神様がくれた4630万円|脚本

※シナセンの課題「盗む」に挑戦した脚本となります


あらすじ

町役場に勤める藤井健吾(28)は463世帯へ向けた給付金の送金手続きを任される。

作業の過程で藤井は給付金対象者の名簿に村上陽介(28)の名前を見つける。

二人は中学時代の同級生で、村上は藤井をイジメから救った恩人であったが、現在は借金苦の生活を送っていた。

村上の現状を知った藤井は4630万という大金を前にしてある恐ろしい考えにとりつかれる。

《登場人物》

藤井健吾(14)(28) 公務員
村上陽介(14)(28) 藤井の元同級生

森(50)    藤井の上司
田中(24)   藤井の同僚
江美子(40)  藤井の同僚
真由(31) 藤井の妻
大久保(14)  藤井の元同級生
佐々木(14)  藤井の元同級生
明美(40) 藤井の母

脚本   

○町役場・出納室(現在)
  藤井健吾(28)、デスクでパソコンと向き合っている。
  藤井、以下のネームプレートを首にかけている。
  「藤井健吾 出納課」

○パソコン画面
  「特別給付金振り込み依頼書」と書かれた用紙が映し出されている。
  用紙に以下の文字が順次打ち込まれていく。
  「東奥多摩銀行 御中」
  振り込み指定金融項目の項目に「SBCネット銀行 スズメ支店」
  口座番号の項目に「普通 6821655」
  受取人の項目に「村上陽介」。

○町役場・出納室
  藤井、金額の項目で手がとまる。
  藤井、深呼吸をする。
  藤井、手を震わせながら以下の数字を金額の項目に入力していく。
  「¥46300000」
  藤井、入力を終え、静かに目を閉じる。
 
○藤井の部屋(14年前・夕)
  テロップに以下の文字。
  「14年前」
  カーテンの締め切られた薄暗い室内。
  藤井(14)、勉強机で塞ぎ込んでいる。

○中学校の教室(フラッシュバック)
  佐々木(14)、藤井の体を抑えつけている。
  大久保(14)、濡れた雑巾を藤井の顔になすりつける。
  藤井、必死に抵抗する。
  室内に大久保と佐々木の笑い声が響く。

○(戻って)藤井の部屋
  藤井、髪の毛をかきむしる。
  ノックの音がする。
声「健吾。開けるよ」
  母明美(40)、プリントを持って入ってくる。
明美「村上君がプリント届けにきてくれた」
藤井「…」
明美「ね。外出れる?」 
藤井「…なんで?」
明美「村上君、健吾に話があるみたいよ」
藤井「…?」

○藤井の家・門
  藤井、ファンタを二本持って玄関から出てくる。 
  村上陽介(14)、門の前に立っている。
村上「(明るく)よっ」

○公園
  藤井と村上、ファンタを手にベンチに座っている。
村上「(ため息)人生って不公平だよな」
藤井「…」
村上「…俺んちさ、親が金持ちの親戚に借金してて。で、親が死んだら、その借金が俺に引き継がれるのが法律で決まってるんだって」
藤井「…」
村上「最悪だろ?」
藤井「(困る)」
  村上、ファンタを呷る。
  村上、立ち上がる。
村上「だからさ、俺、自分のこと蛙だと思うようにしてて」
藤井「…カワズ?」
村上「井の中の蛙、大海を知らず。って言葉、あんだろ?」
藤井「…うん」
村上「蛙は井戸の中で悩んでるけど、それは広い海を知らないからなんだ。広い海から見渡せば蛙の悩みなんかちっぽけ過ぎてないも同じ。だから、俺は蛙」
  藤井、俯く。
村上「そりゃあさ、井戸の中には嫌な奴もいるよ。いるけどさ、ふーちゃん」
  村上、振り返って藤井を見る。
村上「そんな奴らのために井戸の中でつぶれちゃうなんてバカバカしいじゃん?(と笑顔になる)」
藤井「陽ちゃん…」

