鍋パーティで会いましょう|脚本

※落選作を手直ししたものとなります。
※縦書き版はこちら↓


梗概

コンビニ店員の白鳥拓実(20)はバイトテロを起こし、コンビニを潰してしまう。

1年後。潰れたコンビニのオーナーだった山吹(52)がカラオケ居酒屋をオープンし、山吹の再出発を祝うべく元コンビニ店員の近藤(44)、すみれ(50)、まり(22)の三人が居酒屋に集まる。

久々の再会を懐かしむ一同に混じり、白鳥が姿を現す。思わぬ人物に驚く近藤らへ、山吹は「自分が呼んだ」という。

山吹の鍋料理を囲みながらコンビニ時代の思い出話に花を咲かせる近藤たちだったが、その場に白鳥がいることへの不満を隠せない。

一方、雇った恩を仇で返されたはずの山吹は、白鳥に対してひとり温かい素振りを見せる。そんな山吹の態度を一同は訝しがる。

昔話は続き、コンビニ本店社員で、エリアマネージャーとして山吹の店を見回りにきていた松本(35)との辛い思い出が蘇る。

松本のパワハラには皆一様に苦しい思いをしてきており、特に山吹への松本のあたり方は尋常ではなかった。

夜も更け、酔いつぶれた白鳥を介抱してやる山吹に「白鳥を恨んでいないのか?」と疑問をぶつける一同へ、山吹は語ることのなかった真実を話し出す。

一年前。松本からの絶え間ないパワハラを受け、精神的に追い詰められた山吹は、ある夜、自殺を決意する。

そんな山吹の苦悩に気づいていたのは白鳥だった。白鳥は山吹を救うために松本に刃向かい、故意にバイトテロを起こしたのだった。

自殺を思いとどまり、今日という日を迎えた山吹は「店は潰れたが、命を救われた」と語る。真実を知った一同は白鳥への誤解を溶く。

鍋パーティは終わり、再会を誓って散っていく一同。千鳥足で夜の闇へと消える一人の若者を、山吹はあらん限りの愛しさを込めて見送るのだった。

《登場人物》

白鳥拓実(20) 元コンビニ店員
山吹翔(52) 元コンビニオーナー

近藤晴彦(44) 元コンビニ店員
遠山すみれ(50) 元コンビニ店員  
高井まり(22)  元コンビニ店員

松本(35) コンビ二本店社員


脚本

○コンビニ・外観(深夜)
  真っ暗闇の住宅街。
  コンビニの明かりがぽつんと灯っている。

○同・レジ裏
  机の上に無造作におかれたサラダチキンと飲みかけの缶チューハイ。
  白鳥(20)、フライヤー器具でサラダチキンを揚げている。
  油の中できつね色になるサラダチキン。
白鳥「(『リンダリンダ』の替え歌を口ずさむ)♪唐揚げ棒みたいに 美しくなりたい」

○同・店内
  雑誌コーナーでエロ本を読む客。
  白鳥、リンダリンダの替え歌を口ずさみつつ、レジ裏からリズムカルに出てくる。
白鳥「(歌う)写真にはうつらない 美しさがあるから」
  白鳥、レジ前におかれているおでんの汁の中に手を突っ込むと、ちくわを1本むしりとる。
白鳥「(サビを絶叫)ちくわちくわ! ちくわちくわちくわーーッ!! ちくわちくわ! ちくわちくわちくわーーッ!!」
  白鳥、頭がおかしくなったように、握りしめたちくわをマイクにしたりギターにしたりして暴れ出す。
客「(呆然)…」
  白鳥、ちくわを振りかざしながら、
白鳥「(サビを絶叫)ちくわちくわ! ちくわちくわちくわーーッ!! ちくわちくわ! ちくわちくわちくわーーッ!!」

