洗濯バサミ

やろうと思っているのになかなか出来ないことがある。物干し竿に留めていた洗濯バサミがベランダに落ちたままになっている。ただ拾うだけなのにそれが出来ない。「あ、落ちているな」と気付いてからもう1週間くらい経った気がする。落ちていた場所はベランダの排水のために溝のようになっており、そこには9月中旬にも関わらず居残る夏の暑さに戦うべく酷使されたエアコンのドレンホースから出る水が流れていたため、見て見ぬ振りをすることにしたた。濡れた洗濯バサミを拾いたくなかったのである。その場で拾えば一瞬で終わるというのが頭で分かっているにも関わらず先延ばしにしてしまう。今度は引き延ばすことで、脳が洗濯バサミを拾うという3秒で終わる作業を過大評価し、重大なタスクと誤認識する。洗濯バサミを拾うのに莫大なエネルギーと決心が必要になる。こうなってくるともうダメだ。絶対に拾えない。引越しまで私はこのベランダに落ちた洗濯バサミとともに生きていくのだと決意を決めた。
今日窓を開けたら急に涼しくなっていた。外の空気の方が冷たく感じたのでエアコンを止めた。出かける前に洗濯物を干そうとベランダに出る。ベランダの排水用の窪みは乾いていた。少し汚れた洗濯バサミを拾い上げる。知らぬ間に夏が終わっていた。

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