○町役場・出納室(3日前)
  藤井、田中(24)、江美子(40)、デスクで作業している。
  森(50)、入ってくる。
  森、持っていた書類を藤井に差し出す。
森「これ、給付金対象世帯の名簿」
藤井「あ、はい(と受け取る)」
森「全部で463世帯ある。銀行への振り込み依頼書の作成、今週中に頼むよ」
藤井「はい」
  森、出ていく。
  田中、立ち上がる。
  田中、藤井のもとへいく。
田中「先輩、もしかして名簿に僕の名前も入ってます?」
藤井「(笑う)何をいってるんだ。君は対象にはならないだろう」
田中「…がっくりっす」
江美子「でもあれよね。どうせなら全世帯に配ってほしかった。10万」
田中「ほんとですよ」
藤井「(苦笑い)」
田中「僕、大家さんと知り合いなんですけど、そこの借り主がひどいそうですよ。家賃は未払い、働いてるかどうかもわからない、借金取りは押し寄せてくる。多分ソイツも10万もらえるんでしょうけど、そういう人に配るってのはなんだかなあ」
森「なんていう人?」
田中「空き家バンクで住み着いた人ですよ。村上って30くらいの男です」
藤井「…村上?」
田中「どうかしましたか?」
藤井「いや…」
  藤井、渡された名簿を見つめる。
  田中、自分の席に戻る。
江美子「まあ空き家バンクも若者を呼び込むにはいい制度だけど、変な人が来ちゃうこともあるし。一長一短よね」
  藤井、名簿をめくっていく。
  と、藤井、手がとまる。
  名簿に以下の名前。
  「村上陽介」
藤井「(胸が騒ぐ)」

○藤井の家・玄関(夜)
  藤井、帰ってくる。

○同・リビング
  真由(31)、テーブルでノートパソコンをいじっている。
真由「おかえり」
藤井「ただいま」
真由「お鍋にシチューあるよ」
藤井「うん。ありがとう」

○同・藤井の寝室
  藤井、パソコンをいじっている。
  画面にはFacebookのサイト。
  藤井、「村上陽介」と検索する。
  同姓同名の「村上陽介」が何人も表示される。
  藤井、画面をスクロールして眺めるも、それらしい人物は見つからず。
  藤井、今度は「大丸第八中学校 68期」と検索する。
  「大丸第八中学校68期卒業生の会」のページが表示される。
  藤井、ページをクリックする。
  画面に一枚の同窓会の写真が表示される。
  藤井、写真に映った笑顔の男たちを見て…

○(フラッシュバック)教室
  中学生の藤井、大久保にプロレス技をかけられている。

○(戻って)藤井の寝室 
  藤井、Facebookで「大久保隼人」と検索。
  検索がヒットする。
  藤井、「大久保隼人」のページをクリックする。
  最新記事に、以下のコメントと共に、幼い娘を抱いた大久保の写真。
  「今が世界で一番幸せ!」
藤井「…」

○(フラッシュバック)教室
  藤井、大久保にプロレス技をかけられて苦悶している。
  佐々木、その光景を見て笑い転げいる。

○(戻って)藤井の寝室
  藤井、Facebookで「佐々木和彦」と検索。
  検索がヒットする。
  藤井、「佐々木和彦」のページをクリックする。
  最新記事に、以下のコメントと共に、高級外車の前でポーズを取る佐々木の写真。
  「1千万で買いました!」
藤井「…」

○同・リビング
  藤井、やってくる。
  藤井、玄関へ向かう。
  パソコンで作業する真由、気づいて、
真由「健吾?」
藤井「ちょっと出かけてくる」

○村上の家・外観
  古風な一軒家。

○村上の家の前
  藤井、やってくる。
  玄関に人相の悪い男が立っている。
  男、インターホンを鳴らす。
  男、藤井に気づく。
  藤井、家の前を通り過ぎ、近くの電柱の影に身を隠す。
  村上(28)、玄関から出てくる。
  藤井、村上を見てはっとする。

○(フラッシュバック)教室
  藤井、大久保と佐々木にプロレス技をかけられている。
  村上、やってくるなり大久保の体を抑えつける。
大久保「あ?!」
  大久保、村上に反撃する。
  佐々木も反撃に加わる。
  村上、二人に腕や首を絞められて苦悶している。
  藤井、ぼう然と村上を見つめる。

