前妻家族にやきもち
21時きっかりにチャイムがなった。
さっきまで泣いていたのを悟られないように「いま開けるね」とさりげなく言ったつもりだが、私の声が沈んでいるのはドアの向こうの彼にも明らかだろう。
「ただいま」と彼。
「おかえり」と言える気分ではない。
彼がどこから来たかが分かるから。
私の気分を察したのか、彼はいつものように明るく振る舞う。いや、いつもより明るくと言った方がよいかもしれない。
我が家の猫たちにいつものようにおやつをあげる彼。ニコニコしているが昨日今日の話はなにもしてこない。
ウォーターサーバーの重たい水を交換をする彼。「れんれんに重たいものを持たすのは良くないからね〜」「これを替えるために来たんだよ〜」ニコニコ。
水の交換は自分でやるから今日は大丈夫とLINEしたのに。その箇所は見ていないことになっている。
交換して帰るためだけにうちにきたの?亡くなった前妻の家には泊まるのに、うちには泊まらないで今日はそのまま帰るんだ。と思ったが、これは口には出さない。
自分でも自分が嫌になる。
後ろから彼に抱きつき、うなじの香りを吸い込む。「よその家のにおいがする」と私。即座に彼「バカなことを(笑)」切り返しが早いところを見ると、図星だったのだろう。
洗い物をする私の後ろにぴったりと寄り添う彼。何も言わない。
先に口を開いたのは私だった「なにか飲む?車でしょ。お酒はすすめないよ」
「飲むよ。今日は泊まってもいい?」と彼。予定変更?そうきましたか…。シャワーを浴びるというので、私はソファに座り本を読む。
今日のシャワー時間はいつもより長いし、ドライヤーもいつもより念入りだ。狭い部屋だ、音で分かる。よその家のにおいを消しているのだろうか。
さっぱりした様子でソファに座り私を抱き寄せる。「不安にしてごめんね」
私のシャンプーの香り
あ、また涙が…
正確に言うと不安とは違う。嫉妬?そうかもしれない。けど言葉にするなら、えっと…疎外感?そう、疎外感が近いかもしれない。
「れんれんがどう感じているのか、教えて」
不倫している気分。私は愛人。私とは関係ないところであなたは自分の義理の家族との団欒を楽しんでいる。そこに私は入れないし、入らない。私という存在すら知らない彼らと、あなただけの時間。
亡くなった前妻の家族との付き合いがあることは最初から分かっていた。分かっている、だからといって何も感じないわけではない。
3ヶ月に一度の前妻のお墓参りが毎回日帰りなのか泊まりなのかも知らないし聞かない。あなたも言ってはこない。
「疎外感…かな」涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃ。ティッシュ ティッシュ。
今日のあなたのLINEを見てからの私の気持ちと、お墓参りの日がくるたびに感じる気持ちを言うね。
なにも言わない彼。泣いている私をなだめるでもなく、言い訳をするでもなく。寄り添って抱きしめて、ただそばにいてくれる。
嫌いになれたらどんなに楽になるだろう。愛してるから苦しい。
愛した妻の大切な家族。彼にとっても長い年月を過ごしてきた大切な義理の家族。
最愛の妻、最愛の娘そして姉を亡くし、悲しみを秘め、彼女の話しをすることで互いの癒しになっているであろう存在を、彼から遠ざけることはできない。私の口から付き合いを辞めてとも言えない。辞めてもらったとしても私の苦しさはまた別の苦しみと自己嫌悪に変わるだけだ。
全く平気になるには長い時間がかかると思うけど、大丈夫。いつかそれらを受け入れて、穏やかに〝いってらっしゃい〟〝おかえりなさい〟と言える日もくるのだろう。でも、今はまだ…
「毎回こうではないよ。いつも日帰りだって言ってるぢゃん(いや初耳だΣ(-᷅_-᷄๑))今回は理由があって。言わなかったけど実はね…」彼の話に黙って耳を傾ける。
今年は義理の母親の喜寿のお祝いで、義弟夫婦とその子供たちと昨日から一泊二日してきたそうだ。長年とても世話になっているし、連絡を断つことは考えられない。
好きな人ができたら連れて来なさい、と義母には言われているらしい。
たが今日は義母のお祝いの席でもあり、甥や姪もいる。こういう話は義母と義弟に、それぞれ一対一で会って話しをするべきだと思ってる。
次に彼らと会うのは3ヶ月後の6月。その時に結婚したい人がいる、と私との事を話そうと思っている。
しかしその前に、自分の両親に結婚報告をしにGWに一度実家に帰ろうかと思う。本当は二人で一緒に挨拶に行ければいいんだけど。
その後、義母と義弟に報告に行ってくる。でないといつまで経っても結婚できない。
さっきまでのこわばった私の気持ちが、それを聞いてすぅ〜っと軽くなる。また涙。
そうか
私は内緒にされていたのが悲しかったんだ。
私の存在を告げないまま、今でも義理の家族との関係を変わらず続けられていた事が悲しかったんだ。
今日、彼に逢えてよかった。話すってとっても大切。
喧嘩してもいいんだよ。そうやって少しずつお互いを理解していくんだよ。と、人との付き合い方を教えてくれる人は過去にもいたが、それを行動に表してくれるのは彼が本当に初めてだ。ありがとう。
さ、ビール飲もうか🍺