図書館司書の失敗談⑤「それは落書きじゃないんです……!」
こんばんは、古河なつみです。
デジタルで本を編集して印刷する技術が発展した事で、昔の本では見かけないような特別な「演出」が施されている書籍が出版されるようになってきましたね。その中で私が図書館司書をしていた時に最も問い合わせが多かった資料について、今回はお話していきます。
貸出1回目で落書きがある本!?
とあるマダムが返却本を持ってきてくださった時の事です。
「この本返すんだけれど……こんなに新品の本なのにもう落書きがしてあるのよ。もう少し厳しく注意した方がいいんじゃない?」
通常であれば、落書きされてしまっても所蔵し続けている本には「汚れあり」のような注意書きの表示シールを付けるのが一般的なのですが、マダムが持ってきたその本に「汚れあり」の表示はありませんでした。
「こちらの検本(けんぽん:本の状態や中身に異常がないか確認する作業)が不十分だったようで、大変失礼いたしました……!」
私が謝罪して改めて中身を確認すると、確かに本の一部のページに黒い塗り潰しがありました。きっちりと文章のサイズに合わせて下の文字が全く判別できなくなるくらいに念入りな落書き……に見えました。
前回の返却の際に何か特別な事情があったのかどうかを確認するために、その本の詳しいデータを確認すると……なんと、貸出回数が1回となっており、本を返却してくださったマダムしかまだ借りた人はいなかったのです!
しかし、そのマダムは常連さんで、とても本を汚した挙句に他人の振りをするようなタイプの方ではなかったので、他の事情について考え始めました。
納本の段階でも見落とされていたのだろうか……?
図書館に所蔵する本が到着した時や、利用者さんに本を貸し出す前には中身を確認するのがその時に勤めていた図書館の決まりだったので、直感的に「何かが変だぞ……?」と思いました。そもそも出版社さんから本の取次さんへ回ってくる段階のチェックすらすり抜けるなんておかしすぎます……!
「このページですよね、こことか、こことか……」
「そう! 肝心の部分が塗り潰されちゃっててすごく読みにくかったわ!」
該当のページを見ながらマダムと話していると、わたわたしている私を見かねて先輩司書が話しかけてくれました。
「これ、印刷なんですよ~」
先輩司書は一言そう言いました。
「「え?」」
マダムと私はユニゾンしながら首を傾げると、先輩は教えてくれました。
「この知念実希人さんの『ムゲンのi』はミステリ小説なんですけど、核心部分に元々黒塗りの印刷がしてあって、絶対に読めないようにしてあるんです」
「まぁ、そうだったの! ごめんなさいね、余計な事言っちゃって……」
「いいえ、私もすぐにお答えできずに失礼いたしました……!」
ということで、一件落着となりました。
このカウンターでのやり取りを皮切りにしばらく『ムゲンのi』に落書きがある!といった問い合わせが何度も寄せられたのは印刷技術が高くなりすぎた弊害かもしれません……
後で調べてみると同様の問い合わせが通販サイトでも相次いだのか「※黒塗りは仕様です」といった注意書きがAmazonや楽天のページに添えられていました(事情を知らずに「落書き本を買わされた!」と低評価をつけてしまっている方も見受けられました)。
本日は以上です。
ここまでお読みくださりありがとうございました。
それでは、またの夜に。
古河なつみ