを合わせもつ⼈間世界の存在様式について、あらためて認識しなおすべき時代が到来していると思われる。・・・・・・(続く、後略)     :<論考の詳細は、以下に添付>

 ❣❣★★ 全体像をわかり易くコンパクトに普及書にて刊行 ★★❣
  <最近著>『今さらだけど「人新世」って?』古沢広祐

https://www.wave-publishers.co.jp/books/9784866214306/

人間存在の3 層構造-相互包摂的関係-(図は古沢作成)©
”私の中に世界があり、世界の中に私がある”(FK) その象徴として:「ウロボロスの蛇」図の出典:東京大学総合研究博物館/特別展 宇宙の創生とウロボロスの図

<注、参考情報など>
(1) 理解の補助、以下を参照。

• 特別展:宇宙の創生とウロボロスの図(佐藤勝彦):東京大学総合研究博物館ニュース:Ouroboros(ウロボロス)Volume 11 / Number 1
http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DKankoub/ouroboros/11_01/tokubetsuten.html#01
• 生命の系統樹(Tree of Life)ポスター:TimeTree5:The Timetree of Life
http://www.timetree.org/public/data/poster/timetree_lg.jpg
http://www.timetree.org/book
• 私たちの歴史1 分間:Melody Sheep: Our Story in 1 Minute
https://thekidshouldseethis.com/post/35066441565
10 の累乗の世界(極微~極大):Powers of Ten with Japanese translation
https://www.youtube.com/watch?v=paCGES4xpro
アントロポセンにようこそ:Welcome to the Anthropocene — Globaïa
https://globaia.org/anthropocene
(2) 放送大学「大統合自然史」への誘い:

★関連情報<サステナビリティ 新潮流に学ぶ> 第25回:
 「SDGsは道標になりうるか?~アントロポセン(人新世)の時代(その1)
https://www.sustainablebrands.jp/article/sbjeye/detail/1191596_1535.html

★『みんな幸せってどんな世界』(SDGs理解の入門書):
https://www.honnoki.jp/c/books/books_all/minnashiawase
*掲載誌ダウンロード:総合人間学・学会誌全体
オンラインジャーナル– 第17巻 (2023)ダウンロード(公開)
http://synthetic-anthropology.org/?page_id=3409


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