言いがかり

“なりきり厨”
自分もしくは対象をマンガやアニメなどの人物に「認定」し、
そのキャラクターの設定を押し付ける集団のこと
~pukiwikiより

 彼は、本屋で二人の男たちに声をかけられた。
「アキラ!」「おお、アキラだ」
 しかし彼には、その二人に見覚えはない。
「あの、どなたかと間違っていませんか?」やんわりと言ってみる。
「え? 何、言ってんの? 間違える訳ないだろう?」
 髪を逆立てた男が、少し不機嫌そうな声を上げた。
「いやいや、テツオ。何怒ってんの。ジョークだよ。な?」と、今度は、赤いブルゾンの男の方が話しかけてくる。
 彼は困った。相手はどうも自分のことを、別の誰かだと思い込んでいるらしい。とんだ言いがかりだ。
「そういえば、カネダの新しいバイク。まだ見てないだろ? カッコいいぜ! 今、乗ってきてるんだけど、見に行こうぜ?」
「ああ、そうだ。俺のバイク。この近くに止めてあるんだ。でも、貸さないぜ。また壊されるとイヤだからな」
 二人は彼を店の外へと連れ出そうとする。しかし、厄介事はご免だ。
「あ、ああ。そうなんだ。悪いんだけど、俺、少し急いでいるから」
 そう言って彼は調子を合わせつつ、その場を立ち去ろうとした。だが、そう簡単には逃がしてくれないようだ。
「いや、待てよ」
 テツオが彼の前に立ちふさがり、彼の黄色いブルゾンの袖を掴んだ。
「なんで、逃げようとするの?」
 後ろからは、カネダが彼の肩に腕を回してきた。
――どうやら、かなり厄介な連中のようだな。
 顔から変な汗が噴き出してくるのを感じる。このまま、ここにいてはイケナイ。彼は意を決した。強行突破だ! 
 カネダの腕を振りほどき、テツオの手を払いのけると、一気に脇をすり抜ける。そのまま一目散に、店の出口から走り去って行った。

「なんだ、アイツ?」テツオが怒りの声を上げる。
「さあ?」カネダは不思議そうな顔をして、そう答えた。

――いやあ、参った。“カメレオン・ジョー”としたことが、とんだ災難だったな。
 彼は人気のない狭い路地で足を止めると、周りに誰もいないのを確認した後、ハンカチで汗だくになった顔を拭いた。
 それからクスッと小さく笑うと、スッキリとした顔で歩きはじめた。

「あれ? あの黄色いブルゾン。アキラじゃないか?」
「え? どれ?」
「あ、違う。人違いだ」
「しかし、アキラの奴。ホントにどうしちゃたんだろうな?」

 そして彼は、人混みの中に、紛れていった。

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