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ひこうき雲/荒井由実

ユーミンの『ひこうき雲』という曲を知ったのは2013年の映画「風立ちぬ」公開時だった。
歌詞が映画の内容にかなりフィットしていたのに、どうにも高校の時に亡くなった友人のことが浮かんで仕方がなかった。

弓道部で一緒だった男子が高2の夏休み明けに急死してしまった。
その時の自分と周囲の人々に走った衝撃と、もはや怒りに近い強い悲しみ、それぞれが抱えた心模様はどう言葉に尽くしても表現しきれない気がする。

彼のお父様が部活の顧問と部員宛に手紙を下さって「お坊さんに戒名をつけていただきました、矢のようにまっすぐ大空へ飛んでいくという意味です」と書かれていた。
一昨年に見送った実家の柴犬に自分でつけた戒名ですら「健脚与一居士だっけ?与一健脚居士だっけ?」とちょっと間違えるというのに、17才の秋に知ったクラブメイトの戒名はきっちりと覚えている。

『ひこうき雲』の「何もおそれない そして舞い上がる」と符合しすぎていて、私や彼の生まれる前の曲を彼の亡くなったずっと後に知ったのに、なんとも不思議な心持ちがした。

この曲の「ほかの人にはわからない あまりにも若すぎたと ただ思うだけ けれどしあわせ」というところ。
ハッキリと“死”という言葉を出した歌なのに“しあわせ”が入っているので注目がいく部分である。
同級生の彼のことを思うと、若くして亡くなってしまったことに印象がいきすぎてしまうが、彼はしあわせをちゃんと持っていた。
ただのクラブメイトの一員に過ぎない私から見てもそうなのだから、本人にしかわからないしあわせも不幸せもあったことだろう。

彼はちゃんと人生を始めて、生きて、終えたのだ。他の世を去ったすべての人と同じように。
生きた長さを重要視するのはこの世にいる人間だけの習慣かもしれない。


こんなにも亡き友人を思い起こさせる『ひこうき雲』だったが、ある歌手が歌うのをYouTubeで聴いて今度はまったく別の情景が浮かぶようになった。

NHK『おかあさんといっしょ』第19代目うたのおねえさんを勤めた“しょうこおねえさん”こと、はいだしょうこのカバーである。

しょうこおねえさんが『ひこうき雲』を歌うと「あの子」が小さなおともだちであるように思えてきた。

「あの子は昇ってゆく 何もおそれない そして舞い上がる」

小さな子が闘病の末に空をかけていく、と思うと「なんでこんな悲しい想像を始めてしまったんだ!」と自分を責めたくなるほど胸が痛くなる。

だけど親にとっては「何もおそれない そして舞い上がる」のは誇りに思う姿、小さい我が子ながら尊厳を感じるシーンなのではないだろうか。
死の痛みと恐怖を乗り越えて天にまっすぐ「何もおそれない」で進む姿は、せめても親の心を慰める生命を全うした者だけが持つ勇ましい輝きだったのではないだろうか。

これらのことはまったく私の想像したことに過ぎないのだが、こんなことを考えさせてしまうのがはいだしょうこの歌唱力なのである。

ユーミンの歌唱では「他の人にはわからないしあわせが本人にあった」と思わせてもらい、
しょうこおねえさんの歌唱では「本人だけでなく家族や周りの人も“あの子”と地上で過ごせて幸せだった」と思わせてもらった。


この曲は好きだがエモーションをかき立てられ過ぎるので、うっかり洗濯物を干すときのBGMにはしないように気をつけている。

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