○(フラッシュバック)廊下
  藤井と村上、並んで手を洗っている。
村上「ふーちゃん、心配すんな。俺らは蛙仲間だ(と明るく笑う)」
藤井「陽ちゃん…」

○(戻って)村上の家の前
  男、村上に詰め寄っている。
  男、村上を突き飛ばす。
  藤井、とっさに近づこうとする。
  と、藤井の足がとまる。
  村上、男へ土下座する。
藤井「…」
  藤井、地面に頭を擦りつけて謝り続ける村上の姿をじっと見つめて…

○コンビニの前(現在)
  眩しい朝日が射し込んでいる。
藤井M「その日、君は目を覚ますと借金の利子を返済するためにコンビニのATMに向かう」

○コンビニ・店内
  村上、憂いに満ちた顔でATMを操作する。
  と、村上、手がとまる。
  ATM画面に残高4630万円。
村上「(あ然とする)」

○村上の家・居間
  村上、畳の上にしゃがみ込んでじっと通帳を見つめている。
藤井M「君は考えている」
  通帳には「トクベツキュウフキン ¥46300000」と印字されている。
藤井M「役場に伝えるべきか、それとも…」

○道
  村上、歩いている。
藤井M「突如降って沸いた大金で借金を返済し、この呪われた人生と決別すべきかを、君は考えている」

○ネットカフェ
  村上、パソコンを操作している。
藤井M「君は誤送金に関する知識をネットで集め、金を返還せずとも逃げ切れる可能性があることを知る」

○銀行のATM
  藤井、夢中でATMを操作している。  
藤井M「君の中の何か得体の知れない衝動が君を突き動かす。君は覚悟を決め、金を別の口座に移し替える作業を始める」

○町役場・事務室(夕)
  慌ただしい様子の室内。
  受話器を持った江美子、森へ、
江美子「誤送金先の相手との連絡がつきません」
森「…そうか。直接お相手の家に伺って組戻しをお願いするようにしなさい」
江美子「わかりました。田中くん」
  田中、立ち上がる。
田中「はい!」
  江美子、田中、去る。
  藤井、部屋の隅で恐縮して立っている。
森「(藤井へ)君! なんてミスをしてくれたんだ!」
藤井「申し訳ございません!(と頭を下げる)」
森「全額を一世帯に振り込むなどという、そんなバカな話は聞いたことがない!」
  藤井、頭を下げたまま、強いまなざしで一点を見つめている。

○村上の家・居間
  村上、携帯で電話している。
村上「さっき利子と元金の一部を振り込みました…はい…3日以内に全額返済できると思います…はい(と電話を切る)」
  村上、寝転がる。
  村上、通帳を眺める。
村上「(呟く)うまくいけば500万ほど手元に残るな…」  
  と、インターホンが鳴る。
  村上、立ち上がる。

○同・玄関
  村上、やってくる。
  玄関のドアを叩く音。
江美子の声「村上さん? 役場の者です。給付金の件で至急お話ししたいことがあってお伺いしました」
村上「…」
  村上、玄関に背を向ける。

○町役場・外(数日後)
  記者とカメラマンが押し寄せている。
藤井M「やがてこの事件はマスコミに知れ渡ることになる」

○SNSサイトの画面
  以下の書き込みで溢れている。
  「持ち逃げ犯は村上陽介で確定」
  「早く捕まえろ」
  「ご尊顔」
  村上の顔写真が映し出される。
藤井M「君はSNS上で激しいバッシングに遭い、個人情報を曝される」

○村上の家・居間(夜)
  村上、テレビを見ている。
  テレビからニュースが流れている。
  コメンテーターがしゃべっている。
コメンテーター「役所の誤送金が原因とはいえ、返金しないというのは、これはもう犯罪ですよね。我々は彼を犯罪者として扱うべきです」
  村上、テレビを消す。
  村上、大きく息を吸う。
藤井M「君は世間から犯罪者と呼ばれる。しかし、それでも君は意志を曲げない」

○藤井の家・リビング(翌日・朝)
藤井M「そして…」
  真由と藤井、テーブルに座っている。
  テレビからニュースが流れている。
  キャスター、しゃべっている。
キャスター「…給付金の返還を拒んでいる男性と誤送金をした職員。二人が中学時代の同級生であることが取材でわかりました」
  真由、藤井を見て、
真由「(動揺して)…健吾。どういうこと?」
藤井「(まっすぐな目で)真由。僕を信じてほしい」