○同・外観(その後)
  工事業者によって看板が取り壊されている。

○カラオケ居酒屋・外(1年後・冬)
  テロップ『1年後』
  古い建物の入り口に、『カラオケ居酒屋【翔】 明日オープン』の看板。

○同・店内(夕)
  こじんまりとした店内。
  カウンター奥の厨房に山吹(52)。
  鍋の中でぐつぐつ煮えるおでん。
山吹「(お玉で汁を味見する)うむ」
  と、ドアが開く音。
  山吹、入口を振り返る。
  近藤(44)とすみれ(50)が立っている。
すみれ「(山吹を見て)オーナー。お久しぶりです」
山吹「おう」
近藤「(どうも、と頭を下げる)」
山吹、二人を見て、
山吹「なんだ。一緒か?」
すみれ「たまたまそこで会って。これつまらないものですけど」
  すみれ、持っていた菓子折りを山吹へ渡す。
山吹「いいのかい。悪いね」
近藤「(手ぶら)すみません、気が利かなくて」
山吹「(笑う)」
すみれ「(店内を見渡し)でもオーナー、素敵なお店じゃないですか」
山吹「もうオーナーじゃない。その呼び方は照れ臭いな」
近藤「何いってるんですか。オーナーは永久にオーナーですよ。巨人の長嶋が監督と呼ばれ続けるのと同じですよ」
すみれ「あんなことがあって大変だったけれど、この度は本当におめでとうございます」
山吹「ありがとう」
近藤「オーナー、まりちゃんはまだきてないんですか?」
すみれ「さっきからこの人『まりちゃんまりちゃん』そればっか」
山吹「(笑う)」
すみれ「ねえ。それよりなんかいい匂いしません?」
山吹「おでん鍋を作ったんだ。皆で食べようと思ってな。近藤くんの好きな酒もたっぷり用意してある」
近藤「ありがとうございます」
すみれ「いいんですか。ご馳走になって」
山吹「もちろん。今日は君たちをゲストとして招いたんだ」
すみれ「(嬉しい)じゃ、今夜はオーナーと私たちの再会を祝って鍋パね、鍋パ」
山吹「(笑う)」
  と、ドアが開く。
  白鳥、入ってくる。
すみれ、近藤「(気づいて)?!」
  白鳥、バツが悪そうに立っている。
近藤「(絶句し)なんでお前がここにいるんだ」
白鳥「…ちぃーす」
すみれ「…ちぃーすじゃないわよ」
すみれ、思わず白鳥に詰め寄る。
すみれ「あんた! あんた、どの面下げてうちらの前に出てこられんの! 自分でしたことがわかってるの?! あんたのせいでオーナーのお店が!!」
山吹「遠山さん、いいんだ」
すみれ「え?」
山吹「俺が呼んだんだ」
すみれ、近藤「…」
山吹「拓実、入れよ」
白鳥「…」
  白鳥、入ってくる。
  近藤とすみれ、呆然と佇む。
  厨房のコンロの上。
  ぐつぐつと煮えるおでん。

○タイトル

○カラオケ居酒屋・店内
  座卓テーブルの置かれた座敷に、白鳥、すみれ、近藤の3人。
  すみれ、スマホをいじっている。
すみれ「(近藤へ)まりちゃんから『少し遅れる』ってLINEきた」
近藤「え。まりちゃんとLINEやってるんですか?」
すみれ「いいでしょー」
  すみれ、スマホをしまい、
すみれ「(独り言)あーあ。せっかく今日楽しみにしてたのに。誰かさんのせいで気分が台無し(と白鳥の方をちらと見る)」
白鳥「…」
  気まずい雰囲気が漂う。
  白鳥、『3』とでかでかと書かれたパーカーを着ている。
近藤「(見て)3って何だよ」
白鳥「…?」
近藤「長嶋気取ってんの?」
白鳥「え?」
近藤「長嶋茂雄だよ。巨人の」
白鳥「(自分で『3』を見て)いや、清原っすよ」
近藤「清原? お前清原好きなの?」
白鳥「めっちゃファンすよ」
近藤「あ、そう」
  近藤、興味なさげに呟き、スマホをいじりだす。
白鳥「…清原って80年代のギラつきハンパないじゃないっすか。俺の周りでも、尾崎とか、ブルーハーツとか、あの辺が流行ってるんすよ。ロックでかっこいいじゃないすか」
近藤「(聞いてない)」
白鳥「俺、近藤さんに昔話しませんでした? ガチで清原のファンだって」
近藤「いや知らんけど」
白鳥「話しましたよ」
近藤「知らん。お前に関する記憶は全部消したから」
白鳥「…」
すみれ「(ため息をつく)清原だか何だか知らないけど、そんなのにかぶれてあんなバカな真似したってわけか。あーやだやだ」
白鳥「…」
  近藤、スマホから顔を上げ、
近藤「いいたくないけど、『コンビニ Z世代』で検索すると1ページ目の3段目にお前のフルネームと顔写真が出てくるからな」
白鳥「…」
近藤「(確かめる)今5段目になってっけど、油断するとまた上がってくるぞ」
  近藤、スマホをしまう。
近藤「これはお前が一生背負ってくいく十字架だぞ。ちくわでできた十字架」
白鳥「(ぼそり)別にいいっすよ。もう人生詰んでるし」
近藤「当たり前だ」
  厨房から、山吹、小皿を手にやってくる。
  山吹、テーブルに小皿をおく。
山吹「まり君が遅れるのであれば、先に始めようか」
すみれ「あ、私も手伝います(と立つ)」
山吹「(とめる)いや、今日は皆がゲストだから」
すみれ「でも…」
山吹「振る舞わせてくれ」
すみれ「…(仕方なしに座る)」
山吹「(白鳥へ妙に優しく)拓実、仕事は何やってるんだ?」
白鳥「別に。色々と…」
山吹「そうか。ちゃんと働けよ」
白鳥「働いてるっすよ」
山吹「(笑う)近藤くんはどうだ?」
近藤「(歯切れ悪く)まァぼちぼち…この歳だからまァ仕事は選べないですけど」
山吹「(すみれへ)遠山さんはまたコンビニだと聞いたが」
すみれ「やっぱり私に向いてるから」
山吹「(微笑む)」
すみれ「聞いて。今の職場、店長が威張りちらしちゃって。やんなっちゃう。オーナーとは正反対の人」
近藤「オーナーは俺たちにいつも優しかったですよ。ほんと」
すみれ「あーあ、誰かさんがあんな事件を起こさなきゃ、あのまま働いてられたのにな(と嫌みっぽく)」
白鳥「…」
山吹「遠山さん、もうすんだことだ。こいつのしたことはどうか水に流してもらえないか」
すみれ「…オーナーがそういうなら」
山吹「ありがとう。じゃ、酒を持ってこよう。みんなビールでいいかな」
すみれ、近藤「(うなずく)」
  山吹、厨房へ戻っていく。
  すみれ、山吹の後ろ姿を見送り、
すみれ「(切り替えて)よしわかった。じゃ、今日一日、あんた責任もって盛り上げ係やんなさいよ!(と白鳥を指さす)」

