【毎日日記】12月22日 M-1グランプリ
M-1ができた2001年に生まれた。
僕が生まれた10日後にM-1が始まった。
2010年に一度M-1が終わった。幼い頃の記憶ながら、毎年テレビの前で家族でM-1を観ていた。
お笑いの道を志した「14歳」のころ、M-1グランプリが再び始まった。
優勝は敗者復活から勝ち上がったトレンディエンジェルさんだった。
9ヶ月後、自分でも漫才を始めた。
今までのM-1ファイナリストのネタを全組書き起こした。
見よう見まねながら、地元のイベントやテレビに呼ばれた。
高校卒業後、吉本の養成所NSCに入学した。
あんなに好きだったお笑いが嫌いになりかけていた。
M-1を観るのが辛くなった、まだ土俵にすら上がっていなかったのに。
芸人の道は諦め、放送作家を志した。
自分でやらなくていいんだと思うと、またM-1が楽しめるようになった。
自分に課したものが大きすぎた。
現実と理想の差が開きすぎていた。
昨年、上京したてのころ、部屋にテレビがなかったので中野のインターネットカフェでM-1を観た。
令和ロマンさんがトップバッターで笑いをさらい、そのまま優勝された。
文句なしの優勝だった。
今年のM-1はTverで視聴した。
再び令和ロマンさんがトップバッターで出場というドラマのような展開で幕を開けた。
もしかしたらもしかするかもと思った。
激戦の末、令和ロマンさんが2連覇を果たした。
元々魔人無骨というコンビ名で活動されていたお二人が改名するにあたり、くるまさんがお世話になっていた平成ノブシコブシの徳井さん、トレンディエンジェルのたかしさんのコンビ名を拝借し、平成→令和 トレンディ→ロマン にしたラジオでお話しされていた。
この快挙は若手達に取ってお笑いを夢見させるロマンなのか、はたまた夢を諦めさせるきっかけとなるのか。
だとすれば、エンジェルなのかデビルなのかもう分からない。
ただ、間違いないのは霜降り明星の粗品さんが高比良くるまさん著「漫才過剰考察」の帯文に書かれているように、お笑いの悪魔に魂を売ったのだろう。
最近のM-1や、近くにいる若手の芸人さん達のアスリートぶり、本気度を観て自分でもM-1に出ようとは思えない。
あくまでも、現時点では。