露店のおばちゃん 台湾の地方都市で
台湾の地方都市。
現地の子供や学生、家族連れが並ぶ露店。
前から気になっていた小さな露店。
売っているものは
バニラ、チョコ、そしてミックスの3種のアイス
そして塩味のキャラメル味のポップコーン。
「おばさんアイスちょうだい」
5分ほど並び私の番が来た。
「はいよ。何がいい?」
「バニラアイスを1つ」
「はいよ。ちょっとまっとくれ」
おばちゃんが慣れた手つきでコーンをくるくる回しながら
ソフトクリームを作ってくれた。
「はい。おまち」
「ありがとう」
代金を支払う。
「あんた日本人だろ?こっちの言葉ができるんだね」
おばちゃんが話しかけてきた
「全然話せなかったんだけどこっちの友達と遊んでいる間に
覚えちゃったんだよ」
「そうかい。学生の頃に日本語を習ったけど。。。アイウエオ
。。。これしか覚えてないよ」と笑うおばちゃん。
それから数日に1度の割合でおばちゃんの露店に通うようにな
った。
ある日のこと。
「ちょっとお願いがあるんだけど」と神妙な表情のおばちゃん。
「うん?どうしたの?」
「風邪を引いちゃったんだけどなかなか治らなくてね。あんた日
本と台湾を行き来してるだろ?いつでもいいから日本の風邪薬
を買ってきて欲しいんだよ」
「別に構わないけど。。。医者には行ったの?」
「そうしたいんだけどさ。ほら、私、この店ひとりでやってるだ
ろ?」
おばちゃんの露店は年中無休だった。
「薬ならこの近くにもあるでしょ?確か日本の薬買えるよね?」
「売ってるけど高いし偽物かも知れないだろ」
「えっ?薬局で偽物売らないでしょ」
「ここは台湾。日本と違うんだよ。平気な顔して嘘つく人たくさ
んいるからさ」
偽物が流通している可能性はあるけどチェーン店などで買えばそ
んなこともないような気がするんだけど。
薬以外にも女性から化粧品を頼まれることが多いのですが現地の
人は皆さん「偽物をつかまされる」とか「同じものでも日本の方
が品質が良い」って言うです。
化粧品などは水質に差があるからって聞いたことがありますがそ
のようなデータが存在するのかはたまた都市伝説なのかって感じ
です。
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日本に帰国した際にご指名の薬を購入しおばちゃんの露店に顔を
出した。
「はい。これでいいんだよね?」
薬の入った袋をおばちゃんに手渡すと中身を確認して
「謝謝。忘れずに買ってきてくれたんだね。嬉しいよ」と思った
以上に喜んでくれたおばちゃん。
「じゃあいつものようにバニラをひとつちょうだい」とバニラ味
のソフトクリームを頼んだ私。
「はいよ。普段より2段余計に巻いてあげるから待ってな」
「ははは。ありがとう」
出来上がったソフトクリームを受け取り代金を支払おうとすると
「お金はいらないよ」とおばちゃん。
「いやいや。おばちゃんダメだよ。おばちゃんこれでご飯代を稼
いでるんだからさ。そんなことできないよ」
「いいのいいの。気持ちだよ」とおばちゃんお金を受け取らない。
ちなみに台湾では「キモチ(気持ち)」という言葉を使う人とた
まに出くわす。
「心が通じた」という感じで使っているようだ。
「おまけして」という意味で価格交渉で使われる場合もあります。
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それからというもの私がソフトクリームやポップコーンを買って
もお金を受け取ってくれなくなったおばちゃん。
嬉しいんだけどなんとなく申し訳ない気持ちが強くなってしまい
店からは足が遠のいてしまった。
2年ほど
経ったころに久々に台湾へ行く機会があった。
久々におばちゃんのソフトクリームが食べたくなり露店を向かっ
た。
でも店はあるもののそこにおばちゃんの姿はなかった。
おばちゃんの代わりに中年の女性が店を仕切っていた。
売っているものはソフトクリーム3種類とポップコーンのまま。
おばちゃん、今日は休みなのかな?と思いながら列に並ぶ。
「何にしますか?」と女性
「ソフトクリームのバニラを」
私は依然と同じくバニラ味をオーダーした。
「ありがとうございます。ちょっとお待ちくださいね」
まだ商売になれていない様子の女性。
言葉使いが丁寧で露店っぽくない。
でも仕事する姿を見ていると応援したくなる。
そんな一生懸命さが伝わってくる仕事っぷりだった。
「お待ちどうさまです。ソフトクリームのバニラです」
「ありがとう」
代金を支払うときに
「前この店にいたおばちゃんって・・・」
とおばちゃんの消息を知っていないか聞いてみた。
「私は娘なんです。数か月前に体調を崩して入院してしま
って・・・」
「えっ?入院ですか?どんなご様子なのですか?」
娘さんは仕事をしながらおばちゃんの近況を教えてくれた。
病気は重いものではないものの年齢的に外での長時間労
働には耐えられないのではないかと医者に言われてしま
ったそうだ。
「母が復帰するまで私が手伝うつもりだったのですが、
だったら引き継いでしまおうかなって思ってます」と
娘さん。
「こんなにお客さんがいてくれますしね」と言いながら
お客さんの注文に応えていた。
以前と変わらずお客さんは長蛇の列だ。
入院はしたものの大きな病気ではないことを知り安心した
私はソフトクリームを手にして娘さんに「では」と告げて
露店をあとにしようとした瞬間。
「あの」と娘さんに呼び止められた。
「あなた日本の方ですよね?」
「はい。そうですよ」
「もしかしたら薬・・・母に風邪薬を買ってくれた方?」
「はい。そうです!」
「坊主頭で眼鏡をかけていて中国語を話せる日本人に助けて
もらったと話していたのを思い出して。。。すみません、
すぐに気がつけばよいのに」
「いえ。もう数年前のことですから」
「これ。良かったら。おまけです」
と娘さんはキャラメル味のポップコーンをひとつ手渡してく
れた。
「えっ?悪いですよ。代金お支払いしますので」
「いいんです」
「でも。。。」
「母から言われてたんです。もし私がいない間にあの日本人が
店に来たら代金を受け取ってはいけないって」
そう言って先ほど支払ったソフトクリームの代金も返そうとす
る娘さん。
「ポップコーンはおまけでいたいておきますのでソフトクリー
ムの代金だけは受け取ってください」
「いいえ。母との約束ですから受け取れません!」
凛とした表情で私の手に代金を戻してくれた。
あれから
台湾のあの街へ行く機会はなくなってしまった。
コロナ禍もあり今もお店があるのかは分からない。
もし次あの地方都市を訪れる機会があったらソフトクリームの
バニラ味を注文する。
そのときはお金を受け取ってね。