     ×     ×     ×

  テーブルの上におでん鍋とビール瓶。
  酔っぱった白鳥、コップをマイク代わりにして熱唱している。
  近藤とすみれ、手拍子する。
白鳥「(尾崎の『卒業』の替え歌)行儀よく真面目なんてできやしなかった 夜のセブン 雑誌マンガ 破いて回った」
近藤「(厨房へ)オーナー! こいつ全然反省してないですよ」
山吹「(笑う)」
  店内にはカラオケ設備がある。
  すみれ、デンモクを取り、
すみれ「あんた、カラオケあるんだからマイク持って歌いなさいよ」
白鳥「尾崎の『15の夜』で」
すみれ「(入力しかけて)なんで私が入れてあげなきゃいけないのよ」
  すみれ、白鳥にデンモクを渡す。
  白鳥、デンモクを操作する。
  厨房で、山吹、酒のつまみを作っている。
近藤「オーナーもこっちきて食べましょうよ。今日は無礼講でいきましょう」
山吹「ああ。そうだな」
白鳥「俺、ポテト食べたいっす」
  近藤、白鳥の頭を叩く。
白鳥「痛っ! 何すか?」
近藤「図が高いんだよ」
すみれ「本来あんたがここに座ってること自体おかしいんだから」
近藤「そうだ」
山吹「(白鳥へ優しく)フライドポテトでいいな。待ってろ。今作ってやるから」
近藤「…?」

     ×     ×     ×

  白鳥、熱唱する。
白鳥「(歌う)やり場のない怒りに 扉破りたい」
  尾崎豊の『15の夜』だ。
白鳥「(歌う)そして仲間たちは今夜 アイスケースに入る」
近藤「笑えないぞ」
白鳥「(歌う)とにかくもう 学校や家には帰りたくない 自分の存在がなんなのかさえ わからず震えている 20の夜~」
  と、入口のドアが開く。
  まり(22)が入ってくる。
  厨房の山吹、まりに気づく。
  まり、山吹へ会釈する。
  山吹、笑顔で頷く。
すみれ「(まりに気づき)まりちゃん!」
  とまりに手を振る。
  山吹、まりを出迎える。
山吹「先にはじめさせてもらってるよ。まりくんもビールでいいかな」
  まり、コートを脱ぎながら、
まり「私も手伝います」
山吹「こっちはいいから(と制する)」
  まり、山吹に頭を下げ、一同のいるテーブルへ向かう。
  まり、すみれの隣に座り、
まり「すみれさん。ご無沙汰です」
すみれ「(まりの顔を見て)しばらく見ないうちに肌白くなったんじゃない?」
まり「(笑う)」
すみれ「あれやってるんでしょ。白玉点滴」
まり「してないですから」
すみれ「(疑う)そう?」
まり「(白鳥を見て、ささやく)何でいるんですか?」
すみれ「わかんないけど、オーナーが呼んだらしいのよ」
まり「…?」
白鳥「(熱唱する)誰にも縛られたくないと 逃げ込んだあの夜に 自由になれた気がした20の夜~」

