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16悪魔の誓い

 聖夜。クリスマス。神の子が降誕した日。古くは太陽の神が新しく生まれた日だとか。まあ、我々悪魔にとっては聖夜などどうでもいい。今年は違うが、聖夜は冬至と被ることが多い。本来悪魔にとっては冬至の方が重要だ。一年で最も夜が長い日。闇が最もその脅威を示す日。陽を起源とする我ら火の一族でも、冬至は活動しやすい。それはやはり、我らも魔に属するからだろう。
 ハロウィーンが終わると早々に、アメリカではクリスマスの飾り付けに入る。もはや形骸化しただのイベントとなった聖夜のありがたみの薄さを微笑いつつ、俺とアンジェラは適当に街を歩いていた。
「あ」
「なんだ」
「ヤドリギがあるよ」
俺はひょこひょことヤドリギの飾りの下に近付いていく。
「ねえアンジェラ、なんでヤドリギを飾るか知ってる?」
「知ってる。魔除けだろ?」
「あれ、意外。こういうこと興味なさそうなのに」
「……授業でやっただろ」
「そうだっけ?」
「お前……授業聞いてないのかよ」
「だって眠くて」
そう、ヤドリギは魔除けとして飾られる。俺は頭上のキッシングボールを笑った口のまま見上げた。
「魔除けだし、苦手だろ?」
「本物のヤドリギはね。でもこれは造花みたい。ほんと形骸化してるよね近年は」
ニンマリと笑い、アンジェラに手招きをする。
「せっかくヤドリギがあるからチューしようよ」
「……ヤドリギの下でのキスの意味知ってんのかお前」
「知ってる〜永遠の誓いだっけ?」
アンジェラは眉根にシワを寄せて俺を見ている。ヤドリギの下では女性はキスを断れないとか言う、男に都合のいい伝説もあるらしい。
「キスが嫌ならハグでも構わないよ」
別に彼女を困らせるつもりはない。形骸化した魔除けの下で悪魔が人間と誓い合って、それが叶ってしまったら面白そうだというだけだ。アンジェラはしかめっ面をしたまま束の間悩んでから俺の目の前に歩んできた。
「さて、どっちにする? キス? ハグ?」
アンジェラはふいと視線を逸らして頬を赤らめた。
「どっちでもいいから、さっさとしろ」
「…ふーん」
「なんだよ」
「だって」
意外だったし、どっちでもいいなんて言われたら困る。魔の者にとって“誓い”というのは契約並みに意味合いが重いものだ。
「いいの? 悪魔と永遠誓っちゃって。契約みたいなもんだよ?」
ニマリと笑う。困らせるつもりはないが、困っているアンジェラは可愛いので意地悪な顔をしてみた。顔は赤いままだが、彼女は俺の目を真っ直ぐ見た。赤い瞳の透明感が増したように見えて目を奪われる。
「いずれ私の魂持って行くんだろ。同じことだ」
ヤドリギの下に若い男女がいるせいか若干視線が集まってきてアンジェラの気が散ってしまう。今の瞳をもう一度見たい。俺は彼女を頬を両の手で包みこちらを向かせる。
「周りは気にしないで、ちゃんとこっち見て」
「お、おう…」
俺が真面目な雰囲気を出したせいか、彼女は背筋を正す。
「悪魔にとって誓いとか契約っていうのはかなり大事なものなんだけど、まあ授業でその辺もやったよね」
「おう」
「誓いだし、本当は二人きりでこっそりやりたかったけど…良しとしようか」
両手の位置をそのままに俺は言葉を続ける。
「俺は今後も君を他の男にも女にも人間にも悪魔にも天使にもどの生物にも、くれてやるつもりは一切ない」
「…うん」
「これからも君を幸せにして、君の魂が豊かに薫った最高の瞬間に俺は君の魂を貰う」
「うん」
「この規程(ルール)を俺は俺に課し、世界の終わりの日まで君の魂を手放す事は無いと俺自身に誓おう」
「おう」
誓いを立てて、俺はアンジェラと唇を重ねる。野次馬が数枚写真を撮った音を耳にしたので俺は魔術でデータを故障させる。呪ってやってもいいぐらいだが、今は気分がいいのでその程度で許してやる。
「ふふ、やっとキス出来た」
頬が緩むのを感じる。いいね、若いね。おめでとう。なんて周りが言うのを無視して俺はヤドリギの下からアンジェラを連れ出した。別のカップルが続いてキッシングボールの下に立ったのを傍目に手を繋いで歩き出す。
「やっぱり形骸化した儀式なんて適当だな」
「ん?」
「だって、悪魔が人と誓いを立てても天罰は降ってこないじゃ無い」
今どこを見ているのかも分からない神を嗤う。お前たちは星から遠すぎて地上なんて見ちゃいないじゃないか。口の端を持ち上げているとアンジェラの視線を感じ、やや屈む。
「なぁに?」
「悪魔丸出しの表情(かお)だったぞ、今」
「だって、悪魔だもの」
今日は叔父がケーキを作って待っている。じゃ、早く帰ろう。そう言って俺たちは大通りから姿を消した。

 そんな二人の姿を遠目に見ている若い男の姿があったが、レイは気付いていなかった。

fin.

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ふろたん/月海 香
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