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インドネシアから来た男

ある日、そいつは現れた。

仕事で台湾に住んでいるころの話。

台湾人の友達アーサンの店にふらりとやってきて
まるで子供のころからの友人かのように店にいつ
いた。

インドネシアから労働者として台湾にやってきた彼は
ジョンと呼ばれていた。

語学研修を受けていたようである程度の中国語を話す
ことができたのでアーサンと彼の仲間たちとのコミュ
ニケーションにはほぼ問題はないようだ。

明るい性格でいつも冗談を言ってみんなを笑わせてい
たのですぐにみんなと仲良くなっていた。

「こいつ、俺の友達で日本人なんだ」とアーサンが私
を紹介してくれた。
「えっ?日本人?なんでこんな台湾の田舎に?」
少し驚いた表情でジョンが質問してきた。

それが彼と交わした最初の会話だった。

それから毎日のように

アーサンの店でジョンと会い、話をするようになった。

ジョンは毎日朝から晩までアーサンの店にいる。
開店の準備から閉店後の片づけまで1日中アーサンの
店にいる。

「アーサン、あいつ朝から晩までここにいるみたいだ
 けど仕事は?」
私が聞くと
「仕事先でトラブルがあったらしくてさ。今、仕事が
 ないみたいなんだよ。エージェントが新しい仕事先
 を探してくれているみたいなんだけどね」
とアーサンがジョンの置かれた状況を話してくれた。

アーサンの店は小さい

家賃が安いとは言え売上が少なかったのでゆとりはない。
仕事を手伝ってくれるジョンに給料は出せなかった。
ジョンからも給料や仕事をさせて欲しいという話は出て
いなかったようだ。

出稼ぎの外国人が身寄りのない海外で仕事を失っている。
本国には数年前に結婚した奥さんと幼い子がいる。
悪いやつじゃない。
せめて食べるものくらいは世話をしてやろう。

アーサンや彼の仲間たちは朝昼晩の食事やたばこなどを
持ち寄ってジョンの生活を支えていた。

数か月経ったある日。

「ちょっと散歩しない?」とジョンに誘われた。
「いいよ。ちょっと歩こうか」
私とジョンは歩きなれた街を連れ立って歩くことにした。

小さな田舎街を歩きながらジョンくだらない冗談をく
り返していた。
「ねぇ。英語話せる?」と突然英語で話し始めたジョン。
「あぁ。話せるよ」と答えると

「じゃあ俺たちが話すときは英語にしない?中国語難
 しくてさ」
「そうだな。そうしよう」
ジョンの提案を受け入れ私たち2人のときは英語で話す
ことにした。

しばらく歩いていると
「ちょっと疲れちゃったね。カフェでも行かない?」と
ジョン。
「いいよ。丁度あそこにカフェがあるから入ろう」

大きな通りに面した海外から進出してきた大手カフェが
あったので私たちはそこで休憩することにした。

店内に入ると列に並んで注文。

先に私がオーダーし後ろに並ぶジョンを振り返って
「ジョンは何飲みたい?」
「俺は、、、、抹茶ラテがいいかな。抹茶、美味いよな。
 ニッポンイチバン!」ジョンがどうでも良い冗談を言
う。

支払いを済ませようとしたときだ。
私の後ろに並ぶジョンがお金をスタッフへ渡した。

「ジョン。ダメだよ。この店、安くないだろ」と私が
言うと
「ダイジョウブダイジョウブ」とジョンがニヤケなが
ら日本語でそう言った。

「ドリンク受け取るのを待つから席に座って待ってて
 よ」とジョンは軽く私の背中を押した。
(支払いは俺がするから)そんな感じの笑みを浮かべ
ていた。

ドリンクを受け取ったジョンが席にやってきた。

「お前、仕事ないんだろ?仕送りもしなきゃならないの
 にこんなところでお金使うなよ」と私が諭すように言
うと
「実は俺、お金に困ってないんだよ」とジョン。

「何言ってるんだよ。お前、出稼ぎで台湾に来て失業し
 ちゃったんだろ?」
「ハッハッハッハ!」と大声で笑うジョン。
一瞬周囲からの視線が集まり恥ずかしかった。

「実は俺、そんなにお金に困ってないんだよ」
ジョンが想定外のことをくちにした。
「えっ?どういうこと?」

「そんなに金持ちでもないけどインドネシアの中では
 まぁまぁの家なんだよ」
「本当かよ、それ?」

「あぁ。本当だよ」
「じゃあ、なんで台湾にいるんだよ」

「まぁ、それはいろいろあってさ。俺、結婚してる
 じゃん」
「あぁ。子供もいるよね」

「うん。奥さんは最高だし子供も可愛い」
「うん」

「でもさ。結婚して思ったんだ。毎日家に帰るのは辛い
 ってね。俺、そういうキャラじゃないんだなって」
「だからって。。。」

言葉を続けようとした私を遮るように
「わかるよ、お前が言いたいこと。だから台湾に来て
 こっちで仕事して家族にお金を送る。しばらくはそ
 うやって過ごしてみたいって思ってさ」

「でも、俺がお金に困ってないってことはアーサンた
 ちには言わないでくれよ。あいつら良い奴じゃん。
 俺が初めてアーサンの店に行った日から食べ物や飲
 みもの、たばこまで恵んでくれてさ。自分のことを
 話す出すタイミングがなくなちゃったんだよね」
そう言ってジョンは頭をかいた。

ジョンのことをアーサンたちに話そうか

とも思ったけど上手くいっている彼らの関係を壊すこ
ともないと思ったので私は告げ口するようなことはし
なかった。
バレるときにはバレるだろうし。

日本に一時帰国した私は翌月台湾に戻った。

いつもようにアーサンの店に行ってみた。
「お~!戻ってきたな日本人!」
アーサンと仲間たちがいつもの笑顔とにぎやかさで私
を迎えてくれた。
でもそこにジョンの姿はなかった。

「あれ、あいつは?ジョンはいないの?」と私が聞く
と、、、、

ある日警察がアーサンの店にやってきた。
ただの巡回ではないということは警官の数の多さと
彼らの表情からすぐに分かったとアーサンは言った。

「たくさんの警官がジョンを取り囲んでさ。何か英語
 で話しかけたあとジョンに手錠をかけて連れて行っ
 てしまったんだよ」とアーサン。

後日警察を訪れてジョンのことを訊ねると

不法滞在

仕事を失っている間に就労ビザの期限が切れてしまい
エージェントからの通報があり警察が後を追っていた
そうだ。

アーサンと仲間たちはジョンが収容されている施設に
食事や衣服を持って行ったが面会することは出来なか
ったという。
施設の外から大声でジョンの名前を呼んだが顔を見る
ことはできなかったそうだ。

「もうインドネシアへ強制送還されちゃったんじゃな
 いかな」とアーサン。
「あいつ、面白かったよな」
特に寂しそうな表情も浮かべずにアーサンはそう言っ
た。

お調子者のジョン。
アーサンや彼の友人たちといつも大声で冗談を言い合
っていた憎み切れないインドネシア人。

今はどうしているのだろう?

ちなみにアーサンたちはジョンがお金に困っていなか
ったことを未だに知らない。
知らない方が良いこともある。
私に話したことが果たして本当なのかも確かめるすべ
はいしね。


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