     ×     ×     ×

  近藤、白鳥からマイクをとる。
近藤「まりちゃんもきたことだし、一曲歌っちゃうかな!」

     ×     ×     ×

  モニター画面にドラゴンボールZの映像が流れている。
  近藤、熱唱する。
影山ヒロノブの『CHA-LA HEAD-CHA-LA』。
近藤「(歌手になりきって)光る 光雲を突き抜け Fly Away 体中に広がるパノラマ」

     ×     ×     ×

  すみれ、近藤からマイクを奪う。
すみれ「だめ! あんたたち古い!」

     ×     ×     ×

  すみれ、熱唱する。
すみれ「(YUIの『CHERRY』)恋しちゃったんだ たぶん気づいてないでしょ 星の夜 願い込めて…」
白鳥「(近藤へ)この曲俺がガキの頃に流れてた奴すよ」

     ×     ×     ×

  まり、笑顔で歌っている。
  乃木坂46の『帰り道は遠回りしたくなる』。
近藤「(うっとり)」
  厨房の山吹、みんなの楽しそうな様子を見て、微笑む。

     ×     ×     ×

  白鳥、近藤、すみれ、まり、いい感じに出来上がっている。
  近藤、白鳥に絡んでいる。
近藤「おい。何が20の夜だ」
白鳥「何すか」
近藤「あ?」
白鳥「いや何すか」
近藤「清原がな、20の頃はホームラン100本打ってたぞ」
白鳥「(指折り数える)」
近藤「お前何本打った?」
白鳥「え」
近藤「えじゃないよ。栄光という名のホームランだよ」
白鳥「え。0すけど」
近藤「しっかりしろよ。20なんだから」
白鳥「…近藤さんだってホームラン打ててないじゃないすか」
近藤「うるさいよお前は」
  すみれ、やってきて、
すみれ「ホームランとか何とかいって、やらしい話してんじゃない?」
近藤「その発想ですよ、やらしいのは」
すみれ「(疑う)そう?」
近藤「ドラゴンボールでたとえると、清原が完全体セルならこいつは戦闘力5のザコって話をしてたんですよ」
白鳥「ドラゴンボール、わかんないす」
すみれ「確かにザコ。あんたはクソザコよ。クソザコ(と罵る)」
白鳥「…」
近藤「PL学園の野球部入ってみろ。Z世代ごとき半日で逃げ出すわ」
白鳥「(むっと)逃げないっすよ」
近藤「3分で逃げ出す。カップラーメンだよ」
白鳥「時間減ってるじゃないすか」
  まり、やってくる。
まり「何の話してるんですか?」
すみれ「大した話じゃないわよ」
近藤「いやいや。人生哲学の話」
すみれ「…まあでも、Z世代がどうとかニュース見るたびやってるけど、このご時世、みんな色々たまってるのかもね」
近藤「バカなだけですよ」
すみれ「ちょっと前に『うっせえわ』って流行ったけどさ、うちのコンビニにもいたじゃない。うっせえのが」
近藤「エリアマネージャーの松本」
すみれ「そう。あいつのパワハラはひどかったよね」
まり「ですね」
  厨房から、山吹、食べ終わった皿を取りにくる。
近藤「オーナー」
山吹「?」
近藤「(白鳥を指し、冗談で)こいつ呼んだくらいだから、もしかして松本も呼んだんじゃないですか」
  山吹、にわかに険しくなり、
山吹「(ピシャリと)あんな奴は呼ばん」
近藤「(面食らう)そ、そうですよね」
  山吹、皿を持って厨房へ戻る。
近藤「(こっそり)オーナー、やっぱ松本のこと嫌ってたんだな」
すみれ「当たり前じゃない。アイツ、オーナーに一番辛くあたってたんだから」
まり「あの人、東京出身なのに関西弁で話すんですよね」
すみれ「そう。私、それがもう気持ち悪くって」
まり「わかります」
近藤「店にくるとき、よく鼻歌ってたよな」
すみれ「あ。何か有名な奴よね。外国の映画の」
まり「アラジン?」
近藤「アラジンじゃないと思うな」
白鳥「(『スターウォーズ』の曲の口笛をふく)」
まり「(口笛を聞き)あ、それ!」
近藤「…お前、やめろよ。松本のこと思い出したらムカムカしてきた」
  白鳥、口笛を吹き続ける。
  その口笛の音色に重なってーー

○コンビニ・外(一年前)
  松本(35)、鼻歌を口ずさみながら、肩で風を切って歩いている。
近藤、ゴミ箱の前でゴミ袋を片付けている。
  近藤、松本に気づき、頭を下げる。
  松本、近藤を無視して店内へ入っていく。