○SNSサイトの画面
  以下の書き込み。
  「誤送金職員の住所 
  東京都東奥多摩町36-4-7」
藤井M「SNSの過熱する書き込みが君と僕を引き合わせるのに時間はかからない」

○藤井の家・リビング(夜)
  藤井と真由、晩飯を食べている。
  インターホンが鳴る。
藤井「…僕が出る」

○同・玄関
  藤井、ドアを開ける。
  村上、立っている。
村上「(藤井を見て)ふーちゃん…なのか?」
藤井「(笑顔になる)」

○公園
  藤井と村上、ベンチに座っている。
村上「ふーちゃん、俺は頭が混乱してる。これは一体どういうことなんだ?」
  藤井、立ち上がる。
  藤井、夜空を見上げる。
藤井「…中学で登校拒否をしていた頃、暗い部屋の中で僕は神様に祈っていた」
村上「…」
藤井「助けてください。僕をイジメている人間から助けてください」
村上「…」
藤井「そんなとき、君が目の前に現れた。どんなに祈っても返事をくれなかった神様の代わりに、暗闇の中から君が僕を救ってくれた」
  藤井、村上を見る。
藤井「陽ちゃん。この世の中に君を救ってくる神様がいないのなら、あの時君がそうしてくれたように、今度は僕が君の神様になる。そう決めたんだ」
村上「…ふーちゃん」
藤井「僕たちは井の中の蛙だ。こんなところで潰れるなんてバカバカしい。そうだろう?(と微笑む)」

○藤井の家・リビング
  藤井と真由、テーブルで向き合っている。
真由「…聞かせて。あの人の未来を」
  藤井、目をつぶる。
藤井「今夜、彼は残りの金を持って日本を出る。そう。アジアか、ヨーロッパか、アフリカか」

○空港ターミナルビル・中
  中国語で書かれた案内標識。
  藤井、歩いている。
藤井M「君が選んだのは中国だった」

○屋台街
  食べ物やアクセサリーの露店が並んでいる。
  藤井、肉まんを食べながら歩いている。

○田んぼ道(翌日)
  藤井、歩いている。
  自転車が通り過ぎる。
藤井M「広大な大地を行く中で、君はたくさんの人たちに出会う」

○宿屋・部屋(夜)
  藤井、酒を飲みながら男たちと麻雀をしている。

○屋台街(翌日)
  藤井、他の客と大食い対決をしている。
  藤井、麺を豪快にすすっている。

○道(数日後)
  藤井、老人たちに混じって天秤棒を担いで歩いている。
藤井M「君の明るく、その屈託のない性格で、たくさんの仲間をみつけ、仕事を見つけ…」

○道(数週間後)
  村上、警官に呼び止められる。
  村上、動揺する。
  老人、やってくる。
  老人、警官と何かしゃべっている。
  警官、去る。
藤井M「まるで新たなる門出を祝福するかのように君の頭上には幸運が降り注ぐ」

○民家・中
  村上、カメラの前に立っている。
  男、村上の写真を撮る。

    ×   ×   ×

  村上、偽造された身分証を手にする。

○村上の家・台所(数ヶ月後)
  村上、若い女と楽しげに料理を作っている。
藤井M「この新しい地で、君は日本では掴み取れなかった幸せを掴み取る」

○村上の家・寝室(数年後)
  村上、ベッドに横になる幼い息子をそばで眺めている。
藤井M「そしていつか君は自分の子供に神様の話をする」
村上「俺が日本で神様に会ったのは28歳の時だった…」
  息子、じっと話を聞いている。  
藤井M「そんな未来がもしあるのならば…」

○(戻って)町役場・出納室(現在)
  藤井、目を開ける。
  パソコン画面には給付金の振り込み依頼書。
  金額の項目には「¥46300000」。
  藤井、画面を見つめている。
  藤井、マウスを操作する。
  パソコン画面に以下のダイアログ。
  「データを保存しますか?」
  「はい」「いいえ」
  藤井、カーソルを「はい」にあわせるも、いつまでも決心がつかずに…

(おわり)

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