○同・店内
  すみれ、まり、レジに立っている。
  松本、入ってくる。
  すみれ、まり、松本に気づき、顔に緊張が走る。
  松本の胸元には名札。
 『スーパーバイザー』の肩書き。

   ×   ×   ×

  松本、店内を見回る。
  山吹、どこか不安そうな面もちで、その後ろを歩いている。
  松本、菓子パンの置かれた棚の前で立ち止まる。
  松本、ある菓子パンを手にとり、
松本「このパン、置いても売れへんやろ。次からは仕入れなくてええ」
山吹「いや、しかし…」
松本「なんや?」
山吹「確かに売れ行きは芳しくありませんが、いつも買ってくださる常連の方がいるため、私個人の判断で仕入れております」
松本「並べる品物を判断するのは俺や」
山吹「…」
  松本、菓子パンを棚に戻すとずかずかと歩き出す。
  松本、品薄になっている別の棚を眺めて、
松本「あーダメや。棚がスカスカやないか。あんたの頭みたいで見栄えが悪くてしゃあないわ(と笑う)」
山吹「(愛想笑い)」
松本「『廃棄を恐れるな』いうてるやろ。品物はどんどん仕入れる。もっと売り上げのことを考えなあかん」
山吹「しかし、前のエリアマネージャーの方は廃棄ロスを…」
松本「(遮って)前は関係へん。今は俺がこの店のマネージャーや。俺の指示通りに動いていればええ」
山吹「…」
松本「それともなにか? 俺のアドバイスにケチつけるんか?」
山吹「…いえ」

○コンビニ・外(数日後)
  客が出入りしている。
  白鳥、店の前でタバコをふかしながらスマホをいじっている。

○同・事務室(数日後)
  デスクの置かれた狭い室内。
  松本、顔を凄ませて山吹と白鳥の前に立っている。
松本「(山吹へ)お前、どんな教育しとんねん!」
山吹「申し訳ありません(と頭をさげる)」
松本「タバコ吸うとる店員がおって感じ悪いちゅうて、口コミサイトに書き込みされとるやんけコラ」
  山吹、何度も頭をさげる。
  その横で、白鳥、不機嫌そうに立っている。
松本「(白鳥へ)おい。バイト。お前の話や」
白鳥「…吸ったのは休憩時間すけど」
松本「あ?」
白鳥「いや、休憩中」
  松本、白鳥に詰め寄る。
松本「お前、なんやその目つきは」
白鳥「…いや、別にフツーすけど」
松本「舐めるなよ」
  松本、白鳥の胸ぐらをつかむ。
  山吹、白鳥をかばって、
山吹「本当に申し訳ありませんでした!」
  松本、白鳥から手を離し、
松本「(苛立って)目つきの悪いガキに、氷河期のおっさんと、ばばあ。この店にはろくなバイトおらへんやないか」
山吹「…」

      ×    ×    ×

  山吹、デスクに座る。
  白鳥、ぼーっと突っ立っている。
山吹「ここはいつも鍵をかけてないから、俺がいないとき、タバコはここで吸え」
白鳥「…」
  山吹、小窓のほうを顎でしゃくり、
山吹「換気するのを忘れるなよ」
  デスクの上にコンビニの弁当。
  山吹、弁当のフタを開けながら、
山吹「拓実。仕事は慣れたか?」
白鳥「まあ」
山吹「働いて2ヶ月か」
白鳥「そんくらいすかね」
山吹「接客の仕事なんだから、自分がどう映るか、もう少し考えて行動したらどうだ?」
白鳥「…でも、休憩中すから」
  山吹、呆れて笑う。
  山吹、ポケットから財布を取り出す。
  山吹、財布から一枚の写真を出す。
  元妻と娘の写真。
  山吹、写真を白鳥に渡す。
山吹「妻と娘だ」
白鳥「…?」
山吹「(ぼやく)家族のために一国一城の主になろうと思って始めた仕事だが、今はこの通り。休みはなし、昼飯は廃棄弁当、挙げ句、家族には去られる。年下からはお前呼ばわりで怒鳴られる」
白鳥「…」
山吹「時々、なんで生きてんだろって考えるよ」
白鳥「…」
山吹「(笑う)何てな。さ、仕事に戻ってくれ。奴にまた怒られたんじゃたまったもんじゃないからな」
白鳥「…」

○同・店内(数日後)
松本の声「このアホンダラが!」
  店の奥から松本の怒声がする。
  まり、すみれ、レジに立っている。
  客、声のほうを気にする。
  まり、すみれ、そわそわしている。

○同・事務室
  松本、デスクに座っている。
  山吹、萎縮して立っている。
  松本、会計資料をかざし、
松本「仕入れ抑えて売り上げ減らしてどうすんねん!」
山吹「…」
松本「廃棄を恐れずガンガン仕入れて売り上げあげる。何遍もそういうたやろコラ。俺の指導が何で活かされてないねん」
山吹「…仕入れた商品のうち廃棄分は店の負担ですし、そのやり方では、正直、もちません」
松本「言い訳はええ」
山吹「…」
松本「とにかく俺のエリアは売り上げ最優先や。例外はない。手元に残る金に不満があるいうなら、バイトの給料下げるなりなんなりして、好きにやりくりしたらええ」
山吹「…」

○同・店内
  山吹、レジ裏から浮かない顔でやってくる。
  すみれ、まり、レジで心配そうに見つめている。
すみれ「…オーナー」
山吹「いや、すまん。何でもない」
  客、レジにやってくる。  
まり「いらっしゃいませ」
  まり、レジ打ちをする。
すみれ「(明るく)もっと頼ってくださいね。私もまりちゃんも、ここで働いてもう長いんだし、オーナーのためなら無理だって少しくらいしますよ」
山吹「気を使わせてすまんね。ありがとう。でも大丈夫だ(と無理に笑う)」

○(戻って)カラオケ居酒屋・店内
  すみれ、カラオケを熱唱している。
すみれ「(大塚愛の『さくらんぼ』)愛し合う二人 幸せのとき 隣り合う 私さくらんぼ」
白鳥、近藤「(合いの手)もう一回!」
  厨房で、山吹、笑顔だ。
  まり、紙袋をもってカウンターへやってくる。
  まり、カウンター席に座る。
まり「(すみれらを見て)盛り上がってますね」
山吹「(笑顔)ああ」
  まり、紙袋を渡す。
まり「あ。これ、さっき渡しそびれちゃいました。お菓子ですけど」
山吹「悪いね。ありがとう(と受け取る)」
  まり、山吹の佇まいを眺めて、
まり「…似合ってます」
山吹「え?」
まり「カウンターに立ってるオーナー。なんか本物の板前って感じで」
  山吹、笑顔になる。
まり「スタッフ募集してたら、私、ここで働こうかな」
山吹「そりゃ嬉しい。お客さんも増えるよ。君はうちの店の看板娘だったから」
まり「大げさですよ。みんなオーナーの人柄に惹かれてたんです」
  山吹とまり、笑いあう。
すみれの声「まちりゃんが歌う番よ!」
  座敷ですみれ、まりを手招きしている。
  まり、立ち上がって、
まり「…あんなことがあったのに、またこうやってお店を開いちゃうオーナー、ほんとに素敵です」
  まり、去っていく。
  山吹、座敷にいる一同をどこか真剣な表情で見つめる。

    ×   ×   ×

  白鳥、畳の上で酔いつぶれている。
すみれ「おい。起きろ(と白鳥を叩く)」
近藤「(吐き捨てる)情けない」
  厨房の山吹、眠る白鳥に気づく。
近藤「それでもZ戦士か。スーパーサイヤ人になれないぞ」
  山吹、やってくる。
  山吹、手に毛布をもっている。
  山吹、しゃがみ込むと、白鳥の体に優しく毛布をかけてやる。
  すみれ、近藤、まり、戸惑う。
近藤「…オーナー、なんでこんな奴に」
すみれ「そうよ。こいつはオーナーの敵みたいなもんじゃない」
  山吹、立ち上がる。
  山吹、一同をじっと見渡す。
山吹「一年前のことで、みんなに話していないことがある」
一同「…?」
山吹「一年前のあの日のことだ」
近藤「…あの日って、こいつがやらかした」
  と白鳥を見下ろす。
山吹「ああ」
  山吹、目を閉じる。
山吹「一年前、あの出来事が起こる少し前…」

○コンビニ・休憩室(一年前)
  すみれ、まり、スマホをいじっている。
  山吹、やってくる。
山吹「お疲れ」
すみれ、まり「お疲れ様です」
山吹「ちょっと用事で店を離れる。夕方には戻ると思う」
まり「あ、はい」 
  山吹、出ようとすると、
すみれ「オーナー」
山吹「ん?」
すみれ「深夜のシフト、あの子に任せて大丈夫ですか?」
山吹「拓実か。アイツも仕事に慣れた頃だ。心配ない(と笑顔)」

○車内
  山吹、浮かない顔でため息をつく。
  山吹、ハンドルを握る手が震える。
山吹M「みんなには気取られないようにしていたが、松本のパワハラが続き、俺は精神的に参っていた」

○コンビニ・バックヤード(夕)
  近藤、冷蔵棚に飲料水を補充している。
山吹M「そんなときだ。追い打ちをかけるように松本からあることを告げられたのは」

○同・事務室
  松本、小窓を眺めている。
  山吹、呆然と立ち尽くしている。
山吹「…商圏内にもう一店舗?」
松本「そうや。エリア全体の利益のために、新規店舗を増やそう思ってな」
山吹「…」
松本「売り上げが苦しくなるかもしれんが、会社のためだと思って少しばかり気張ってくれや」
山吹「む、無理だッ!(と思わず叫ぶ)」
松本「…」
山吹「今だって精一杯なんだ。そんなことをすればうちの店が潰れてしまうッ」
松本「(カチンとくる)」
  松本、乱暴に椅子にすわる。
松本「(声を荒げる)ようし。ドミナントが嫌いうならそれでもええ。その代わり今すぐ違約金を払ってもらおうやないか」
  松本、机の電卓を叩きながら、
松本「半年分のロイヤリティ、解体費、店舗什器の引き取り費、それから今ある在庫の買い取り、これだけ払えるんか!」
  松本、山吹に電卓画面を突きつける。
山吹「(絶句)」

○同・外観(深夜)
  看板の明かりがぽつんと灯っている。

○同・事務室
  小窓が開いている。
  白鳥、タバコを吸っている。
  白鳥、ふと机に目をやる。
  机の引き出しに一冊のノートが挟まっている。
  白鳥、ノートを手にする。
  白鳥、ノートを開く。
  ノートには「もう疲れた」と書き殴られている。
白鳥「…」

○(戻って)カラオケ居酒屋・中
  すみれ、近藤、まり、深刻な面持ちで山吹の話を聞いている。
山吹「追いつめられた俺は恐ろしい考えを実行しようとしていた。それがあの日だった」

○コンビニ・店内(一年前・深夜)
  客が雑誌を立ち読みしている。
  白鳥、レジで暇そうに立っている。
  山吹、入ってくる。
山吹「(白鳥へ)おう」
  山吹、レジの奥へいこうとするが、ふと立ち止まる。
山吹「(優しく)拓実」
白鳥「…?」
山吹「お前が深夜に入ってくれて助かってる。ありがとな」
白鳥「…」

○同・事務室
  山吹、妻と娘の写真を見つめている。
  山吹、目を閉じる。
山吹「…許してくれ」
  天井にベルトがぶら下がっている。
  山吹、椅子の上に乗る。
  山吹、ベルトを首をかける。
  と、遠くから白鳥の叫び声。
山吹「…?」

○同・店内
  山吹、やってくる。
  ちくわを握った白鳥が『リンダリンダ』の替え歌をシャウトしながら暴れ回っている。
山吹「(驚いて)!?」
白鳥「(叫ぶ)ちくわちくわ! ちくわちくわちくわ!」
  白鳥、ちくわを振り回し、棚の商品を床にぶちまけている。
山吹「おい! 何やってる?!」
  山吹、白鳥の体を抑えつける。
  白鳥、なお暴れ回る。
山吹「やめろ!!」
  山吹、白鳥を力ずくで床に組み伏せる。
  山吹、馬乗りになる。
山吹「自分が何やってんのかわかってるのか!」
白鳥「(歌う)ちくわちくわ! ちくわちくわちくわ!」 
  山吹、思わず白鳥を殴る。
白鳥「(歌う)ちくわちくわ! ちくわちくわちくわ!」
山吹「こいつ…」
と白鳥の首を両手で絞める。
山吹「(怒りで声を震わせ)お前…お前っ、俺がどんな思いでっ…」
  山吹、白鳥の顔を見て、
山吹「(はっとする)」
  白鳥の頬から流れる一筋の涙。
白鳥「(なおも)ちくわちくわ! ちくわちくわちくわ!」
  山吹、顔が歪む。
山吹N「アイツの涙を見た瞬間、はっきりとわかった。アイツは俺の心の内を見抜いていたんだと…」

○(戻って)カラオケ居酒屋・中
  山吹、一同を眺めながら、
山吹「それから一念発起して、マイナスからのスタートにはなったが、こうしてようやく再出発の目処がついた。だから、あの時思いとどまったのも、今こうやって店を持ち、みんなの顔を見ることができるのも、全てアイツの…拓実のおかげなんだ」
  白鳥、畳の上でぐっすり眠っている。
  すみれ、近藤、まり、そんな白鳥を優しく見下ろす。
すみれ「(涙ぐみ)…何よ。生意気な顔して、いいとこあるじゃない」

     ×     ×     ×

  白鳥、目を覚ます。
  まり、水の入ったコップを白鳥に渡す。
まり「はい」
  白鳥、コップを受け取る。
近藤「(白鳥へ)帰るぞ」
白鳥「…もう終わりすか?」
すみれ「残念だけど、お開き。オーナーのお店、明日オープンなんだから」
山吹「拓実。悪いな」
  白鳥、不満そうに水を飲む。
すみれ「ね。最後に一曲歌いましょうよ」
近藤「いいですね」
すみれ「オーナー、歌ってくださいよ」
山吹「え?」
まり「そうですよ。歌ってないのオーナーだけですよ」
山吹「…困ったな」
まり、山吹にマイクを渡す。
  山吹、マイクを握り、
山吹「それじゃ」
  と一同を見渡す。
山吹「この店の門出と、今日集まってくれたみんなへの思いを込めて、歌います」
近藤「よっ!」 
  すみれ、まり、近藤、拍手。
  曲が流れ出す。
  モニター画面に曲名。
  中島みゆきの『ヘッドライト テールライト』。
山吹「(歌う)語り継ぐ人もなく 吹きすさぶ風の中へ 紛れ散らばる星の名は 忘れられても」
  一同、しんみり聞いている。
山吹「(歌う)ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない」 
白鳥「(寝ぼけ眼で山吹を見つめて…)」

  以下、山吹の歌にのせて回想。

○コンビニ・事務室(一年前)
  白鳥、ふてぶてしく座っている。
  山吹、履歴書を見る。
  ほとんど真っ白。
  特技の欄に『マリカー』『モンハン』。
山吹「(呆れる)」

○同・レジ
  白鳥、客からいわれたタバコの銘柄を探している。
  なかなか見つからない。
  レジ前に客の列ができている。
  まり、タバコを取って白鳥に渡してやる。

○同・店内
  仕事中、白鳥、雑誌コーナーで雑誌を読んでいる。
  突然、頭を叩かれる。
  振り向くと、近藤が立っている。
  白鳥、近藤に別の週刊誌を示す。
  ヌード写真の袋とじがついている。
  二人、興味津々で袋とじをのぞく。

○同・店内
  客、商品をポケットにしまう。
  万引きした客、店を出る。
  すみれ、万引き犯を指して叫ぶ。
  万引き犯、逃げる。
  すみれ、隣にいる白鳥をけしかける。
  白鳥、万引き犯を追いかける。

○道
  白鳥、へばっている。
  万引き犯の姿が遠くなっていく。

○同・事務室
  山吹、机に座り、ノートに何か書き綴っている。
  山吹、ペンを置く。
  ノートに「拓実が成長する姿を見るのが楽しい」。

○同・事務室
  白鳥、タバコをふかしている。
  山吹、やってくる。
  山吹、白鳥からタバコをもらう。
  二人、タバコをふかす。

○同・店の外
  白鳥、まり、サンタの格好をして立っている。
  二人、客にフライドチキンを売っている。

○同・店内
  すみれ、叫ぶ。
  万引き犯、店内に逃げる。

○道
  白鳥、必死に万引き犯を追う。
 
○コンビニ・外
  山吹、すみれ、まり、心配そうに立っている。
  白鳥、万引き犯の手を引いて戻ってくる。
  すみれとまり、白鳥を褒める。
  山吹、その光景を見つめて、
山吹「(笑顔)」

  カットバック、おわり。

○カラオケ居酒屋・外
  辺りは暗い。
  白鳥、近藤、すみれ、まりの4人を、山吹が見送っている。
すみれ「(まりへ)駅まで一緒にいこ」
まり「はい」
  すみれとまり、山吹のもとへいく。
すみれ「オーナー。あんまり無理しちゃダメですよ」
山吹「ああ」
まり「ぜったい友達誘って飲みにきますから」
山吹「楽しみにしてる」
  すみれ、まり、帰っていく。
  近藤、白鳥の体を支えている。
近藤「(白鳥へ)おい。もう一軒いくぞ」
  白鳥、千鳥足で歩く。
近藤「そんな足腰じゃホームラン打てねえぞ」
白鳥「…かっ飛ばしてやりますよ」
  白鳥、近藤に体を支えられてふらふらと歩き出す。
  山吹、二人の後ろ姿を見送る。
山吹「拓実!」
  白鳥、振り返る。
白鳥「…?」
山吹「風邪引くなよ」
  白鳥、にやりと笑い、ぶっきらぼうに手をあげる。
山吹「(笑う)」
  山吹、愛しい若者を見送ると、後片付けをすべく店の中へ入っていく。

               (おわり)


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